第43話 造り出された脅威

「話が脱線したな、すまない。要するに私はあの子たちの超能力については詳しいが、お前達の異能力についてはサッパリだと言いたかったんだ」

「そうですよね。異能力を使ってる俺自身ですら全容の掴めないモノですし」

「異能力が発現した者としていない者の違い、発現に至ったきっかけについて、そもそもきっかけとなる要因があるのか。謎は尽きないな」


 この異能力についてもっと知る事が出来れば、さらに強くなれるかもしれない。どうにかしてこの異能力について、虹枝にじえださんにも協力してもらって解き明かしてみるのもいいかもしれない。まあ、出来ればの話だけど。


「とにかく、お前達の話についてはだいたい理解した。先生がここに来るよう指示していたのなら、私がお前達をここにいさせるのも問題ない。代わりに子供たちの世話を手伝ってもらうがな」

「それについてはもちろん。俺だって組織のいいように扱われてたっていうあの子たちを放っては置けませんから」

「それは助かる」


 虹枝さんは立ち上がり、後ろのカウンターにあったコーヒーポッドからコーヒーを追加し、ついでに俺たちの分も淹れてくれた。


「私コーヒー飲んだことないんだけど、どれくらい苦いの?」

「人それぞれだと思いますけど、たぶん双笑ふたえさんは砂糖入れないと飲めなさそうですね」

「ええっ、そんなことないよー。私もブラックいけるもん……苦っ」

「ほらぁ」


 初めてのコーヒーと格闘する双笑と澄ました顔でブラックコーヒーを飲む唯奈ゆいなの会話をよそに、コーヒーを一口だけ飲んだあおいは虹枝さんにひとつ尋ねる。ちなみに蒼もブラック。この部屋ブラックコーヒー飲める率高くね? 俺こっそり砂糖入れたのに。


「虹枝さん。僕の方からも聞いていいですか」

「ああ。次はこっちが話す番だな。何が聞きたい」

「あなたはゾンビについても調べていたみたいですけど、そこで分かった事を教えて欲しいんです。これからもあいつらとは戦っていく事になるでしょうし」

「そうだったな、その情報については共有するべきだ。ちょっと待ってろ」


 虹枝さんは一度席を離れ、タブレット端末を持って戻って来た。手元で端末を操作しながら話を続ける。


「お前達、あの部屋も見たのか?」

「あの部屋って、ゾンビを捕まえてた? ……すみません、撃っちゃいました」

「そうか。まあ気にするな。これ以上は得られそうなデータも無かったしな。どのみちそう遠からず楽にしてやる所だった」


 言いながら、虹枝さんは端末を操作する手を止めた。すると俺たちがマグカップや砂糖の袋を置いているテーブルの表面が一瞬ブレて、そこに画像が映し出された。このテーブル、モニターになってんのか。


 そこに映し出されているのは、おそらく虹枝さんのゾンビについての研究成果だろう。だがグラフや記号ばかりで俺にはサッパリだった。


「奴らについて分かった事はいくつかある。まず奴らに酸や毒といった類の薬品による攻撃はほとんど効かない。人間の致死量を超える毒を注射しても問題なく動いていた。医学的には既に死んでいるからか、あるいは何らかの耐性でもあるのか」

「何となく効かなさそうな見た目だけど、ホントに毒とか効かないんだ」

「酸については、皮膚や骨は問題なく溶ける。たまに痛覚が残ってるのか痛がる素振りを見せる個体もいたが、ほとんどのゾンビには無いも同然なんだろう。ビンいっぱいの酸液をぶっかけても歩き回っていたよ」

「でも私と勇人ゆうと君が見た時は、ゾンビたちみんな弱ってましたよ?」

「あれはいろんな薬品を投与しまくったからだろうな。あいつらが動かなくなるまで毒を注ぎ込んでみたんだが、弱りはするものの一向に死ぬ気配がないから途中でやめたんだ」


 結構えげつない事してるなこの人。しかしこのデータが俺たちの生存率を上げるのだと思えば、何も言えないけど。


「次に感染経路だが、これは主に血液感染と経皮感染だな。これはお前達も知ってるだろう」


 テーブルの上には新たに図やグラフが表示される。その内容は分からないようだったが、黒音くおんはおどおどしながらも質問した。ついでに彼女が飲んでいるのはコーヒーじゃなくてホットココアである。


「噛まれたら駄目、って事です、よね?」

「そうだ。腕を掴まれたりなど皮膚接触なら大丈夫なようだが、傷口からウイルスが進入する可能性は十分にあるから気を付けろ。あとは奴らの血も駄目だ」

「そう言えば私たちの家、入って来たゾンビをお兄ちゃんが斬りまくったから玄関周り血まみれだよね」

「そうだったな。もしかしてもう帰れないのか……?」

「そこはもう魔境だな。焼き払うしかない。幸いゾンビウイルスは熱に弱いらしいからな」


 マジカヨ。さらば俺たちの家。父さんと母さんには申し訳が立たないな……。


「だが、これには少し不明瞭な部分もある」


 と、虹枝さんの表情が僅かにかげった。何かを察したのか、蒼は僅かに眉をひそめた。


「もしかして日記に書かれてた、噛まれてないのに感染した方々の事ですか」

「その通りだよ。彼らは警備員として全身に装備を身に着けていたから一度も噛まれていないし、奴らの血を取り入れた事もない。つまり新たな感染経路の可能性がある訳だ。私は恐らくベクター感染ではないかと踏んでいる」

「ベクター感染?」

「他の動物がベクター、つまり媒介者となってウイルスや細菌を伝播して感染するものだ。ネズミや蚊がウイルスを運んでくるという話は珍しくもないだろう」


 またひとつ賢くなった。

 つまり、ゾンビウイルスを運ぶ動物や虫がいる可能性がある、って事か。そりゃまた厄介だな。


「あまり考えたくはないですけど、空気感染の可能性は?」


 蒼がまた質問した。

 空気感染って文字通り、空気に乗って感染するって事だろ?


「……それ詰みじゃね? どこにいても感染しちまうじゃんか」

「いや、その可能性は低い、と思う。断言はできないが」


 最悪な仮説を、虹枝さんはやんんわりと否定した。


「警備員は皆同時期に発症したが、私や子供たちは一人も症状が出ていない。感染してから発症するまでの期間、いわゆる潜伏期間に個人差があるにせよ、空気感染なら私たちの数名はゾンビになっていてもおかしくはないはずだ」

「それもそうか。そもそも空気吸っただけで感染の危険があるなら、俺もゾンビになってそうだ」


 ……自分で言ってて笑えねぇなそれ。


「他にも私が知ってる奴らの情報と言えば、嗅覚や聴覚が敏感だったり、身体能力に個体差はあるものの肉や骨が腐っているからかあまり素早くは動けなかったり。まあ概ね見ただけで分かる特徴ばかりだ」


 俺たちは異能力で何となく倒して進んでいたけど、異能力が使えない人にとって敵の情報はとても大事だ。それを虹枝さんは、たった一人で調べ上げてしまった。研究者とはいえ、俺にはそれがとても凄い事のように思えた。


「あっ、そう言えばもうひとつ聞いていいですか?」


 砂糖を入れてなお苦いのかコーヒーに手を付けなくなった双笑は、授業中に発表する生徒みたいに手を挙げた。


「虹枝さんの日記、勝手に読んじゃったんですけど、確かゾンビウイルスが自分のよく知ってるものだとか書いてありましたよね。あれって……」

「……その話がまだだったな」


 少しだけ言いよどむような間があいた後、虹枝さんは再びタブレット端末を操作し、テーブルに移る画面を変える。次に現れたのは、報告書のような文字ばかりの画面だった。たくさんの文字が書かれていて一つずつ読んでいくのは時間がかかりそうだが、一番上に大きな文字で、こう書かれてあった。


「『Z-ウイルスについて』……ゾンビウイルスだからZ?」

「いいや、正式名称はZenith virusゼニスウイルス。ゾンビウイルスの元となったウイルスだよ」

「元となった……?」


 怪訝に思った俺が聞き返したのとほぼ同時に、テーブルの文字を読んでいて何かを発見したのか、蒼のハッと息を吞む音が聞こえた。


「世界を未曽有の窮地に追いやったゾンビウイルスは、とあるウイルスの変異種なんだよ」


 虹枝さんは険しい顔で、そして忌々し気に真実を告げる。


「それこそがこの、ゼニスウイルス。スターゲートで開発された新種の生物兵器だ」

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