第42話 異能力者と超能力者

 無事に大量のカレーを完成させた俺たちは、その後八人の子供たちと共に夕飯を食べた。俺たちが料理している間に双笑ふたえあおいが子供たちと見事に仲良くなったおかげで、俺たちも警戒される事はなくなった。


 自然な流れで料理をしていたが、どうやらこの施設は電気もお湯も問題なく使えるようだ。今は子供たちはお風呂に入っている。というか浴場もある研究施設って何だよ。


 子供たちがお風呂に入っている間に、ようやく俺たちは虹枝さんと真面目なお話を始めた。


「なるほど……地上ではそんな事もあったのか」


 俺たちは今までの出来事を虹枝さんに話した。

 両親の遺したメッセージの事。地上にはほとんど生き残っている人がいない事。ショッピングモールで遭遇した進化型ゾンビの事。雪丘中学校には数名の生存者がいた事。そして、異能力についても。


「やはり一番興味深いのはその『異能力』とやらだ。話を聞くに全員がパンデミックが起こった後に発現している、その特異な能力。話だけなら荒唐無稽なものだが、実際に見せられてしまえばな」


 虹枝さんの視線は、机の上に置かれた一丁の拳銃に注がれている。俺がさっき異能力を使って目の前で生み出したものだ。


「荒唐無稽って、虹枝さんが世話してる子供たちの中にテレパシー使える子がいたじゃないですか。なら異能力についても知ってたって事じゃないですか?」

「ユズハの事か。彼女は確かに精神感応テレパシーが使えるが、彼女達の『超能力』とお前達の『異能力』は全くの別物だ。お前達の話を聞いて確信した」

「別物……?どういう事ですか」


 異能力に種類なんてあるのか……? いや、確かに俺たちはひとりひとり違う異能力を持ってるけど、全くの別物と断言するからにはそういう話じゃないのだろう。


「その説明をするにはまず、あの子たちについて話さなければならないな……。お前達にはあの子達の安全を守る手伝いをしてもらう。その為、噓偽りのない真実を話す。いいな」

「は、はい」


 虹枝さんの真剣な眼差しにゴクリとのどを鳴らす。唯奈ゆいなや双笑たちも緊張した面持ちで虹枝さんの言葉を待っていた。やがてその口から語られた第一声は、衝撃の言葉だった。


「あの子たちは、組織によって造り出された人間なんだ」


 突拍子もない発言に、俺の思考は停止しかけた。


「造り出された、人間? どういう意味ですかそれ」

「言葉の通りだ。人造人間、人工生命体、呼び方は様々だが、組織は気に食わん事に『素体』とだけ呼んでいる。具体的には、ゲノム編集によって書き換えた遺伝子を元に機械と薬品で生み出された新種の人類、などと上層部はのたまってるがな」

「ちょっと待ってくれ。ゲノムや遺伝子がなんだとか言われてもサッパリなんだが」


 さっそく飛び交う専門用語に俺は待ったをかける。虹枝さんはそこから説明するのか、と嫌そうな顔をした。すみませんね無知なもので!

 代わりに蒼が説明してくれた。


「遺伝子組み換え、って言葉は聞いた事あるだろう?」

「ああ、野菜とかで聞くやつだな」

「あれを人間でやったという話だよ、今のは。遺伝子は生体の設計図みたいな物だから、それを上手く書き換えれば望み通りに生き物の成長を操作できる訳さ。髪の色を変えたり、足を速くしたり、賢くしたり」

「そんな、サラッと説明するけどえげつないな……」


 確かに遺伝子組み換えによって低コストでおいしい野菜を栽培したりとか聞いたことあるけど、あれって人間にも出来るんだな……。てか蒼、そんな衝撃的な話を聞いても冷静すぎるだろ。


「あの子たちが……本当に人造人間なんですか? 私、さっきまで話してましたけど、どこもおかしくなかったですし……」

「パッと見じゃ判断は出来ないさ。と言うより、しっかり見てもお前達との外見的差異はほとんど無いと言っていい。生み出された経緯はともかく私はあの子たちを人間と同じように扱っているつもりだしな」


 コーヒーの入ったマグカップを口元へ運びながら、虹枝さんはそう答えた。双笑の言う通り、俺もあの子たちが普通の人間の子供とどこが違うかと聞かれても分からない。それほどには、あの子たちは人間そのものだった。


「それで虹枝さん。あの子たちの生い立ちが、異能力とどう関係するんですか?」

「ああ、そうだったな。お前達も聞いたように、ユズハは精神感応テレパシーが使える。彼女だけじゃなくここにいる子供たち全員、超能力が使えるんだ」

「ぜ、全員!?」


 思わず大きな声で聞き返してしまった。あの子たち全員が能力者……全然気付かなかった。


「あの子たちの超能力とお前達の異能力の最大の差は、先天的に生まれ持ったか後天的に発現したか、という部分だろうな」

「……つまりあの子たちの能力――『超能力』は、僕たちと違って生まれ持ってのチカラという事ですか」

「そう言う事だ、蒼。より正確に言えば、そうなるように組織が


 砂糖もミルクも無い完全ブラックコーヒーを飲みながら、虹枝さんは平然と続ける。言葉を選ぶような間は無く、ただ事実を一から十まで説明しているような口調で。


「超能力と聞くと、科学的根拠のないオカルトだとイメージするだろうが、実際は違う。超能力は超心理学と言うれっきとした学問なんだ」

「超能力が?」

「ああ。意識と物体、あるいは意識同士の相互作用を、組織は超心理学的観点から研究していた。そして遺伝子を組み換えたり薬品を投与したりして、スターゲートは超能力を持つ子供を人工的に生み出す事に成功してしまったんだ」

「それがあの子たち、なんですね。ローエンド保管区画というのはつまり、そんな人工超能力者を育てる……もとい『保管する』ための部屋だったという訳ですか」

「筋が良いな蒼。だがその答えは正確じゃない。『ローエンド』という単語の意味は分かるか?」


 俺たちは顔を見合わせた後、首を横に振った。それを見て、虹枝さんはマグカップを置いた。


「『最下級品』だよ」

「……っ」

「ここには上手く超能力が成長しなかったり、遺伝子操作の副作用で身体機能に障害の出た子供たちが、失敗素体ローエンドなんて烙印を押されて送られて来るんだ。失敗作だが利用価値がない事はない、と言って保管されている訳だ」

「ひどい……まるで物扱いじゃん」


 顔をしかめる唯奈の声に、虹枝さんも目を伏せて頷いた。


「だが残念な事に、組織に属する職員のほとんどがあの子たちを実験動物や道具扱いするような人間なんだ。だから私はそんな奴らに世話をさせるぐらいならと、無理にでも下部サイト01この施設へ移動させてもらった。少しでもプロジェクトに関わってしまった私が出来る、数少ない罪滅ぼしのつもりでもあるがな」


 一通り語り終えた虹枝さんは、零れたため息ごと流し込むようにコーヒーを飲み干した。


 罪滅ぼし、か。遺伝子を操作して超能力者を生み出し、思うようにいかないと失敗作としてこんな地下施設の奥に閉じ込めているような組織がまともなはずはないが、少なくとも虹枝さんはあの子たちを守ろうと頑張っているし、実際ゾンビの脅威からも守れている。


 部外者の俺が知ったような事を言うもんじゃないし、過去に何かあったのかも知らないけど、それでも虹枝さんの感じてる罪は滅ぼせてるんじゃないかと俺は思う。だってあの子供たちは、みんな虹枝さんと楽しそうに話していたから。

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