第41話 料理には性格や人間性が現れるらしい

「そこを動くな」


 いきなり背後から飛ばされた鋭い警告に、俺はびっくりして振り返ってしまった。


「ひっ」


 俺たちは銃口を向けられていた。先ほどの金属音の正体はこれだったのだ。

 ただし片手で持つ拳銃などではなく、アサルトライフルを三倍ほど太くしたような歪な形状をしていた。


 それが銃だと分かったのは、さっき武器庫で見たばかりだったからだ。ナントカ粒子砲とかいう名前だった気がするが、長すぎて覚えてない。何にしろおっかない武器である事に変わりない。


「動くなと言っただろう」


 そして、そんな物騒な物を両手で持って俺たちに突き付けているのは、白衣を着た長身の女性。所々汚れてはいるものの、栗色の長い髪も相まって仕事のできる大人という出で立ちだ。

 しかし眼つきが悪いのは寝不足だからか俺たちが不審者だからか。多分後者だ。どう見ても今の俺たちは歓迎されてない。


「まあいい、この際だ。全員振り向いて両手を上げろ。変なマネをすれば焼き殺す」


 急に上からの態度で呼びかけられて不審そうに振り向いた唯奈ゆいなたちだが、向けられた大きな銃口を見ると、素直に従った。もちろん俺も。なんなら情けない事に俺が一番に従ってた。一切の躊躇がないマジトーンで焼き殺すとか言われたら誰だって反抗はしない。


「さて不審者共。聞きたい事は沢山あるが、まずは子供たちに近付いた事を後悔させてやる。少なくとも半殺しに――」

『ま、まってください先生!』


 手足でも捥がれるのかと俺が密かに震えていた中、ガラスの向こうにいる少女がテレパシーを飛ばして来た。俺たちにも聞こえているが、話しかけている先は白衣の女性だろう。ナントカ粒子砲を持つ女性の手がピクリと動いた。


『その人たちは私が呼んだんです! どこかに行ってしまった先生を探して来てもらおうと、私が飛ばしたテレパシーを聞いて来てくれたんです!』

「何……?」


 俺たちに向けられた刃のように鋭い敵意がほんの少し和らいだ気がした。けれど依然として銃口は向けられているし、俺たちは降伏した犯罪者のように両手を上げている。


「だがどうやって侵入した。たとえ他の職員からパスカードを奪ったとしても、本人でなければ入れないはずだ」

「あのー、それはコレがですね」

「動くな」

「ひぃ」


 手に持っているネームカードを見せようとして、鋭い目線と銃口をセットで向けられた。仕方がないので口だけで説明する。


「このカードは両親が用意していた災害用の荷物に入っていまして、一緒に入ってた地図に『パンデミックが起こったらここに行け』と書かれてたんです」


 正確な文面は違ったが、ニュアンスとしては間違ってないのでこのまま続ける。


「俺たちは元々この場所を目指してて、その子のテレパシーを聞いたのは偶然なんです。ここが何をしてる場所だとかは全く知らない、ただの部外者ですよ」

「ほう……にわかには信じられない話だが、入口が強引に破られた形跡も無かったし、そのカードも偽物じゃなさそうだ。それで、この施設を知っていたというお前の両親の名は」

「ち、父が朱神あかがみ春人はると、母が朱神陽名ひなです」

「何……!?」


 白衣の女性の表情が初めて、衝撃を受けたように驚愕の色を浮かべていた。この人がスターゲートの研究員だとしたら、やっぱり父さんと母さんを知っているのか。


「……先生にご子息とご息女がいるという話は聞いていたが、まさか……」


 父さんと母さんの名前を聞いて明らかに動揺している。ただの同僚じゃなさそうだ。もしかして友達?


 ぶつぶつと独り言を呟いていた女性は、ようやく大きな銃口を降ろしてくれた。やがて落ち着いたのか小さく息を吐き、俺たちを見た。外敵を射殺さんばかりの眼光は無くなったが、その表情は真剣そのものだった。


「話を聞かせてくれ」





     *     *     *





 と言う感じで、スターゲートという組織の一部を知ってしまった俺たちは、それなりにシリアスな話し合いに突入すると思っていたのだが。


「なーんでキッチンで人参切ってんすかね俺……」

「口よりも手を動かせ。まだ半分も切り終わってないぞ」


 話が聞きたいと言う白衣の女性に案内されたのは、会議室や研究室ではなく何故かキッチンで。俺は口を動かすよりも包丁を握る手を動かしているわけで。

 何故か俺たちは大量のカレーを作らされているのであった。


「もうすぐ夕飯の時間だ。お前達の話は興味深いが、子供たちの夕食の方が大事だからな」

「日記で見た通りの子供思いですねホント」

「人の日記を勝手に見るのは感心しないな」

「うっ」


 ちなみにこの女性、やはりというか何と言うか、虹枝にじえだ心白こはく本人だった。俺の中では勝手に死んだことになってたよ、すんませんした。

 テレパシー少女が言うにはここを出たのは昨日の出来事だったのだそう。そりゃ日記も更新されなくて当然だよなぁ……。


「だが日記を見たという事は、あの子たちについても少し知ったんだろう?」

「ええまあ。組織の実験に利用されてるとか何とか」

「組織ってスターゲートの事ですよね。何なんですか、スターゲートって」


 シンクでじゃがいもの皮をむいている唯奈も会話に混ざって尋ねた。俺も気になってた事をズバッと聞いた唯奈の問いに虹枝さんは、


「その事についても後で話すさ」


 と、表情を変える事なく受け流した。というかこの人、さっきから大量の玉ねぎを切ってるのに涙を一滴も浮かべてないんだけど。職人か何かなの? しまいには横にいる俺の方がうるうるして来た。


「ここまで知ってしまったお前達には詳しく話すつもりだし、詳しく話せば長くなる自信がある」


 まあ、そんじょそこらの研究所とは違うのだろう。そもそも地図に記載されておらず施設が地下にある時点で公にされてないものだと分かるし、施設内に武器庫があるのも絶対におかしい。


「それはそうとだな」

「はい?」

「お前、なんだその人参の切り方は。大きさがてんでバラバラじゃないか」


 呆れたような声色で指摘されたのは、俺が切り終えてボウルに入れておいた人参たち。別に目に見えておかしな所はないと思うけど……?


「いつもこんな感じでやってますけど」

「下手とは言わんが雑だ。火の通りがまばらになるだろう。せめて大きすぎる奴は細かくしておけ」

「もっと言ってやってくださいよ。お兄ちゃん、私が何度言っても治らないんだから」

「わざとじゃないんだからしょうがないだろ」


 家庭科の先生みたいな事を言う虹枝さんと、それに便乗する唯奈。何か言われてみれば不格好に見えて来たな、俺が切った人参たち。ちょっと悔しい。


「研究者なのに料理得意なんすね」

「子供を育てた事もないようなお子様よりかはな」

「ぐっ……」


 ちょっと反撃したら見事に正論カウンターパンチが飛んできた。勝てねぇ。ちなみに虹枝さんは育児経験が無いにも関わらず組織の子供たちを八人、しっかり世話しているらしい。勝てねぇ。


「せめてこいつを見習ったらどうだ、勇人ゆうと


 名指しで指示を飛ばして来た虹枝さんの示す先では、黒音くおんが迷いのない動きで牛肉を炒めていた。虹枝さんが俺たちに貸し与えたエプソンが明らかにオーバーサイズな彼女だが、その手さばきは確かに手慣れている者の動きだった。


 実を言うと俺たち全員が料理をしている訳ではなく、俺、唯奈、黒音の三人が料理を手伝い、双笑ふたえあおいは子供たちの相手をする事となっている。見知らぬ一般人を警戒している子供たちと打ち解ける役目には、物腰柔らかなあの二人が適任だ。


 このチーム分けで意外だなと思ったのは二つ。

 ひとつは、何でもそつなくこなすハイスペックお兄さんだと思っていた蒼が、実は料理が苦手だったという事実。そしてもうひとつが、逆に黒音が料理上手だったという事だ。


「黒音ちゃん料理上手いんだ。すごいね」

「そ、そうですか……? ありがとう、ございます」


 珍しく素直に褒める唯奈の言葉を受けて恥ずかしそうにはにかむ黒音。最初は蒼にしか懐いてなかった黒音だが、いつの間にやら唯奈たちとも打ち解けたらしい。


「私の二個下なのに私やお兄ちゃんよりも上手だよ。ねえ虹枝さん」

「ああ。調味料の分量といい焼き加減の調節といい見事なものだ。どこかで習っていたのか?」

「い、いえ、いつも自分のご飯は作ってた、ので……」

「ええっ、その歳で一人暮らし……!?」


 俺は自然とそんな結論に行き着いたのだが、黒音はふるふると首を振った。


 「一人じゃありません。お母さんは、いますよ」


 しか出てこなかった時点であまり触れない方がいい部分だと勘付いたが、黒音はさらに大きな爆弾を投下してきた。


「でも、お仕事終わっても、夜おそくまで帰ってこない事も、何日も帰ってこない事も、ありましたから。自分のことは自分でやれって、言われてたので」


 これ以上は駄目だな、うん。思いがけず他所の家の闇を見てしまった。気まずい。

 俺と唯奈は押し黙り、虹枝さんも「それは問題なんじゃないのか……?」とだけ言った。当の黒音は何ともない様子で首をかしげていたが。


 そんなこんなで野菜を切り終わり、今は大きな鍋で具材を煮込んでいる所。


「この不揃いな人参だけが気になるが、まあ許容範囲内だ」

「くそう」


 俺の人参たちは何とか及第点はもらえた様子。審査が厳しいぜまったく。


「こういう変に大雑把な所は、本当に先生によく似ている」

「先生……? 父さんの事?」

「ああ。あの人は私の先生だったんだ。陽名さんも同じグループの先輩だった」


 視線は鍋に注がれたままだが、虹枝さんはどこか遠くを眺めているような口調で言った。


「春人先生は教えも上手で研究者としても優秀だったが、それ以外ではズボラな人だった。お前に似てな」

「……まあ、確かに父親似とはよく言われてます」


 料理を例えにして言われるのは癪だけど。


「そしてそんな先生を、陽名さんはよく呆れながらも支えていたよ。お前達の様子を見るに、やはり子は親に似るものだな」


 俺と唯奈にそう言う虹枝さんの声には、初めて聞いたようなほんの少しの優しさと、過去を懐かしむような色が混ざっているように思えた。

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