第20話 遺された一つの大きなヒント
前回に見張りを交代せず徹夜していたからか俺はいつも以上にぐっすり眠れ、今も若干眠気が残っている。ふかふかの布団が恋しい……。
だがしかし、現実は非常なり。いつまでもそうしていられないのだからしょうがない。なぜなら俺たちは、今からとても重要なミッションに取りかかる所なのだから。
それは現段階の目的地となっている雪丘中学校へ向かう事、ではない。
「着いた……ショッピングモール!」
雪丘中学校からほど近くにある大きなショッピングモール。ここに用事があると
「うわぁ……やっぱり誰もいないね」
「ただ人がいないだけじゃなく、所々に人がいた痕跡があるのがまた怖いですね」
動かない自動ドアを手動でこじ開けて入った店内は、当たり前のように物音ひとつしない。そして
「でもゾンビものだとショッピングモールに籠城するのって定番だし、もしかしたらまだ誰か残ってるかも」
「そうだね、せっかくだし少し探してみようか」
唯奈と蒼の提案により、手分けしてモール内を探索みる事にした。蒼の目的の品は自分で確保するという事なので、特に用事のない俺たちは散り散りになって生存者の捜索を始めた。
* * *
雪丘中学校から近いこのショッピングモールは、普通なら放課後や休日などは学生たちでさぞや賑わっていたのだろう。洋服店や雑貨屋なども若い層をターゲットにした商品を前面に出して並べてある。
そういう食べれない物にはゾンビは無関心なのか、それらは奇妙なほどしっかりと本来の位置に並んでいた。もちろん慌てて逃げる人達が押し倒したのか商品棚のいくつかは倒れて中身もぶちまけていたけど。
「誰かー! いませんかー!」
そんな店内を拳銃片手に一人で徘徊している俺。数多の服やマネキンが並ぶ服屋は身を隠す遮蔽物が多いが、ゾンビは一か所にとどまって不意打ちをする頭脳なんてなさそうなので、特に警戒する事もなく声を出していく。半分諦めてはいたが、やはり返される声は無い。
「
近所のコンビニで双笑と出会た時は俺や唯奈以外の生存者もいるという事に感動し、蒼に助けられた時もそれを感じた。だから他の生存者も案外見つかるものだと思ってたけど、それが間違いだったかもしれないと今なら思う。無意識に楽観視してたかもしれないけど、人類の現状はとても過酷なんじゃ……。
でも希望を持つ事を悪いとは思わないし、生存者はいた方がいいに決まってる。やめやめ、そんな暗い事を考えてゾンビに出くわした時どうすんだ。
「お……?」
なんて考えながら歩く隙だらけな俺は、ふと顔を上げて足を止めた。行き止まり……ではない。防火シャッターが下りているだけで、壁に掛けられたフロアマップを見れば奥にも通路が広がってる事が分かる。周囲を見渡してみても火事が起こったような焼け焦げた跡は見当たらない。つまり誰かが意図的にシャッターを下ろした、って事か。
念のため二度三度と周囲にゾンビがいないのを確認してから、ゆっっっくりと極力音を立てないよう慎重にシャッターを持ち上げていく。
さっきまで声を出していた癖に、静まり返ったモール内にガラガラと響くシャッターの音は心臓に悪い。しゃがんで通れる高さになったら手を止めて潜り抜け、まずはほっと一息つく。
「うわっ、埃っぽいな……」
閉め切っていたからか、ホコリと臭いが凄い事になっている。それと窓が無いのか朝だと言うのに真っ暗だ。拳銃と一緒に生み出したウェポンライトを点灯すると、俺が動いたことにより舞い上がったホコリたちがライトに反射してカーテンのように視界を遮っていた。
シャッターに区切られた区画の奥は両脇に店がある商店街のような通路で、建物の端まで繋がってるらしい。シャッターによってそれなりに広い範囲を確保しているようだ。
それにしてもここ、ホント臭いなぁ……。埃っぽいというよりまるで腐った肉みたいな臭いだ。食品コーナーは一階のはずだよな。ここは三階だから違う。
「わっ!? ……っとあぶっね」
足元の確認が不十分だった。何かにつまずき、危うく顔から倒れる所だった。俺の足を引っかけた物を何気なくライトで照らし。
――ソレを見て、すぐに後悔した。
「……ッ!?」
死体だ。
真っ白な白衣に血をにじませた男の人の、死体。
サッと、顔から血の気が引いて行くのを感じる。昨日まで動く死体とドンパチしてたはずなのに、動かない死体を見てこんなに動揺するなんて、こんな世界になっても意外と俺には常識的な感性が残っていたらしい。
いや、これは死体を見て動揺したというよりこんな世界でゾンビになった跡もない『綺麗な死体』を始めて見て混乱している、と言う方が正しいか?
……死体を見たっていうのにこんなにも早く冷静さを取り戻してきた自分を把握できるなんて、ちょっと悲しくなって来る。
それよりこの男性の死因だ。見える範囲だとどこも腐ってないのでゾンビになった事はないのだろうが、彼の着ている白衣に着いた血の量は凄まじい。うつ伏せで倒れているので分からないが腹でも切れたのだろうか。ゾンビになるぐらいなら自分で、とか考えて……でもだとすると、こんな道端で倒れてるのも変な気がするけど。
「…………」
ともかく俺に出来る事は、男性が安らかに眠れるよう手を合わせる事ぐらい。白衣を着てるから医者か研究者だったんだろう。
研究者だった両親が白衣を着ている姿なんてついぞ見た事は無かったが、仕事中は父さんと母さんもこんな感じだったのかな。俺は父さんによく似てるって母さんがよく言ってたから、賢い印象の白衣はたぶん似合わないかも。
「……ん? この人、何か首から下げてる……」
ふと違和感を覚え、男性の首元をライトで照らす。そこにはカードの入ったネームホルダーが首から下がっていた。それは床に倒れる男性の腕の下に入り込んでおり、よく見えない。
「ちょっと、ごめんなさいよっと」
近くにしゃがみ、動かない男性の腕を少しどかして下敷きになっていたネームホルダー越しに、中に入っているカードを眺める。どうやら身分証明のカードらしい。男性の名前と、肩書みたいなものが書かれていた。名前は日本人名だが、会社名?か何かは英語。『STAR GATE』と記されている。
「すたー……がて、いや、ゲートか」
ここに来て英語の教養が試されるとは……サバイバル生活には学力なんて必要ないと思ってたのに! まあ正解っぽいのが分かったし良いけど!
「下部サイト01、通信担当者……役職か何かか?」
にしても訳分らんなこれ。この男性は医者か何かだと思ってたけど、海外に本社がある会社の人なのだろうか――
「…………え?」
何気なくネームホルダーを裏返し、そこに書かれていたものを見て、思わず固まった。そこに記されていたのは、図形を組み合わせて作られたひとつのシンボル。子供が遊びで描けそうな、至ってシンプルなマークだが、それは俺に並々ならぬ衝撃を与えた。
円の上に大きな五芒星が重なってるだけの、とてもシンプルなマーク。
「これ、父さんたちの……!!」
俺はこのマークに見覚えがある。正確には俺だけじゃなく、唯奈もコレを見たらピンと来るはずだ。何故ならこのマークは、父さんと母さんが俺たちに遺したリュックに入っていたカードに記されているマークと、全く同じなのだから。
ゾンビパンデミックを予期していたらしき両親の言動。
その二人が遺したネームホルダーに記されていた不思議なマーク。
そして、同じマークの入ったネームカードを持っていた白衣の男性。
ごくり、と喉が鳴ったのが分かる。間違いなく、これは重要なピースだ。
この男性は研究者でほぼ間違いない。それも両親と同じ団体で研究をしていた人だろう。この謎のマークがそれを証明してると言っていい。
そして大事なのは、この男性が下げていたカードには表面にちゃんと身分が書かれている所。最も重要なのは間違いなくここ。
「
両親とこの男性が務めていた研究所の名前だろうか。初めて聞くが、何故かストンと腑に落ちた。
俺たちのひとまずの最終目標地点である、両親が記した謎の場所。
そこはきっと――いや間違いなく、この『スターゲート』とやらが関わってる。
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