第21話 流血と異能は慎重に

 重要なアイテムは手に入れたものの結局生き残った人は見つからず、俺は一度、一階の中央広場に戻って来た。遅くても一時間後にはここに集合という事にして皆と別れたのだが、俺以外には誰もいなかった。まだ探索中なのだろう。ちょっとベンチに座って休憩。


「こうして腰を落ち着けると、なおさら気になって来るな……」


 父さんと母さんが遺した地図に書かれた場所に行けば、このパンデミックについて何かが分かると俺は思っている。そして少しずつ歩みを進めているタイミングで、思いがけずヒントを得てしまったのだ。冷静になればなるほど『スターゲート』とやらの事で頭がいっぱいになってしまう。


「直訳すると星の門、で良いんだよな……?」


 星座の観測とか宇宙に関する研究所? いや、父さんと母さんもここで働いてたってなると違うな。二人はヒトの遺伝子について研究してたって聞くし、宇宙と人の体なんて全然分野が違うというのは俺でも分かる。


「うーむ、さっぱりだ……今考えるのはやめよう」


 皆と合流したらこの名前を聞いた事がないか訪ねてみよう。あおいは物知りそうだから何か知ってるかも。


 さて、時計を見ると分かれてから三十分強が過ぎていた。ここで皆を待つか、それとももう少し探索するか。悩みどころである。じっとしてるよりかは動いた方が何かしら発見もあるだろうけど、戻って来た皆とすれ違いになるのも困るし――


「わっ!? 何だ?」


 いきなり背後から大きな音がして、冷や汗をかきながら振り向く。

 ショッピングモール自体が静かなのでよく響いたが、音は真後ろというより斜め上から聞こえた気がした。ちょうど防火シャッターを全力で叩いたらああ鳴るであろう、重く響く打撃音だ。まさか隻夢ひとむがゾンビと交戦して吹き飛ばしたのだろうか。


勇人ゆうとくん! 今の音は!?」

「あれ、双笑ふたえ?」


 考えていると、横の通路から双笑が駆け足で広場に戻って来た。共に行動していた唯奈ゆいなも一緒だ。その慌てぶりからして、彼女らも音の原因は知らないらしい。


「今のドカンって音、隻夢のじゃないのか?」

「ちがうよ。私たちの方はゾンビと出くわしてないし……」

「お兄ちゃんが何かやったんじゃないの?」

「俺も違うぞ」


 俺は両手をひらひら振って武器を持ってない事を示した。どうやら攻撃系の異能力を持つ俺でも隻夢でもないらしい。じゃあ蒼か……?


「あっ! 勇人くん、唯奈ちゃん! あそこ!!」


 大声でそう呼びかける双笑が指さしていたのは、大きな吹き抜けから見える二階の通路。天井付近から吊り下げられている広告の布から見え隠れするのは、必死に走っている人の影。ゾンビではなく、ちゃんと生きている人間だ。


「女の子……!?」


 見えたのは、唯奈よりも年下であろう小さな女の子。身にまとう黒を基調とした学生服はあちこち汚れていた。


「あの子、一人で何を……」


 口からこぼれた疑問に対して視界に飛び込んで来たのは、その答えではなく別の脅威。店の影からのっそりと、複数体のゾンビが少女を追いかけていたのだ。


 それを目で確認した直後、俺たちは反射的に行動を始めていた。


「おーい! こっちだゾンビ共!!」


 俺は二階の通路を走る女の子を追うゾンビたちに叫んだ。案の定、ゾンビたちは俺の大声に反応して足を止め、こちらに首を向けた。


 そして、俺が叫んだと同時に双笑は意識を隻夢へと交代して飛び出す。隻夢は反射の異能力を地面にぶつける事で二階フロアまで一気に跳び、ゾンビの群れに突っ込んでいった。


「オラァ! テメェらは眠っとけ!!」


 後は彼女の体に触れたゾンビから順番に吹き飛ばされたり四肢が弾け飛んだりして、ものの数秒で殲滅完了。戦場に放り込むだけで戦いが終わるなんて、まるで爆弾である。あらゆるものを弾く異能力、まさに敵なしだな。


「全部片付いたぜ兄ちゃん!」

「ナイスー!」


 動かなくなった死体を蹴とばしながらグッとサムズアップをする隻夢。相変わらず双笑とは打って変わって豪快なやつだ。異能力のおかげで返り血が付かないからって容赦なく血祭りにあげるよな。


 ……うん? ちょっと待った、血祭りに……?


 ただでさえ慣れてきた唯奈も俺の隣でちょっと引いてるぐらいなのだ。こんなの唯奈より年下の女の子が目の前で見てしまったら……


「ひっ……!?」


 まあ、逃げるよね。

 まず異能力の存在すら知らない人から見れば、さっきの隻夢なんてどう考えても人間とは思えないもんな。現に隻夢とばっちり目が合った少女は、化け物を見たと言わんばかりに顔を青くして涙目で全力疾走してしまった。


「あ、おいちょっと!」

「ひぇ!?」


 慌てた様子で呼び止める隻夢だったがそれも逆効果で、満足に悲鳴も出せないまま少女はどこかへ走り去ってしまった。



「……いや悪かったって。でもゾンビ共を皆殺しにするのが優先だろ?」


 俺と唯奈が動かないエスカレーターを駆け上って二階へ上がってる時、隻夢は目を瞑ったままそんな事を言っていた。きっと頭の中から双笑に「もう少しやさしく出来なかったの?」と注意でもされているのだろう。


「で、どうするお兄ちゃん」

「このまま蒼の合流を待つ……訳にもいかんだろうなぁ」


 あの少女には彼女の事情があるのかもしれないが、さっきのようにいつゾンビと出くわすか分からないのだ。さすがに放っておくわけにもいかない。蒼とすれ違いになった時は……後で謝ろう。


 もしものために銃を持つか迷ったが、拳銃なんか見たら女の子が怯えてしまうかもしれない。ゾンビ戦は隻夢に任せる事にして、俺たちは少女の走り去った二階フロアの奥へと向かった。

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