第19話 役に立たなくたって

 見張り係の唯奈ゆいな双笑ふたえは大きなネットカフェの外に出て、正面入口にある階段に腰掛けていた。外の通りには誰の影もなく、ほのかな月明かりが照らすのは、無人の街と二人の少女だけだ。


「ゾンビの奴ら、全然いない……」

「さっきまでもここら辺はいなかったもんね。夜は出歩かないのかな?」

「判断基準が音なら暗くても動き回ってそうですけど」


 まさか動く屍になってまで夜は寝ているとかは無いだろうが、その答えも分からない。陽が出ている時と沈んでいる時とで差があるように見えるのは、ゾンビたちの行動に彼女らが知らない条件でもあるのか、もしくは意識に人間だった頃の習慣が残っているというのか。


(何にしても、分からないっていうのはちょっと不気味)


 昔からプレイするゲームは隅の隅まで遊び尽くすスタイルだった唯奈。分からない事は調べながらもいつも完全クリアを目指していた。その頃の癖だろうか。『分からない事』に直面すると、何となく落ち着かなくなっていた。


 ゲームと違って現実の謎は少し調べた程度では分かり得ない。まして情報源すら少なく、その真偽も疑われるこのゾンビ世界でどうやって正解を見つけるというのか。


「はぁ……ゾンビ博士とかいう都合の良い解説キャラクターいないかなぁ」

「キャラクターって、まるでゲームみたいだね」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと不謹慎でしたかね」


 皆が必死に生き抜こうと頑張っている所を『ゲームみたいだ』と他人事のように思っているようにも捉えられる事を言ってしまい、それを詫びる唯奈。しかし双笑は優しい笑顔で首を横に振った。


「ううん、私も思ってた事だし。急にたくさんの人がゾンビになっちゃって、そんな街で異能の力を使って生き続ける。ちょっと現実味は無いよねー」


 ゾンビがはびこるようになって約一か月。今までずっと思っていた。全て夢なら良かったのに、と。

 それは双笑が、目の前で両親がゾンビになった時から強く思っていた事だ。


「でも、これは夢でもゲームでもない。現実味は無くても現実。だから生きなきゃいけないの」

「……ですね。現実には残念ながらコンティニューもありませんし」

「だから私は、唯奈ちゃんや勇人くんに出会えてすごく運が良いよ。私と隻夢ひとむだけじゃ出来る事も限られてるし」


 双笑は月の浮かぶ夜空を見上げながらそう答えた。

 今は朱神夫妻の遺した地図を頼りに『謎の建物』を目的地としているが、そもそもの根本的な目標は、生き続ける事だ。人と人とで協力し、ゾンビたちから居場所を守る。


 その為に。

 みんなで生きられる為に、自分は何が出来るか。


「……私は」

「ん?」

「私は……何かの役に、立ってるのかな」


 視線は地面に落ち、頼りなく揺れる声も下に落ちる。今日の疲れも出ているのか、その声には兄と共にいる日中のような活気が薄れているように感じた。


「私はお兄ちゃんや隻夢さんみたいな強い異能は持ってないし、ことさら頭が切れる訳でもない。一度でも、何かの役に立てたでしょうか」


 力なくこぼれる言葉が途切れ、代わりに見張り用に持って来た金属バットを握る両手に力が加わった。やるせない気持ちが行き場を見失った末に辿り着いたかのように。


「このバットを貰った時、お兄ちゃんに言ったんです。自衛のための武器がいるって。でも実際はみんなに守ってもらってばかり……。正直、完全にお荷物なんじゃないかって」

「唯奈ちゃん……」

「……すみません、変な事言い出して。忘れてください」


 そう言って愛想笑いのようなぎこちない笑みを浮かべる唯奈。隣に座っている双笑は、そんな彼女をそっと抱き寄せた。


「わっ! 双笑さん!?」

「唯奈ちゃんはすごいよ。お荷物なんかじゃない。役立たずなんかじゃない」

「は、恥ずかしいですよ……」


 唯奈が吐き出した不安をひとつずつ丁寧に薄めていくように呟く双笑。その言葉をすぐそばで聞いている唯奈は、気恥ずかしさに顔を赤らめた。


「そもそも役に立つ立たないでそこに居て良いかどうかなんて決まらないんだよ。異能力が無くたって、戦う力が無くたって、自分は足手まといなんだって悲観する事はないよ」

「そう、ですかね」

「そうだよ。私だって戦いはぜーんぶ隻夢に任せてるもん。だから『双笑わたし』だけで言えば、唯奈ちゃんより二つ上なだけの何も出来ない女子高生だよ」


 重い物も持てない、速く走れる訳でもない、ただの女子高生。彼女はそう言うが、唯奈にはとてもそうは思えなかった。特別何かに秀でている訳じゃなくでも、双笑がいると場が明るいし、楽しい。


(そうか……そうなんだ)


 双笑の言おうとしている事が何となく分かった。

 一緒に居る事に、役割もなにも必要じゃないのだ。役に立つというのも大事だが、それが出来ないからといって一緒にいてはいけないなんて道理はない。


「えへへ、私一人っ子だからこういうの言った事ないんだけどね。お姉さんっぽいこと言ってみました」


 唯奈の背中に回していた両腕を離し、先ほどまでと同じ距離で、双笑は唯奈へ笑いかけた。眩しい笑みと言うほど力強いものでも無かったが、そのはにかむような笑顔を向けられた唯奈は照れくさくなって視線を逸らした。


「……お姉さんと呼ぶには、双笑さんには大人っぽさが足りない気がしますよ」

「えっ!? そ、そんな事ないよー!」

「いえいえ、私と同じくらいですって」


 唯奈にとって双笑は、打ち解けてはいたものの、まだ出会ったばかりの関係だった。意識してはいなかっただろうが、それでもどこか距離を離していたのだろう。

 だが、知らず知らずのうちに溜まっていた不安を共有できた今日、心の距離も少し縮まったのではないだろうか。


「やっぱり色気が足りない? 確かに中学の時からあまり成長してないけど……それかパーカーとウィレイドブレーカー重ね着してるからか子供っぽくなっちゃうのかなぁ」

「私は厚着も可愛いと思いますよ。双笑さんは私よりも可愛い服似合いそう」

「二つ下の唯奈ちゃんに可愛いって言われた!? やっぱり大人っぽさが足りないんだぁー!」


 人も車もゾンビもいない、静まり返った夜。月明かりだけが照らす仄暗い街には、少女二人の楽し気な話し声が響いていた。

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