第18話 安心して眠れる場所
地下鉄のトンネル内では特にゾンビに遭遇する事もなく、無事に雪丘中学校に一番近い駅に辿り着いた。その頃には既に陽が傾いて来ていたので、手頃な休憩場所を探す事にした。俺や双笑の出発地点とは違ってここは街の中心。幸い頑丈そうな建物は多く、コンビニの床で寝る事はなさそうだ。
「という訳で、今日の寝床はここだ!」
この街一番と言われているらしい、大きなネットカフェにやって来た。ここなら宿泊用の道具も揃ってるし、ゆったり夜を越せる。まあもちろん交代で見張りは必要だけど。
ひとまず安全を確保するため、皆で手分けをして施設内を探索し、ゾンビが潜んでいないかを確認した。俺は生存者が隠れているかもしれないと淡い希望を持って探していたが、残念ながら誰も見つからなかった。生活の痕跡すらなかったので、誰もこのネットカフェで過ごしてはいなかったようだ。
再び集まり無事を報告し、軽く夕食を摂って寝る事にした。
「順調に進んで行けば、明日の昼には雪丘中学に着くだろうね」
「お兄ちゃんが今日みたいなヘマしなければね」
「ホントすいません……」
俺が遊び半分でパチンコ店に入らなければ、あんなゾンビの大軍勢に攻められる事もなかったのだ。完全に俺の失態である。これからはお兄ちゃん気を付けます。
「明日進むルートも決まったし、今日はもう休もうか」
「だな。それじゃあ最初の見張りは俺たちが――」
「お兄ちゃんは前科があるからダメ」
「ぐっ……」
「最初の三時間は私と
「……何があったのか僕には分からないけど、こう言ってくれてる事だし、まずは休んでもいいんじゃないかい? 君も異能力をたくさん使って疲れただろう」
「まあそうだけど……」
昨晩から俺が交代せずにずっと見張りをしていた事を知らない蒼は、ちょっと戸惑いながらそう言った。
確かに蒼の言う通り、今日は今までで一番異能力を使ってそこそこ疲れた。ここはお言葉に甘えて休ませてもらうか。
「ちゃんと三時間経ったら交代するんだぞ」
「それ、お兄ちゃんに言われたくないし。私だって寝たいんだから」
「あはは……じゃあまた後でね」
拗ねたようにそっぽを向いて唯奈は歩き出し、双笑も小さく手を振ってそれに続く。
残された男二人は三時間の睡眠を取るために、今日の寝床となっている複数人入れる大部屋へ入った。一人一人が別々に寝れるだけの部屋はあるのだが、緊急の事態になった時すぐに連携がとれるようにと蒼の提案で、二人同じ部屋で寝る事にしたのだ。
「こんなに整った環境で寝られるのも久しぶりだ」
毛布はたくさんあったので布団には困らない。そうして出来上がった柔らかい寝床に横たわりながら、蒼はふとそう言葉をこぼした。
「そうなのか?」
「僕は異能力でゾンビから簡単に逃げられると知った時から、家を離れてあちこち彷徨ってたんだ。その時はゾンビを警戒しながら寝てたからね。ゆっくり休む暇も無かったのさ」
「へぇー、俺たちはひと月ほど家にいたからなぁ。こうして寝床を探しながら移動なんてまだ慣れないわ」
電気や水が出なくなってから俺たちは外に出る決心をしたのだけれど、それすらも運が良かったのかもしれない。もしパンデミックが始まってすぐに家が使えなくなったら、もう少し厳しい生活が待っていたのかもな。
「ずっと一人で大変じゃなかったか?」
「そうでもないよ。僕の異能力ならゾンビの気を逸らして逃げられるから特に戦闘する必要も無いし、一人だからこそ自由に動ける。でもまあ、見張りなんていない中で毎晩寝るのはちょっと気が休まらなかったけど」
そう話す蒼の顔からは、長時間働き続けた人のような疲労は見て取れなかった。そう言いつつどこかでちゃんと休めているのか、顔に出さないようにしているのか。どちらにしろ、ゆっくり休んでもらいたい。
「ま、少なくとも今晩は安心して寝れるからな。俺たちに任せとけ」
「ありがとう。でも見張りの時間には起こしてくれよ?」
「ああ、さすがに唯奈が大激怒しそうだしな」
疲れてる人をいたわる気持ちも大切だが、皆で決めたルールは守る。例外を作りすぎると、ルールが何の意味も無くなってしまうから。それは主に唯奈から強く釘を刺された事だ。
「俺には異能力があるし、そんな心配せんでも大丈夫なんだけどなぁ」
「そういう訳にもいかないんだろうさ、きっと。逆にして考えてみるといいよ。もしも君に異能力がなく、妹さんが強い異能力を持っているとして、彼女が君の分まで危険な役割を担おうとしたら、どうする?」
もしも俺と唯奈が逆だったら。そんなの、異能力が何だろうが関係ない。
「そりゃ止めさせるに決まってる。そういうのは兄の仕事だ」
「もし彼女の方が年上だったら?」
「それでも全部させるのは違うだろ」
「つまりはそういう事さ。妹さんもそう思ってるんだと思うよ?」
蒼にそう言われて、思わずハッとした。情けない事に、今まで気付かなかった事に気が付いた。俺が唯奈に危険な目に遭ってほしくないと思うのと同じで、唯奈も俺の事を心配してくれているのだと。
俺は唯奈のためを思って動いていたが、ある意味では自分の事しか考えてなかったのかもしれない。
「……今度から気を付けるよ。唯奈にも、双笑やお前にも、無用な心配をかけないようにな」
自分の事を言われたのが意外だったのか、蒼は目を丸くして驚いていた。
「僕にもかい?」
「当たり前だろ? せっかく出会ったんだし、俺はお前とも仲良くしたいと思ってるぜ」
「そうか……それは嬉しいね」
ふっと笑みをこぼし、蒼は視線を逸らして天井を見上げた。
「それと僕としての意見も言っておくよ」
「意見?」
「さっきの話さ。君は『自分には異能力があるから大丈夫なのに』って言っただろ?それについての意見だよ」
蒼は仰向けに寝転がって天井を見上げたまま、右手をかざすように持ち上げた。
「君の異能力は確かにすごく強力だし、使いようによっては怖い物無しかもしれない。ゾンビが徘徊するこの世界において、僕や君のような異能力は最大の『武器』であると言える。でも、君だって異能力の全てを知っているわけじゃないだろう?」
「まあ、それはそうだな」
「僕も同じだし、あまり人の事は言えないんだけどね。とにかく、完全に命を預けるには不明瞭な事が多いんだ」
命を預ける武器、か。確かにこの異能力には頼りっぱなしで、これからの計画だって異能力ありきで成り立っている。
今まで何となく保留にしていたが、
「とは言ってもなぁ。お前の話はもっともだが、やっぱりよく分かんねぇや」
「まあ、そりゃそうだよね。僕だって異能の力に目覚めるなんてファンタジーみたいな展開、どう考えても普通じゃないと思ってた。何も分からない今の時点で深く知ろうとする事自体、まだ早いのかもね」
まあ、それについては追々考えるとするか。そう言って先延ばしにしちゃうの癖になってるんだよなぁ俺。今回のはかなり大事だし、流さずにきちんと考えよう。うん、またいつか。
そして。蒼の事も心配してるが、かく言う俺も自分が気付いてる以上に疲れていたらしい。電気も無い暗い部屋で横になりながら蒼と話しているうちに、いつの間にか瞼がゆっくりと落ちていった。
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