第17話 地下を往く
俺たち全員が地下鉄駅内に入ったのを確認した青年は、遠くから追って来るゾンビたちを確認しながらシャッターを勢いよく降ろした。
「よし、これでひとまず安全だろうね」
「悪いな、すげえ助かった……」
「気にしないでよ。僕がそうしたかったから助けただけさ」
たくさんのポケットが付いているロングコートを手ではたきながら、彼は俺たちを安心させるように微笑んだ。二十歳前後だろうか、まだ十分に若い整ったその顔は、同性の俺でもそう思えるぐらいに綺麗だった。さぞモテていたに違いない。男として何かに負けた気分だ。
「さっき向かって来てたゾンビたち、こっち来たらマズいんじゃない? それなりに数がいたけど」
「確かに、あの量だとシャッター破れちゃうかもね……」
対して
「それについては心配ないよ。閉める直前に、僕の異能力で意識をかく乱させておいたから。効果は数分で解けるだろうけど、その時には僕たちなんて見失ってるさ」
「へぇー異能りょ、く……? え? お前今、異能力って言った??」
「ああ。僕も君たちと同じ異能力者だよ」
特技は料理ですみたいな気軽さでさらっと言われた。異能力者って結構いるもんなんだな……。
「ま、まあひとまず、改めて礼を言わせてくれ。さっきは助かったよ。俺は
「武器を生み出す能力……さっきのマシンガンもそれでか。すごい能力だね」
「そう言うお前だって、ゾンビの気を逸らしたのか? 便利な能力じゃん」
「ああ、僕の異能は音だよ。幻聴を聞かせるような能力さ」
「幻聴……?」
彼は説明してくれた。曰く、さっきゾンビ共が変な行動をし始めたのは、『そこに人間がいる』と錯覚する幻聴を聞いて俺たちに注意が向かなくなったからだという。
「心音、足音、大きな話し声や騒音。いろんな幻聴を組み合わせて浴びせれば、ゾンビの意識を目の前の人間から逸らす事も出来るんだ」
「すげぇ……!! 対ゾンビ戦では最強じゃん!!」
「まあ、僕は君みたいに戦うというよりは逃げる専門だけどね」
彼は苦笑交じりにそう言った。俺や隻夢みたいな直接的な攻撃力がある訳じゃないけど、こういう異能力もあるんだな。
「自己紹介が遅れたね。僕は
「おう、よろしくな」
差し出した俺の手を、蒼は気さくな笑顔で握ってくれた。
「んで、大量のゾンビから隠れられたはいいけど、どうするよ。また外に出て蹴散らすか?」
「そしたらその音を聞いてまた増援がきちゃうかもしれないよ。勇人くんも隻夢も、さすがに戦いっぱなしじゃ疲れると思うし」
「そうだよなぁ。異能力も使い過ぎると疲れるし」
「それじゃあ、地下はどうかな?」
何となく地図を囲んで話し合っていた時、蒼がそう提案した。
「僕は二つ前の駅から地下鉄の線路を通っていたんだけど、そこならゾンビもほとんどいない。君達がどこを目指してるのか知らないけど、地下鉄駅の周辺なら大抵の施設は揃ってるんじゃないかな」
地下鉄。俺たちは地上を歩く事しか頭に無かったけど、その手があったか!
「俺たちは雪丘中学校を目指してるんだ。蒼もどこか?」
「奇遇だね。僕もそこを目指してた所なんだ。あそこは避難所指定されてるし」
「なら一緒に行かないか? 助けてもらったお礼と言っちゃなんだけど、ゾンビを倒す力なら自身あるぜ」
彼は少しだけ逡巡した後、頷いて答えた。
「それじゃあ、お言葉に甘えようかな。君達と一緒だと心強そうだ」
こうして、俺たちは仲間が一人増えた。雪丘中学校に着くまでだけど、頼もしい異能力者の仲間だ。
* * *
俺の地図と駅のややこしい路線図、そして蒼の持っていた方位磁針を使って雪丘中学校の最寄り駅へのルートを決め、俺たちは進んでいた。お互いの事、今までのサバイバル生活の話などをしながら、暗いトンネルの中を慎重に。
武器だけなら生み出せる俺の能力じゃ懐中電灯は生み出せなかったが、ウェポンライト付きの拳銃なら生み出す事が出来た。なのでそれで足元を照らし、懐中電灯を持っている蒼と並んで先頭を歩き、その後ろに唯奈と双笑が続いている。
「君達は、この異能力について何か知っているかい?」
道中、蒼はそんな風に尋ねて来た。
「異能力について……そう言えば私たち、何も知らないね」
「ああ。俺も双笑もある日突然この力が目覚めたって感じだしなぁ」
こんなすごい異能の力なんて、誰から貰った訳でもなく、自分自身で意識して獲得したものでもない。
「そう言うお前は? もしかして何か知ってるとか?」
「いいや、悪いけど僕も何も。もし他の異能力者に出会ったらダメ元でも聞いておこうと思ってただけさ」
「まあ、確かに気になるっちゃ気になるよな」
俺も双笑と出会った時には他にも異能力者がいる事を知って驚いたし、蒼もそうだと知ってますます謎になった。唯奈に異能力が無い事から考えて、全ての人間が異能力に目覚めた訳ではないのだろう。もしくは異能を持たない唯奈が特別だったり? いずれにせよ俺がいくら考えても分からんな。
「気になる度で言えば、このパンデミックも十分気になるけどね」
ふと、後ろを歩く唯奈がそう言い出した。
「気になるって、何が?」
「例えば、いつ終息するのか、とか。こんなサバイバル生活で一生を終えるなんて私は嫌」
「まあ、それはそうだよな……」
「来年にはいろんなゲームの新作が出るのに。世界にははやく元通りになってもらわないと困るよ」
「いや結局ゲームかい」
そう言えばゾンビなんかが出る前に、新作が出るとか嬉しそうに話してたっけな。しかし悲しいかな、世界中がこんな有様じゃあどんなに頑張ったって来年にゲームが発売されるなんてありえないだろう。
だが、未来に希望を持つ事はとても大事な事だ。
「私も唯奈ちゃんに賛成! このまま死ぬまでゾンビから逃げ続けるなんて嫌だよ」
「それはもっともだね。僕も思い残すことは山ほどある。その為には……」
「ああ、まずは生き続けなきゃな」
このパンデミックがいつ終わるのかなんて、俺たちには分からない。でも、お先真っ暗って訳でもないのは、俺たちが持つ地図が証明している。
パンデミックを予期していた両親が示す謎の場所。少しでもいいから、そこに状況が良くなる何かがあるといいんだが。
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