第二章 仲間たち

第15話 導きの音

 世界中で謎のパンデミックが発生し、人類社会は瞬く間にゾンビ社会へと変貌してしまった。そんな中で俺こと朱神あかがみ勇人ゆうとは、妹の唯奈ゆいなや道中で行動を共にする事になった翠川みどりがわ双笑ふたえと一緒に、避難所指定されている雪丘中学校へ向かっていた。


 俺たちには突如目覚めた異能力があるからゾンビが来ようとさほど問題じゃない。今日もそんな感じでのんびり行くと思っていた。思っていたのだが……


「やばいやばい、あれはやばい!! 全速力で逃げろぉぉぉ!!」


 あらゆる武器を生み出せる異能力を持つ俺は、迫る脅威に背を向けて逃げている真っ最中。すぐそばでは唯奈と双笑も力の限り走っている。三人で片側三車線ある大通りを全力疾走で逃走中だ。


 俺と双笑、それから彼女の中にいるもう一人の人格、隻夢ひとむはそれぞれ異能力を持っている。なので本来ならばこの世界において絶対的な脅威であるゾンビなど敵ではないのだ。だが、今回ばかりは尻尾を巻いて逃げるしかないだろう。何せ、数が数だ。


 俺たちを喰い尽くさんと追って来るゾンビの数は、目測でもざっと五十以上はいた。


「この辺りは人がいないから、私たちは久しぶりのごはんなのかな!?」

「だとしても多すぎだろ! 一列に並べよお!!」


 ゾンビたちの足は速くても大人の早歩き程度なので、徐々に引き離しつつある。だがあまりに多すぎるその数は俺たちの冷静さを少しずつ奪っていた。とにかく足を動かす事で恐怖を紛らわすので精一杯だ。


「唯奈、大丈夫か? 息上がってるぞ」

「大丈夫……じゃないかも。もう疲れた……」


 俺と双笑は異能力に目覚めた時、その副次的な効果かは分からないが脚力や腕力などの身体機能が一通りパワーアップしているので、ゾンビから逃げ切るのはさほど難しい事じゃない。だが異能力を持たない唯奈は別だ。すでに走る速度も遅くなっているし、どこかで痛めたのか足の動かし方もおかしい。


「逃げ続けても埒が明かねぇぞ兄ちゃん! ここでやっちまおうぜ!」


 フードの奥の双笑の瞳に攻撃的な光が宿った。隻夢は唯奈の状態を見て、戦いを提案してきた。

 そうだよな。完全に振り切るまで逃げ続けるにしてもどこかに隠れるにしても、あの数は少しでも減らさなければならないだろう。

 何より、こうなったのはほとんど俺のせいでもある。ここは責任持って前に出るべきだろう。


「分かった! ここで減らすぞ!」


 俺は走る足に急停止をかけ、そのままの勢いでくるりと後ろを向いた。五十体を越えるゾンビが壁となって迫って来るのを遠目に眺め、異能力を発動させた。


「人類は刻一刻と数を減らしてるっていうのに、そんな数の暴力で押し切ろうとするとかあてつけかよお前ら!!」


 手のひらから溢れる光は一瞬で広がり、捻じれ、ある形状を模った。俺の知る中で最強の武器。それは銃だ。

 不気味な重さを持つ黒い本体は、いつものように輝く陽の光を反射している。それもただの拳銃ではない。両手でかかえるその長い得物は、機関銃マシンガンと呼ばれる代物。人類が生み出した殺傷力の塊だ。


「この際、音でゾンビを呼び寄せるのはしょうがない! 一秒でも早く全員倒す!」


 迫る死の壁へ向けて、俺は引き金を引いた。

 立て続けに響く轟音。足元では空になった薬莢が地面に落ちて渇いた音を奏でる。死へと導くその暴力的な音と反動に耐えながら、俺は先ほどまでの出来事を思い出していた。



 大通りに面していたパチンコ店を見つけ、一度も入った事が無いからと遊び半分で入店してみたのが運の尽き。まるで皆生前の記憶に引っ張られているみたいに、中には大人たちのゾンビがびっしりと待機していたのだ。

 稼働していない筐体が寒々しく並ぶ中、ゾンビたちは一斉に俺たちへ向かって来た。そしてそれに釣られて、他の建物内に潜んでいたゾンビまでもが合流してきて……現在の大所帯の出来上がりである。回想おわり。



「死んでもパチンコに入り浸るなよ大人たちィィ!!」


 放たれた銃弾がゾンビの体を貫き続ける。両手でしっかりと持ってないと反動で照準がズレてしまいそうだ。初めて扱う銃器は感覚が難しかった。これじゃ効率よく倒し切れない……!


「兄ちゃん、オレも加わるぜ! もうちょい扱いやすい武器に変えろ!!」

「隻夢!? あんまり前出たら銃弾当たるぞ!!」

「問題ねぇよ!」


 例の吹き飛ばす能力を地面にでも使ったのか、砲弾のような速度で隻夢が背後から横切った。俺は隻夢に当たらないよう慌てて照準をずらすが、隻夢はその言葉通り、何も問題ないと勝気な笑みを浮かべた。


「オレには誰も触れられねぇよ!!」


 道路を蹴って、ゾンビの集団へと真っ直ぐ突っ込んでいった。そして隻夢の体に触れようとしたゾンビは皆、いつぞやの商品棚のように軽々と弾き飛ばされた。

 隻夢が電話ボックスへ触れると、磁石の同極同士を近づけたように勢いよく弾かれ、ゾンビを巻き込んで直進する。俺の放った銃弾が数発、隻夢をかすめそうになるも、それすら明後日の方向に弾かれてゾンビへと命中する。


 言うなれば、全てを拒絶する異能力。

 そのチカラがある限り、隻夢に触れられるものは何一つとして存在しないだろう。


「何あれ、すごっ……」

「隻夢のやつ、えげつない能力持ってんな」


 膨大なゾンビの波へと突撃するその姿はまさに凄絶な暴れっぷりだ。残弾が無くなった俺は射撃の手を止めて、唯奈とその光景を思わず眺めていた。


「っと、ぼけっと見てる場合じゃねえ!」

「お兄ちゃん! 来たよ!」


 さすがの隻夢でも全てのゾンビを足止め出来るわけじゃない。全てを弾く少女の脇を通って俺たちのもとへと迫るゾンビもいた。

 唯奈は金属バットを両手で構え、俺は家で一度生み出した刀を創造する。今は一撃で確実に倒したい局面だ。


 全力疾走からの能力の連続行使はさすがに疲れる。俺も肩で息をし始めた。だが、ここで倒れるわけにはいかない。まだ目的地にすら辿り着けていないんだからな。


「さあ来いやゾンビども!」


 なんて意気込んで構えた直後、ふとゾンビたちの動きが止まった。いや、動いてるには動いているが、まるで俺たち以外に関心のあるモノを見つけたように、あらぬ方向を向いて手を伸ばしたり、何もない場所へ噛みついたりし出した。


「なんだコイツら、おかしくなったのか?」

「ゾンビなんて元々おかしいでしょ。でもこれは、何……?」


 困惑する唯奈は、調子を確かめるように一体のゾンビの頭へフルスイングをかました。ドゴン!と鈍い音を立てて頭はへこみ、ボロボロに腐りかけていたゾンビの首は外れ、そのまま地面に転がった。当然ソイツは動かなくなったが、そのすぐそばにいるゾンビはその事にすら気付いていない。皆必死に空を撫で、噛みついている。


「何よこれ、気持ち悪……」

「集団幻覚か何かでも見てるのか?」


 刀の切っ先でちょんちょんと突っついてみても、彼らは無反応。首を刎ねてもやっぱり無反応。もともと脳が無事とは思っていなかったが……こいつら、ついに壊れたか。


「兄ちゃん達、大丈夫か!?」


 猛スピードで跳んできた隻夢はその勢いでゾンビを蹴とばしながら駆け寄って来た。能力のおかげか、あれだけのゾンビを倒したと言うのに返り血の一滴も浴びていない。隻夢は様子のおかしなゾンビを見て、珍獣を見るような目で固まった。


「な、何してんのコイツら。キモ」

「さっきから何故かこうなんだよ。一斉に馬鹿になった」

「脳みそ完全に腐って人間の区別も出来なくなったんじゃない?」


 原因は分からんがとりあえず、危険は過ぎ去ったのか……?

 いや、まだだ。建物の割れたガラス戸や窓からゾンビが這い出て来るのが見えた。遠くからも歩いて来る。


「また合流してきた! くそ、マシンガンぶっ放したからか……!!」

「頭おかしいヤツは無視して、正常なゾンビが来る前に逃げるぞ!」


 隻夢の一声で次の手は逃げに決まり、周囲を見渡した。ここは大通りの車道ど真ん中。右も左も様々な建物が並ぶが、ゾンビの有無すら分からないのだから、そのどれが安全かなんて分かるはずが無い。


 ああくそ、落ち着け俺。まだ慌てるような段階じゃない。もう少し走れば安全な場所があるかもしれない。でももし無かったら? どうする?


「君たち、こっちだ! 早く!」


 焦って思考がまとまらない頭に飛び込んで来たのは、別の誰かの声。少し走った先にある地下鉄駅へ繋がる階段から、こちらに向かって手を振る男の人が見えた。

 それほど歳は離れてなさそうな青年。彼は地下鉄の駅へ誘導するように手を振っている。


 どなたかはご存知ないが、ナイスタイミングな好意を受け取らない手はない。俺は迫るゾンビを視界におさめて一瞬だけ逡巡した後、能力で生み出した刀を消して地下鉄の駅へ向かって走った。

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