第10話 人それぞれの

 あの後どうにか様子が落ち着いた少女は、やがて深呼吸するようにゆっくりと息を吐いた。


「ごめんね、もう大丈夫だから」


 フードを脱いだ彼女はそう言って笑みを浮かべ、おもむろに右手を差し出した。


「じゃあ改めて、自己紹介だね! 私は翠川みどりがわ双笑ふたえって言います。よろしく!」

「あ、ああよろしく。俺は朱神あかがみ勇人ゆうと


 確かに俺も話をしたいと思ってたけど、こうも無警戒で接されるとは思わなかった。しかも切り替えがお早いようで。

 少々面食らってしまったが、俺も名乗り返して差し出された手を握った。


「あなたは?」

「朱神唯奈ゆいな、です」

「うん、よろしくね! 勇人くん、唯奈ちゃん!」


 翠川と名乗った彼女は右手で俺の手を握ったまま左手で唯奈の手を取り、新しく友達のできた小学生のような曇りなき笑顔で嬉しそうに両手を振っている。何と言うか、歳不相応なまでに純粋な子だな。あまりにフランクなものだから人見知りでもない唯奈でさえちょっと距離をはかりかねてるし。


 そして何より、片手で自動車をぶっ飛ばしたと様子が違い過ぎて戸惑ってしまう。それはやはり唯奈も同じなようで、炎上する車をちらりと見た後、


「あの……こんな事聞くのは失礼だと思うんですけど」

「なに? 唯奈ちゃん」

「私たちの事、少しは警戒したりしないんですか?」


 やっと両手を離した翠川に、唯奈はそう尋ねた。唯奈もこの子を疑ってるという訳じゃないのは何となく分かる。ただ疑問に思ったのだろう。


「警戒って……二人が私を襲って食料を盗ったりしないか、とか?」

「まあ、そんな感じです。こんな世界ですし、誰もが生きるために必死だと思います。元々世界はそうですが、良い人ばかりとは限りませんよ」

「うーん、そうだねぇー」


 腕を組んで少し考えている様子の翠川だったが、すぐに明るい笑みを唯奈に見せた。


「私は二人を信じるよ。悪い人には見えないもん」

「見えないって……それでいいんですか? 会ったばかりなのに」

「生き延びるためには信じあっていかなきゃ。まあ隻夢ひとむにはもっと他人を疑えって言われちゃうけどね」

「ひとむ?」

「あ、隻夢はね、何だろ……私の中にいるもう一人の私、かな……?」


 な、何だそれ。もう一人の自分……?

 もしかしてさっき話してたイマジナリーな友達の事か?


「ったく、説明不足だぜ、双笑」


 とか何とか考えてる間に出た。さっきの豪快な方の翠川だ。人が変わったように口調も目つきも違う。


「オレは双笑の副人格みたいなモンだ。双笑からは『隻夢』っつー名前を貰った」

「副人格……いわゆる二重人格ってやつか?」

「まあそんなトコだ。医学的なナントカ障害とは違うらしいが、正直医者もオレらも分からねぇ。ただ確かなのは『翠川双笑』が主人格ってコトだけだ」


 何か難しい話だけど、かなりデリケートな部分じゃないだろうか。赤の他人が触れてしまってよかったのか?

 そんな考えが顔に出てたのだろう。隻夢は俺の顔をジロジロ見るなり肩に手をのせた。


「まあそんな重い話じゃねえよ、今は双笑のおかげでお互い話が出来るしな」

「そ、そうか」


 隻夢はそう言い残してコンビニの入口へと歩き出した。視界の端にはどうしても『隻夢』によって燃え上がる車が入ってしまうが、周囲に燃え移って大火事になりそうな気配は無いし大丈夫だろう。


「そ、そうだ! 自己紹介ついでにもう一つ聞きたい事があるんだけど、いいか?」

「ん、何だ?」


 足を止めて顔だけで振り返る隻夢。俺は言葉を選びながら彼女に問う。


 それは、コンビニから商品棚が飛んできた時から浮かんでいた疑問だ。

 もし、翠川があり得ないほどの力持ちでもなく、重い商品棚を飛ばす仕掛けを作っているとかでも無いとしたら、一体どうやって自身とは比べ物にならない重さの物を吹き飛ばせるのか。

 そしてその疑問は、片手で自動車を弾き飛ばしたあの時にほとんど確信した。


「――お前も使えるんだろ? 不可思議な、異能の力を」


 顔だけ振り向いていた隻夢は体をこちらに向け、ほんの少しだけ目を細めた。俺とその言葉をじっくりと注視するように。


「へぇ。その言い方だと、兄ちゃんも異能力について何か知ってるってコトだな。どっかで他の能力者を見たとかか?」

「……いや、俺がそうだ」


 翠川や隻夢に俺たちを騙したり貶めたりする気が無いのは分かってる。そして俺らもそんな気はさらさら無い。なら有益な情報交換をするためにも、信用してもらう事が一番だ。少なくとも隻夢は翠川ほど簡単に他人に心を許せる人じゃなさそうだし、下手な噓を吐くのは良くないだろう。


「俺の異能力は、道具を自在に生み出す力だ。俺もその全てを把握してる訳じゃないけどな」


 百聞は一見に如かずだ。俺は手に握っていたサバイバルナイフを床に落とし、右手に意識を集中させた。手のひらから溢れる光は一瞬でナイフを形作り、沈みかける陽光を反射する銀色の刃を持つナイフを生み出して見せた。


「おお……! すげぇなその能力!」

「まあこんな感じだ。俺も今朝がたこの異能力に目覚めたばかりで、これが何なのかはサッパリだけど」


 俺が念じると、生み出したナイフは光となって霧散していく。作り過ぎたら消すこともできるのだ。


「それで、お前の答えも聞いていいか」

「ああ、そうだったな。そうだぜ。兄ちゃんの言う通り、オレたちも異能力を持ってる。兄ちゃんのソレとは違うけどな」

「やっぱり……! お前の能力は、物を吹き飛ばす能力とか……?」

「惜しいけどちょい違うな。ついでに言うならさっきの『アレ』はオレの能力ってだけで、双笑の能力は別にある」


 能力が二つ……いや、翠川と隻夢で一つずつって事か……?

 俺の能力も便利だけど、ちょっと羨ましいな。


「わりぃけどオレが言えるのはここまでだ」

「え?」

「双笑は兄ちゃんたちを信じてるみたいだが、オレは正直まだ疑ってる。そこの姉ちゃんが言った通り、こんな世界じゃ疑ってかねぇと生きてけないだろうしな」

「まあ、それもそうだな」


 少し寂しいがその言い分はもっともだ。彼女たちは人格的には『二人』だが、その体は一つ。きっと能力を駆使して今日まで頑張って生き延びて来たんだろう。なら、その秘密を簡単には教えないのも当然だ。


 それでも隻夢は俺たちを拒絶したりせず『疑う』だけにとどめてくれているらしいし、俺もその気持ちに応えれるよう頑張らないとな。

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