第9話 拒絶

「そこのゾンビ二人! 止まりなさーい!」


 注意を引こうとゾンビへ叫びながら、能力に目覚めてから速くなった足でコンビニまでダッシュで駆け抜ける。しかしゾンビたちの意識はすでに店内の少女にあるのか、俺の声には反応しない。


「おい無視かよ止まれぇ!」


 駐車されていた車の屋根に飛び乗り、コンビニ内を見据えながらサバイバルナイフを強く握りしめた、その直後。


「近寄るなクソゾンビが!!」

「グェァアア!」


 凄まじい破砕音が響き、店の窓ガラスをぶち抜いて店内からゾンビが飛来してきた。


「うわぁ!?」


 そのゾンビは俺が屋根に乗ってる車のフロントガラスに頭から突っ込み、そのままもぞもぞと動き出した。驚いて思考が固まっていたが、ふと我に返る。まだこのゾンビは動いてる。早いとこトドメ刺さないと……!


「そこの兄ちゃん、車から降りとけ! アブねぇぞ!」

「……ッ!?」


 店内から少女の荒っぽい声が投げかけられた。先ほどゾンビに向かって罵ってた声と同じだ。サバイバルナイフでゾンビの首を斬ろうとしていた俺はひとまずその声に従って車を降りた。


「ガァァ!」


 また音が聞こえた。ゾンビの断末魔と、ガラスが粉砕される音。

 二体目もフロントガラスに突き刺さる。そしてトドメと言わんばかりに店内から飛んできたが、車に固定されたゾンビたちを押しつぶした。


「……は?」


 思わず呆然と立ち尽くしていた。ゾンビが店から吹っ飛んでくるのはまだ分かる。たぐいまれな怪力の持ち主がスローインすれば不可能な話ではない。だが冷蔵庫よりも重いであろう商品棚がボール投げのごとく軽々と飛んでくるのは説明がつかない。


「お兄ちゃん今の何!?」

「え、いや、俺にもさっぱり……」


 追い付いて来た唯奈も俺の視線の先を見て、物凄く驚いている。そりゃそうだ。ポテチとかが並んでる棚がガラス窓を破って飛んで来たんだから誰だって驚く。


「ワリィお二人さん、怪我とかしてねぇか?」


 驚愕と困惑で頭がいっぱいな俺たちの前に姿を現したのは、サイズの合ってない大きなウインドブレーカーを着た同い年くらいの女の子。さっきコンビニ内で見かけた少女だった。飛び散ったガラスをパキパキと踏みながら近付く彼女は傷一つ付いた様子は無い。


「お、おう……平気平気……」


 だが……何だろうか。彼女からは何か違和感を感じる。普段大人しい子が演劇で不良の役を演じているかのような、外側と中身が合わないような微かな違和感。でもこの子が無理してオラついてるようにも見えないし……気のせいか。


「グ……ァ、アァ……」

「うわ、まだ生きてるよ」


 ゴキブリを容赦なく叩き潰せる唯奈でさえ気味悪がって指さす先では、車のフロントガラスと商品棚でぺちゃんこになったはずのゾンビ二体がもぞもぞと手足を動かしていた。どんだけ人間喰いたいんだコイツら。ホント不気味だな。


「チッ、これでも死なねぇのか」


 ゾンビを倒し終わってウインドブレーカーの中に来ているパーカーのフードを被った少女は、虫でも見下すかのような視線をゾンビへ向ける。そして左手を車のボンネットへ添え、俺達二人へ右手をひらひらと振った。離れてろという合図だろう。俺と唯奈は素直に三歩ほど後ずさった。


 多分、店にはこの子以外誰もいない。ならどうにかして商品棚を投げたのも彼女なのだろう。だけど一体どうやって?

 もしかしてこの小柄な少女が実は世界一の筋肉の持ち主だったり、商品棚に見えるあれは物凄く軽かったり……まさかとは思うが、この子も俺とは別の――


 ドンッッ!! という衝撃音と共に。

 ゾンビと商品棚を乗せた半壊状態の自動車が、軽く十メートルは吹き飛んだ。


「………………マジかよ」


 滑るように爆速で直進する様はまるでカーリングのストーンの如く。ゾンビたちをトッピングした車はアクセル全開でやっと出るような速度でガードレールをなぎ倒し、向かいの家の塀に激突。ガソリンに引火したのか、直後に爆発が起こった。


「これでさすがに死んだろ」


 そしてそれを引き起こした当人は涼しい顔で息をつく。荷物を運ぶ程度の軽い仕事を終えたようなすっきりした顔だ。炎上する車を見て俺の顔面は青ざめた。


 立て続けに起こった予想外の出来事で俺の頭は思考を放棄しそうだが、それでも何とか状況を整理できた。

 彼女は触れただけで車を吹き飛ばした。その理由は、おおよそ見当ついてるけど。まあ無事に危機を乗り越えたんだし、ひとまずそれを聞く前に自己紹介でも……。


「もう、派手にやりすぎだよ隻夢ひとむ! あのお家に人がいたらどうするの?」

「へ?」


 間抜けな声を漏らし、俺の思考は確実に五秒ぐらい停止した。

 何を隠そう、たった今の可愛らしい声は、車を豪快にぶっ飛ばしたウインドブレーカーの少女本人の口から出たものだからだ。


「あの家にはもう誰もいないって、まあそうだと思うけど……これだけやらないと殺せない……? いやでも、ほどほどにしようって前言ったじゃん!」


 しかもこの子、爆発した遠くの車をちらちら見ながら虚空へ向かって話し始めた。まるで誰かと電話でもしてるかのように。その『誰か』をたしなめている感じではあるが、さっきと真反対で優しい口調なのも気になる。一体どうしたんだ……??


「……お兄ちゃん、あの人大丈夫なの? ゾンビの見過ぎでおかしくなっちゃったとか……」

「……そんな事言っちゃ失礼だろ、と言いたい所だが俺もそんな気がしてきた」


 俺と唯奈はそんな少女からわずかに離れた所で小声で言い合っていた。


 大きな独り言なのか、彼女にしか聞こえないイマジナリーなフレンドでもいるのか。ちょっと怖いが何にせよ、俺たちが初めて出会えた生き残りである事に変わりは無い。せっかくだから情報交換でもしたいものだけど。


「でもやっぱり次からは爆発させないように……え? 声に出て……あっ!!」


 会話 (もしくは独り言) を続けていた少女だが、不意にそれを中断して俺たちの方へ振り向いた。出方を伺っていた俺はばっちり目が合ってしまい、僅かに無言の時が流れた。


「あのー……私さっきまで、声に出てた……?」

「……えっ、ああ、割とがっつり」


 若干顔を赤らめてそう尋ねる少女に、歯切れの悪い返事を返した。もしかしてこの子、今までの独り言っぽいヤツが声に出てないと思ってたのか。

 何だろう、クソ気まずい。


「あ、ははは、ごめんね変なとこ見せちゃって、気味悪いよね一人でこんなにしゃべってあはは」


 恥ずかしさを誤魔化すよう矢継ぎ早にまくしたてる彼女の作り笑いからは動揺が漏れ出ていた。長い袖に半分ぐらい隠れてる両手をブンブン振っており、焦点の定まらない目は泳ぎまくっている。


「い、いや、気味悪いなんて事はないぞ、うん。なあ唯奈」

「えっと……そうだね。それにさっきは助けてもらいましたし」

「そうそう! ゾンビ二体をあっという間に倒したしな」


 取り繕ったような言葉ではあるけど、ひとまず俺と唯奈は彼女を傷付けまいと必死だった。彼女の心の傷が手遅れになる前に全力で慰めるのに、実に十分以上の時間を要した。

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