第6話 旅立ちと探索の始まり
「お兄ちゃん終わった? 大丈夫!?」
「ああ、何とか全部片付いた」
家に侵入して来た全てのゾンビを倒し、俺たちはひとまずリビングで休んでいた。ゾンビの返り血がついた服はゴキブリを潰したちりとり以上に危険な汚染物質なので遠ざけ、新しいジャージに着替えた。廊下や玄関はゾンビの死骸と血で汚れているので、無事だったリビングで休んだらさっさと出ていかないとな。
「それにしてもお兄ちゃん、さっきのアレ何だったの?」
「アレって、ナイフとかを生み出す能力の事? 俺にも分かんねぇ」
「なにそれ。あんなに使いこなしてたのに」
「ホントそうなんだよなぁ」
今まであんな魔法じみた異能力なんて使えた訳がない。ついさっき、無意識に発動してから初めて使ったモノだ。それなのに唯奈の言った通り、俺は完璧とまではいかないにしろゾンビ軍団を一人で倒し切るぐらいには使いこなせていた。
いや、それだけじゃない。奴らの動きがスローモーションに見えたり、刀を振れるほどに力持ちになったり、俺の体に何らかの変化が起きている感じだ。気にしたらちょっと不気味にも思えてくる……。
でもまあ、考えて分かる物じゃないし、今は深く考えなくてもいいか。あの能力は役に立つし。
「何より、せっかくこんな異能力が使えるようになったんだ。活用しない手はない」
望んだ武器をゼロから生み出す能力。サバイバルにおいてこれほど便利な能力は無いんじゃないか? 無人島にひとつだけ持って行く能力にだって選べるぞこんなの。
「そうだ、ちょっと待ってて」
「ん?」
唯奈は何か思いついたように自分の部屋へと走って行き、すぐに戻って来た。
「はいこれ」
「何だこの本」
部屋から戻って来た唯奈が渡してきたのは一冊の本。FPSシューティングゲームの攻略本だ。前半部分はゲームの説明や攻略が書いてあるので読み飛ばすが、後半にはそのゲームに出て来る様々な武器が一つ一つ細かな説明と共に紹介されていた。
「その能力が何なのか私も分かんないけど、武器作れるんなら知ってた方がいいでしょ」
さすがに銃声が響くので銃器はゾンビ戦に向かなさそうだが、閃光弾や発煙手榴弾なんかは奴らの気を逸らすのに重宝しそうだ。クロスボウなんかだったら遠くからでも攻撃できそうだし、これは凄い本を貰ってしまった。
「おお……こりゃ役立ちそうだ! ありがとな」
「別にお礼なんていいよ。さっき助けてもらったし……。これでチャラだからね」
何だ、そんな事気にしてたのか。相変わらず律儀と言うか何と言うか、真面目なやつだ。
「兄が妹のために戦うのは当たり前だろ?」
「またそうやってすぐカッコつける。便利な能力に目覚めてもお兄ちゃんはお兄ちゃんだね」
「それは褒めてるのか? いや褒められてない気がする」
「褒めてる褒めてる」
俺を適当にあしらいつつ、唯奈はリュックを背負ってリビングを出た。褒められてないなこれ。
まあいいや。唯奈も無傷で守れたし、俺自身も無事なまま乗り切れた。もはや怖いもの無しかもしれないなこれ。
「……まあ、ちょっとは格好良かったけど」
「ん、どした? 廊下のゾンビ踏んじゃった?」
「何でもない! 早く行くよ!」
裏口のあるキッチンの方から唯奈の大きな声が聞こえ、俺もリュックを背負って走り出す。ゾンビの大群に攻め入られたり異能の力に目覚めちゃったり予想外すぎる出来事はあったものの、今度こそ我が家とお別れだ。
俺も唯奈も生まれた時からこの家に住んでいたから、家も家族の一員のようなものだ。こんなにも早く巣立ちの時が来てしまうとは思いもしなかったが、今までありがとう。
……あと、玄関を死体まみれのまま出ていくのはホント申し訳ないと思ってます。どこから感染するか分からないので触れないんです。父さん母さん許してください。
* * *
いつもはそれなりに人通りのある表通りも、今は人っ子ひとりいない。近くのゾンビは全部ウチになだれ込んで来たのか、家を出てすぐにゾンビと遭遇するなんて事はなかった。
「二回ぐらい食料調達のために外へ出たことはあるけど、相変わらず寂しい街になったな」
ここの住宅地を出て都市部にいけば、それなりに人も生きていたりするのだろうか。もしくはすでに避難所に集まってるのかもしれない。
「で、お兄ちゃん。どっちに進むの?」
「うむ。この木の棒が倒れた方向に進もう」
近くにあった棒切れを拾い、一度立ててから手を放す。コンパスで確認すると、方角的には北を指していた。
「よし、
「真面目にやって」
唯奈は地面に倒れた棒を容赦なく踏みつける。バキィ!と悲鳴を上げて真っ二つに割ける木の棒。俺たちの道しるべが!
「つってもしょうがないだろ? 目的地も決めてない以上、直感的に進むしか」
「地図あったでしょ地図。せめてそれ見て決めるとかしようよ」
「かしこい」
「お兄ちゃんが賢くないだけ」
父さんと母さんが準備してくれていたリュックにはここ周辺の地図が入っている。俺たちは小さな公園に入り、そこのベンチでそれを広げる。
「この赤丸が付いてるのが我が家だな」
「食料調達の時に誰もいなかったこことここはバツ印つけとくよ」
唯奈は地図と一緒に入っていた赤ペンで近所のスーパーと小学校にバツ印を書き加える。この二か所はすでに探索済みだ。まぁ、あの時は異能力はもちろん武器や心の余裕も無かったしざっくりした探索だったけど、少なくとも生存者はいなかった。
唯奈と二人で地図とにらめっこして、災害時に避難所指定されている学校や公民館に印がついている事に気付いた。更にはその設備や周辺の立地から考えられる安全度などが数値として記されている。父さんと母さんはここまで準備していたのか。
「ねえお兄ちゃん。ここだけ何か変じゃない?」
ふとそう唯奈が指したのは、ここからかなり離れた場所にある小さな建物。地図にも名前が載って無いという事はさほど重要な施設ではないと思ったが、よく見ると唯奈が変だと言うのも頷ける。そこだけ、青色のペンで印がつけられているからだ。そこには二重の丸で囲まれ、端には小さな文字でこう書いてあった。
『世界が常識から外れた時、ここはお前達の助けになる』
間違いない。父さんの字だ。
やはり父さんたちはこのパンデミックを予想していたのか。それにしては『ゾンビウイルスによるパンデミックが起きた場合』ではなく『常識から外れた時』なんて言葉なのは少し変な感じがするけど。まあどっちでもいいだろう。
「決まりだね」
「ああ。ここをスルーする訳にはいかないだろ」
助けになると言われても、その場所に親戚や知り合いが住んでる訳でもない、見た事もない場所だ。だが意味深な印がついているここには、明らかに何かがある。もしかしたら両親がパンデミックを予想できたヒントもここにあるかもしれない。そうと決まれば、目的地はここしかないな。
「じゃあ朱神探検隊の新たな目的地はここ! よく分かんない場所!」
「締まらないなぁ……」
「しょうがないだろ。これは俺のせいじゃない」
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