第5話 希望
「きゃああああ! ゾンビいるじゃん!」
「だから言ったろ! とにかく家の奥に逃げろ!!」
唯奈の手を引っ張って玄関を上がらせ、もう片方の手で扉を閉めようとドアノブへ手を伸ばした。しかしゾンビがその手へ噛みつこうと口を開いたので、慌てて胸を蹴飛ばして離れる。
蹴ったゾンビはそのまま仰向けに倒れてもぞもぞしていたので、今度こそ扉を閉めようと玄関に近寄った。しかし、
「うわぁ! めちゃくちゃ来やがった!!」
俺はすぐさま退避した。開けっ放しになった玄関から人間の気配か臭いでも漏れてるのだろうか。辺りを徘徊していたゾンビたちが、まるで吸い寄せられるように押し寄せて来たのだ。
このままではゾンビの波に襲われて終わる。この世界でゾンビが人間に勝っている要素のひとつは、数だ。それも家という限られた空間にたくさん入られるのは大変マズい。
「裏口から逃げるぞ!」
そう判断するや否や、俺は叫びながらキッチンへ向かう。
「お兄ちゃん駄目! こっちからも来てる!!」
「噓だろ!?」
唯奈の叫び声が聞こえ、すぐにキッチンから飛び出して来る姿が見えた。俺より先に裏口の確認に行っていたようだが、どうやらそっちからもゾンビは流れてきているようだ。唯奈は珍しく凄く慌てていた。
「じゃあ二階だ! あいつらは段差に弱い!」
「ホント!?」
「たぶん!!」
実際に試したわけじゃないのでそんな頼りない返事しかできない。だが事実、正面玄関と裏口から挟まれたのなら二階へ上がるしかない。俺は踵を返して階段へと駆けだした。
「きゃっ!」
「唯奈っ!?」
唯奈はゾンビが背後に迫る中、食料が詰め込まれたリュックが重くてバランスを崩してしまったのか、廊下で転んでしまった。後ろからはゾンビが近付いて来ている。
「食らいやがれ!!」
俺はバールのようなものを振りかぶり、渾身の力でゾンビの脳天へお見舞いした。腐って柔らかくなった頭蓋が潰れ、血が飛び散った。めちゃくちゃ気持ち悪い。
「唯奈! 早く上に上がれ!」
「お兄ちゃんは!?」
「大丈夫! バールは最強だ!!」
不甲斐ない兄だがこんな時ぐらいはカッコつけて、妹のために
大丈夫。ウチの玄関から続く廊下は狭いのだ。さすがのゾンビとて大勢で押し寄せては来れまい……
「ガグァッ!」
「グ……ぎャガ!」
「ァがグ、アアァ!」
前言撤回。
こいつらに一列に並んで入るマナーとか無いわ。体を無理矢理ねじ込んで大量に侵入してきた。
「あーもうクソ!!」
必死にバールを振り回して攻撃するが、彼らの勢いは止まらない。多少クリーンヒットした程度じゃ倒せない相手のようで、気づけば俺は突き飛ばされ、地面に背を打ち付けて倒れていた。最強のバールも手から落ち、床を滑ってどこかへいってしまった。
「あ、これヤバイかも……」
地面へ転がった獲物へ、歩く屍たちは群がっていく。一番先頭のゾンビに右足を掴まれた。後はその足を引きずるだけで、俺はゾンビによる死のアリジゴクへと吸引されてお終いだ。
死の間際になると景色がスローモーションに感じるっていうのは本当みたいだ。何もかもがゆっくりに感じる。
ああ、俺もここで死ぬのか。まあ、短かったが悪くない人生だった……
…………。
そんな訳ねぇだろこんちくしょう! 全然満足してねぇよバーカ!!
俺が死んだら唯奈はどうなる! まあタフな奴だし一人でも生きていけるかもしれないけど俺が満足いかねぇよ! 妹をひとり残してあの世に逝けるかっての!! 一生成仏しねぇよそんなの!!
「てめぇらなんかに負けてたまるかぁぁぁぁ!!」
俺は掴まれた足を強引に振りほどき、その勢いで口を開けてこちらに迫って来たゾンビの顎を蹴り上げる。関節が壊れる嫌な音と共にゾンビの顎は物理的に外れ、サッカーボールのように遠くへ蹴り飛ばされた。
その間にも他のゾンビは殺到する。俺は起き上がり、無意識に伸ばした右手は空を掴んだ。そして、
「この野郎!!」
「…………え?」
自分でやっておきながら、いまさら驚いた。俺、右手に何も持ってなかったよな……? このナイフは唯奈に預けたリュックの中にあるはず……
「お兄ちゃん、前!」
「はっ!」
二階の吹き抜けから聞こえる唯奈の声で我に返る。首を斬られたゾンビは血しぶきを上げて倒れ込んだが、その死体を踏みつけて新たなゾンビが向かって来る。今は悠長に考えてる場合じゃない。
今度は意識して左手を握り込んだ。するとその直後、左手から淡い光が溢れ出した。その光は一瞬でナイフを形作り、瞬きをした次の瞬間には何もなかったはずの左手にアウトドアナイフが一本握られていた。
気のせいなんかじゃない。『これ』は俺がやってるんだ……!
「ぐェァァ!!」
ただれた皮膚から常に血を流し、前進するゾンビ。どういう事なのか、死の間際を過ぎたと思ったのに未だこいつらの動きがスローモーションに見える。伸ばされた腕をするりと躱し、喉元へ右腕のナイフを突き立てた。
いちいち抜いてる暇なんてない。左手のナイフでもういっちょ喉を刺し、そのままゾンビから離れた。そして両手に意識を集中させると、光と共にナイフが形成される。それで近づいて来たゾンビを斬り付け、後ろに下がり、またナイフを生み出す。ヒットアンドアウェイの繰り返しで、少しずつだがゾンビを倒していけている。
「けど、これちょっとキツイ……」
たぶん十体目と思われるゾンビを遠くへ蹴り飛ばしたあと、膝に手を当てて息をついた。生み出したナイフの数は倒したゾンビの倍以上。何の違和感もなく使ってるこの不思議な能力だが、さすがに無尽蔵にナイフを生み出し続けられるわけじゃないようだ。さっきから疲労感が凄い。
ナイフじゃ駄目だ。もっと一撃で倒せるほど強くて、何度も生み出さなくていい大きな武器がいる。
「例えば……刀とか?」
何とはなしに呟いた言葉。その声に呼応するように両手が耀き、時代劇にでも出て来るような日本刀が姿を現した。
「うわっ、出た!」
どうやら俺が考えた武器は何でも生み出されるみたいだ。万能すぎやしないかこの力。
「まあいい! お前らを一人残らずブッ倒せたらそれで!」
刀なんて一言で言えば鉄の塊。何の訓練も積んでない素人が自在に操れるわけがないのだが、今の俺はやっぱりどこかおかしい。バールを振り回すのと同じくらい軽々と、正確に扱えるのだ。アウトドアナイフよりも圧倒的に長いリーチを活かし、近づくゾンビの首を刎ねまくる。
裏口からやって来るゾンビも、玄関から入って来るゾンビも。目に入るモノ全てが脅威。そんな中でも、不思議と緊張感は無い。どこか他人事のように感じながらも一心不乱に刀を振り回し続け、俺はついに最後のゾンビを斬り伏せた。
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