第4話 両親の言葉
前略。
ガス、水道、電気。ライフラインが軒並み臨終を迎えたので家を離れる事にしました。
「携行食もそんなに残ってないな……
「水がいっぱいあるけど、重いし全部はムリ」
「だよなぁ……ある程度の食料や水は現地調達で何とかするしかないか」
旅の荷物はなるべく身軽に。ゾンビから逃げる事を考えたら大荷物だと追い付かれるからな。しかし荷物はできるだけ最低限にとどめておきたいものの、食料は少しでも多く持っていたいのも事実。これは簡単には決められないな。
家にある食料を全部引っ張り出し、そこから長持ちしそうな物や持ち運びやすいものを優先してリュックサックに詰める。もちろん食料だけじゃ駄目だ。懐中電灯、怪我した時用に消毒液や絆創膏、災害用のラジオ……はいらないな。どうせどこもやってない。
「ねえお兄ちゃん」
そんな感じで荷造りを進めている時、別の押入れを漁っていた唯奈からの声で手を止めた。
「どうした? 悪いがゲーム機は持って行けんぞ」
「そんなんじゃないしバカ。ちょっと気になる物が出てきただけ」
どうやら唯奈の中でゲーム達とのお別れは済んだようで、そちらに未練が残っていた訳じゃないらしい。近付いた俺に唯奈が見せたものは、押入れの奥底に眠っていたらしきリュックサック。それは押入れ特有の臭いのか臭くないのか微妙な臭いをまとっていた。
唯奈は何やら神妙な面持ちで、そのリュックを引っ張り出した。
「これ、お父さんとお母さんが言ってたヤツじゃない?」
「あ……!!」
そのリュックを見て、電撃が走ったかのように思い出した。
俺と唯奈は幼い頃から、父さんと母さんから事あるごとに言い聞かされていた言葉がある。
『もしもの話だ。もしかするといつの日か、いくら考えても理解が出来ない事に巻き込まれるかもしれない。今までの常識で考えたらありえないような事態がね。そんな時は、このリュックを持って逃げなさい。これがあればしばらくは大丈夫だ。二人で助け合って、生き延びるんだよ』
当時は何となく聞いてるだけで、何の事か全く分かっていなかった。だが今思えば、それは現状に驚くほど当てはまる。人を喰い、死してなお歩き続けるゾンビなんて存在が、常識の範疇におさまるはずがない。
「父さんと母さんは、このパンデミックを予想してたってのか……?」
詳しい事は聞かされていなかったが、父さんと母さんは同じ研究所でヒトの遺伝子について研究していたらしい。俺にはさっぱりだけど、二人はそれなりに優秀だったとか。だがその研究所で起きた大規模な火災に巻き込まれ、二人は帰らぬ人となった。
両親は何を思って、俺たちに言葉を遺したのだろう。
「そうだ、中身は? 中には何が入ってる!?」
「えっと……」
唯奈はリュックの中身を床に並べていく。それなりの携行食、ペットボトルの水、救急キット、手回し充電式の懐中電灯、防犯ブザーっぽい物、発煙筒、アウトドアナイフ、周辺の地図。それと……
「なんだこれ」
次々と出て来る防災グッズの中から、一つ毛色の違うものが出て来た。首から下げるネームホルダー。よく会社員が下げているイメージのあるアレだ。それも二つ。何でこんなものがリュックの中に?
中に差し込まれた名刺サイズの紙を引き抜く。名刺ならそこに名前などの文字が書かれているはずだが、それっぽい文字は何も無い。その代わりと言うように、紙の中央に謎のマークが印されていた。
円の上に大きな五芒星が重なってるだけの、とてもシンプルなマークだ。
「これも父さんたちが残した物か……? わけ分かんねぇや」
「まぁ、このネームホルダーはともかく、ここの防災グッズだけでもすごいよ。お父さんとお母さんは今日のために準備してたんだと思う」
「いずれ自分たちがいなくなっても俺たちが生き残るために、か……」
ゾンビのはびこる世界となってしまったこの世界の事を、ただの研究者だった両親が何故知っていたのかは分からない。聞きたくても聞けない。それでも、今は全部知らなくてもいいと思っている。両親が俺と唯奈のために、生き延びる術を残してくれたんだ。
「父さん、母さん。ありがとう」
本当はこの言葉を、本人たちに伝えたい。だけどそれは出来ない。なら俺たちが出来る事は、生きる事だ。
「こりゃあ、ますます死ぬわけにはいかないな」
床に広げた荷物をリュックへ詰め込み、進めていた荷造りも再開させる。父さんたちのリュックはそのままにして、もう一つのリュックには食料や飲み物を主に詰め込んだ。あまり無理して持ち歩かず、必要なものはその場その場で調達する方針で行こう。
服装は動きやすさを重視。幸い今は寒くもなく暑くもない春なので、服装はある程度自由に決められる。無理な服装をして体調でも崩せば本末転倒だからな。
俺はとりあえず黒のジャージがあったからそれを上下に来て部屋を出た。この自室ともお別れだな……ずっと殺風景だったけど、今までありがとな。
「おまたせ。準備できた」
「おう、じゃあ出発するか」
家の時計が壊れてなければ今はまだ昼前だ。陽が沈むまでには寝泊まり出来る場所を探しておきたいが、慌てるほどではないだろう。
父さんたちが準備していたリュックはいろんな防災グッズで少し重いので俺が背負い、食料を詰めてあるリュックは唯奈が背負った。あとは対ゾンビ用の武器としては心もとないが、右手にバールを握っている。フライパンかコレかで迷ったが、調理器具を武器として振り回すのは何か申し訳なく思えたのでこっちにした。
さてと。
戸締りヨシ、火元確認ヨシ、持ち物もヨシ。準備は整った!
この旅の目的は、ここよりも安全な場所を探す事。きっとあるはずだ。俺たちが人類最後の生き残りだなんて思っちゃいない。ゴールの見えない遠出だけど、絶対に生き延びてみせる!
「よし、行くぞ!」
俺は長く愛用してきたスニーカーを履き、玄関のドアノブに手をかける。
「開けるぞ唯奈」
「うん」
「……いくぞ?」
「早くして。さっきから何回聞いてるの」
ドアノブを手にしたまま動かない俺に向けて、うんざりしたような唯奈がジト目でそう返す。
「いやだってさ、玄関開けてゾンビと鉢合わせたらと思うと無性に緊張してくるじゃん?」
「怯えすぎだってお兄ちゃん。ゾンビが寄って来るような事は何もしてないんだしさ、どこにでもあるような平凡な家の玄関で待ち構えてるなんて事無いでしょ」
「そうは言ってもなぁ……」
「じゃあ私が開けるから」
そう言って唯奈は俺の手を払い、普通に外出する時となんら変わらないスムーズな動きでドアを開いた。うちの妹はなんとも肝が据わってる。きっと将来は大物になるに違いない。
「あっ……」
無意識に口からこぼれたその声は、果たして俺のものか唯奈のものか。もしかしたら両方かもしれない。とにかくその場でちゃんとした声を出せる者は俺と唯奈しかいなかった訳で、しかし強いて言うなら声とも取れないうめき声を漏らす存在が一つ。
「ウ、グがァ……」
ゾンビと家の前でご対面しちゃいました。
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