第一章 パンデミックと異能力

第3話 サバイバルはスタートの合図も無く始まるもの

 事の発端がいつどこのどんな事なのか、俺にはさっぱり分からない。

 だが今思えば、あれがこのパンデミックについて、俺たちが最初に手に入れた情報だったかもしれない。


『○○県にて数百人が救急搬送。未知の感染症か』


 夕方のニュースではそんなテロップが流れていた。当時はさほど重大なものとはとらえておらず、報道でもそれとなく注意喚起がされるだけだった。その時の俺も、そんなニュースより家の醤油が切れたことの方が重要だったぐらいだ。


 しかし後日。例の感染症のニュースは毎日のように流れていた。被害者は日々続出しており、ついにはご近所さんも病院へ運ばれ、俺たちはさすがに警戒し始めた。


 そんな矢先、SNSのとある動画がトレンドに入っているのを見つける。スマートフォンで直撮りしたのだろうブレブレのカメラの中央辺りで、血の通っていないような青ざめた人が、別の人に噛みついている動画だった。投稿主は、


『合成とかじゃない。ガチでやばい』


 とコメントを付け加えているが、動画への返信を見るに誰も信じていなかった。もちろん俺たちも当てはまる。唯奈ゆいなに動画を見せたら「周回の邪魔しないで」と怒られた。休日の彼女はネットゲームで忙しいのだ。


 まあそんな感じで誰も真に受ける事はなく、時は過ぎていく……と言っても、それから一週間も経たなかったけど。


 俺はいつものようにスーパーへ買い物に出かけていた。うちは両親がおらず、食材の買い出しは唯奈と交代で行っている。その日は俺の番だった。

 そして、俺はそれを見てしまった。肉売り場だったか。スーパーの中で急に一人の客が暴れ出したのだ。

 いや、一人じゃなかったな。最初の人が引き金になったかのように、次々と客が暴れ、人に噛みつき始めた。


 噛みついている人の顔は死んだように青ざめており、驚いたり逃げようとする人々の腕や首筋に噛みついていた。SNSで見たいつぞやの動画とそっくりだった。


 きっとその時には、もう手遅れだったのだろう。

 そこから二週間もしないうちに、俺は唯奈以外の生きてる人間を見なくなった。


 どこからがパンデミックの始まりなのかは結局分からないけど、籠城生活を始めてからはもうすぐ一か月。俺たちはそろそろ、決断せねばならない。


 家で籠り続けるか、家を出て安全な場所を探すか。


「という訳で、第一回! 生き残るために必要な事を考えようの会~!」


 俺は父さんの書斎にあったキャスター付きの大きなホワイトボードを持ってきて、リビングで唯奈と会議を開いた。


「ほぼ一か月が過ぎたっていうのにようやく第一回なの、なんでだろうね」

「そこは言及しないでくれ……当時は混乱してその場しのぎを続けるしか無かったんだ……!」


 妹の容赦ない一言にグサリ。今までこうやってじっくり話す余裕が無かったんだよ。許してくれ。


「ゴホン……気を取り直して、今日の議題はこちら! 籠城を続けるか、安全な避難所を探して外に出るか!」

「おお、意外とまともだ」

「ちょっと真剣に話そうと思ってな」


 そう。これは物凄く大事な話。ゴールの見えないこのサバイバルを生き残るためには、これからの方針をきちんと決めなくてはならない。


「まずは籠城と探索のメリットとデメリットを順に並べてみないと。お兄ちゃんペン貸して」

「ほい」


 ホワイトボードにでかでかと書いた議題を消して、唯奈にバトンタッチ。


「家に居続けるメリットといえば、やっぱり守られてることね。安心して眠れる」

「そうだな。人のいない建物とかは軒並み廃墟みたくドアもガラスも割れてて入り放題だったし、外に出るとなったら心が休まらなさそうだ」


 寝てる間にゾンビが入って来てガブリ、なんてのはゴメンだ。かと言ってゾンビ取り線香もゾンビホイホイもここには無い。外で寝るなら変わりばんこに見張りをする必要があるだろう。


「そして手に持てる以上の食料や道具を溜めこんでおける。これは大きいよ」

「だな。武器なんかも道具組み合わせたら何とかなりそうだし」


 自宅は城であり倉庫でもある。やはり安定した拠点を持つというアドバンテージは大きいようだ。唯奈はさすがゲーム好きなだけあって、計画を順序立てて考えたりするのが上手だな。頼りになる。


「そしてデメリットだけど……やっぱりこれかな。生活が安定しすぎて、状況が変わらないって所」

「ん? 状況が変わらないって良い事なんじゃないか? 悪化するより十分マシだろ」

「悪くならないけど、良くもならないよ」


 そう言われてようやくピンと来た。

 俺は『生き残る』とずっと言い続けているが、それは具体的にいつまで? 救助が来るまで? 果たして救助なんて来るのだろうか。来るとしてもそれは一週間後か一か月か、もしかしたら年をまたぐかもしれない。


「現状維持ばっかりしてても、事態は好転しないって訳か……」


 籠城を続ければ危険も少ないが、希望にすがるチャンスも少なくなるという事。

 一方、外に出て探索を続ければ、命の危険はもちろん増えるがその分良い発見がある可能性も増える。


「堅実に行くか賭けに出るか。ゲームでもよくある選択だね」

「唯奈はいつもどうしてるんだ?」

「そりゃもちろんゲームにもよる。でも現実的に考えると、やっぱり家は捨てれないかな……。今のところメリットデメリットで言えば家に閉じこもる方がメリット多めだし」


 もっともな意見だ。幸い今のところ電気も水道も全て通ってるし、家にいる限りそこまで不便は無い。これから先使えなくなる可能性はあるが、今すぐにここを出る理由にはならない。


「やっぱり、しばらくの間はこのまま籠じょ」


 ――ブツンッ!

 と、途絶えてはいけないナニカが途絶える音がした。


「あれ?」

「ヤバ……」


 突如、家中の電気が消えた。


「ちょっとちょっと!? 大丈夫とか思った矢先にまさかな!?」


 俺は気が競り、猛ダッシュで洗面所にあるブレーカーの下までやって来た。しかしどこをどう触れば電気が戻るのか分かる訳もない。


「前停電した時はここらへんをこうパチパチしてたら戻った気が……」


 当てずっぽうで操作してみるも電気は一向に戻る気配がない。


「慌てすぎだって。これが普通の停電ならすぐに復旧するでしょ」

「でもこの状況だぞ? 普通の停電ならいいが……」

「お兄ちゃんが口に出して言うと大抵フラグになるから黙っててよもう」


 確かに唯奈の言う通りだ。いや言った事が全部フラグになるのは異議ありだが。

 とにかくここは落ち着こう。大丈夫だ、きっとすぐに戻るはず。俺達の家を信じるんだ!


「あー……」


 そして三時間ほどが経過した。家の中は未だ真っ暗です。まさか『お先真っ暗』をこの目で体感できる日が来ようとは。来てほしくなかった。


「ダメだこりゃ。変電所かどこか知らないけど死んだな」

「これでゲームともお別れかぁ……いつか来ると思ってたけど急だね」


 俺がテーブルの脚に指をぶつけた時は眉一つ動かなかった唯奈が、少し寂しそうな顔でゲームとのお別れを惜しんでいる。


「……悲報続きで悪いが、どうやらこの家ともお別れかもしれんぞ」


 洗面台の前で絶望でくずおれそうなのをぐっと我慢しながら、唯奈に言葉を返す。


「水、止まりやがった」


 いくら蛇口をひねっても何も出てきません!!


「……」


 蛇口にほんのわずか残っていた水が数滴、ぽたぽたと落ちる。いやむしろ一切出てこない方が良かったまである。一滴落ちるたびに虚しさと絶望感がじわじわ広がるのを感じてしまう。


「……どうする?」

「どうするって……どうするよ」


 あまりに突然やってきたどでかい壁。俺たちは顔を見合わせて会話とも言えない会話を繰り返すばかりだった。


 電気も無え、水も出無え、食料もじきに尽きちゃうねぇ。

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