クールな幼馴染と買い物
──合計は1200円です。
──じゃあ、カードでお願いします。
ピピっと音が鳴り、買い物終了。
僕は受け取った商品をささっと鞄の中に詰め込む。
これで任務達成だ。
「じゃあ、帰ろうか」
「そうね……と言いたいけど、少しブラブラしない?」
「寄り道するの?」
そんな事よりも、早く家に帰りたい。
そしてベットの上で横になり、ゲームをする。
だから、鈴華の提案を断ろうとしたが──。
「貴方が欲しいもの……私が奢ってあげるわよ?」
何?
思いがけない提案。
なんだろう。
何とも言えない気持ちになる。
確かに僕が欲しいモノはそれなりにある。
新作のゲームやプラモデル、魔法のカードなど。
そして、今の僕は金欠だ。
ここで彼女に付き合えば、欲しいモノが手に入る。
だが、身体的には家でゴロゴロしてゲームをしたい。
我慢して、精神的欲求を叶えるか。
それとも身体的欲求に従うか。
このバランス。
「……少しだけだよ」
そして僕は前者を選んだ。
「ふふっ、ありがとう」
1階にある有名な模型店で新作のプラモデルを奢ってもらう。
彼女に奢ってもらうなんて、最低だと思うかもしれないが、僕たちの間ではこれが普通であった。
誕生日や模試の時など。
互いのどちらかが、めでたい事があった日は、もう片方が好きな物を1つ買ってあげると言う習慣。
それは何かをお願いする時でも有効になっていた。
「これで良いの?」
「うん……」
今回、僕が買ったプロモデルは限定版。
それも数量限定とかなりのレア物であった。
「そう……じゃあ、行きましょう?」
微笑みを浮かべる幼馴染。
何か嫌な感じがする。
彼女がこんな笑みを浮かべる時は、だいたい何かを考えている時だった。
前回は昼の梅干し。
その前は朝である。
……気のせいだよね?
そう思いたい。
しかし、僕の予感は見事に的中した。
「じゃあ、行きましょう」
僕は服選びにブティックへと連行された。
「服選び……どれくらい時間かかりそうなの? 」
「そうね……だいたい1時間少々ってところかしら?」
「……マジ?」
「ええ」とと軽やかにのたまう鈴華。
喋りながらも、獲物を狙っている捕食者のような視線は常に服に向かっていた。
「そうなんだ。あっ、でもキミの母上が心配するといけないから、早めに切り上げないとね……」
「ああ、それなら大丈夫よ。今日はお母さん達は用事で夜遅くまで帰らないから」
「……用事?」
「ええ、とっても大事な用事よ」
僕の位置からだと、鈴華の表情はよく見る事が出来なかったが、彼女の口元は上がっていたように見えた。
***
あれから1時間後。
ギリギリまで粘った鈴華は、最後の最後まで悩んでいた3着から2着に絞ると、そのまま会計に向かった。
そんなに吟味するモノなのかね?
よく分からないや。
「それにしても……」
失敗したな。
僕は数時間前の判断を完全に後悔していた。
これなら、物欲を我慢して家でゲームしていれば良かったな。
まさか、何もしない。
そして何もない時間がこんなに大変だとは思わなかった。
「……」
嬉しそうな表情で店員から紙袋を受け取る幼馴染の姿を眺めながら、僕は改めて長い長い1時間を振り返った。
『ねえ、貴方? この色はどうかしら?』
『え? うん、いいんじゃないかな……』
『そう……でもここの柄がちょっと気に入らないわ』
『そ、そうかもね……』
『あっ、じゃあ、これは?』
『……そうだね、これなら柄もないし、シンプルでいいと思うよ』
『うん……でも、これはいろが少し地味ね……』
『……』
だったら聞くなよ!
大声で叫びたくなった。
だが、ここはデパート。
僕たち以外のお客さんも大勢いる。
故に、そんな事などと言えるはずもなく、昼休み以降の授業時間に匹敵する時の流れの遅さと闘いながらひたすら耐えた。
「……」
よくやったよ、僕……。
独り寂しく自分を賞賛したい。
いや、誰か僕を褒めてくれ。
「お待たせ、随分と待ったでしょう? ごめんなさいね?」
「うん」
珍しく申し訳なそうな表情を浮かべている鈴華。
こう言った『作っていない』表情は、滅多に見せなかったので少し意外だった。
「じゃあ、行きましょう」
「うん……」
1時間半と言う長時間を共にした駅前のデパートを出ると、当然のように太陽は沈んでおり、街はネオンや街灯の光に彩られていた。
見慣れた道を歩き、やがて住宅街が見えてくる。
家まであと少し。
そんな事を思いながら、通学路を歩いていると、隣にいた鈴華が気持ち良さそうに身体を伸ばしていた。
「……」
その姿を見て、何故か僕はその隙にあくびが出そうになってしまう。
流石にこんな場所で欠伸をするともアレだから、上手く噛み殺そうとするが──。
「あふっ……」
欠伸にも何でもない、よく分からない声で漏れてしまった。
それは鈴華にも聴こえてしまったらしい。
「大丈夫? 荷物持つわよ?」
「持ってくれるの?」
「あら、酷いわね。 私を何だと思ってたの?」
「ああ……ごめんごめん」
乾いた笑い声が空に響く。
鈴華は僕の荷物を持ってくれようとしたのか、手を伸ばす。
しかし、彼女の手に触れたのは、空いた僕の右手だった。
冷たい僕の手と温かい彼女の手が触れ合う。
「あっ……」
やちゃった……。
いくら幼馴染とは言え、もう高校生だ。
それなりに意識する年齢ではある。
少し気まずくなった僕はどう声を掛けようと悩む。
だが、彼女の口から出たのは、クスッとした笑い声だった。
「何が『あっ』よ。 初心なお子様じゃないだから」
「初心って……もう大人だよ」
「でも、貴方の内面はそうでも無いみたいよ?」
「はい?」
楽しそうに笑う幼馴染に、僕も釣られて笑ってしまう。
しかし、何だろうか。
上手く言葉に表せないが、いつもより何かが足りない。
違和感を感じるのだ。
──そして、それは正しかった。
十字路に差し掛かった時、「ねぇ……」と腕を引っ張られたのだ。
「……どうしたの?」
「少し寄り道しない?」
「寄り道?」
「どうして?」と隣にいる彼女の視線を向ける。
ただ、夕焼けのせいだろうか。
幼馴染の顔はいつよりも赤く見えていた。
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