第3話『誤解』
「僕の妻から手を、離してくれないか。すぐにでも、殺してしまいそうなんだ。朝体調が悪そうだったから、心配して帰って来て良かったよ」
いきなり背後から聞こえた言葉に、私と虎太は振り返った。そこには彼の仕事場である、遠い海に居るはずの紫電さまが居た。彼の名の由来となった紫の瞳に宿る、強い怒り。
「紫電さまっ……」
助けに来てくれた彼の方向に行こうとした私をそうはさせまいとして、虎太は肩をぐっと掴んだ。
「嫌だね。雪風は俺の嫁になるはずだったんだ。それを、横から奪いやがって。海神だかなんだか知らねえけど、俺にいやらしい夢を見せられて喜んでんじゃねえよ」
そう言われて、紫電さまは目に見えて顔を赤くした。
「いやらしい……夢?」
私は虎太の言葉を聞いて、ぽかんとした。今思えば、いつも隣で健やかに眠っていた紫電さまは虎太に夢を見せられていたって言ってた。
私と……そういうことをしている夢を?
「雪風に夢の内容を言えば、すぐに殺すよ」
殺意の籠った声を出した紫電さまに、私は驚いた。彼のこういった面を、今まで見たことはなかったからだ。
けれど、そう言われてしまうと、内容が気になってしまうのは仕方がない。私はちらっと傍に居た虎太を見た。虎太は紫電さまの反応を楽しんでいる様子で、ははっと大きな声で笑った。
「はいはい。海神のあんたは、山の中では半分以下の能力しか出せないもんなー? その状態で、雪風を傷つけずに俺を捕らえることが出来るならね」
挑発するようにした虎太は、私を抱えたままで近くにあった木の枝に飛び乗った。
「……紫電さまっ!」
咄嗟に立ち竦んでいる紫電さまの方に手を伸ばした私に、呆れたような様子で虎太は言った。
「あいつ。確かに顔は良いけど、変態だけど良いの? 雪風」
私は、一瞬黙ってしまった。へんたい……へんたい……あんなに優しそうで、真面目そうなのに……美形なのに、変態……。
「良いのっ……! 私は紫電さまが好きだから、変態でもなんでも好きなのっ……! もう、虎太邪魔しないでよ!」
私がそう言った瞬間に、いきなり強い光が満たされて、そこに居たのは空を飛ぶ龍。うねうねとした動きで、枝を飛び移る虎太とその腕に抱えられた私を追って来る。
「わ。やば! 龍化しやがった! くっそ。あいつにムカついてたから、言い過ぎた……あー……また迎えに来る。雪風。またな」
そう言って虎太は、私をストンと地面に立たせた。大きな手で頬に触れて、俊敏な動きで去って行った。
「雪風……」
私を目の前にして一瞬の内に人型へと姿を変えた紫電さまは、とても複雑そうな様子だ。
「紫電さまって……変態だったんですね」
私のしみじみとした言葉を聞いて、彼は目に見えて大きな衝撃を受けた顔になった。
「う……違う。なんだか、おかしいとは思った。処女で大人しい性格の雪風があんなこと……そうだ。僕もなんだかおかしいとは、思っていたのに……」
「夢の中で、私としていたんですか?」
私がクスっと笑ってそう言えば、紫電さまは情けなさそうな顔で頷いた。
「あの猫又に……まんまと、してやられてしまったようだ。婚礼の頃から、君も満足してくれているものだと……浮かれていた僕の不覚だ。本当にすまない」
私はゆっくりと、紫電さまの元へと進んだ。背の高い紫電さまは、見上げないと顔が見えない。けど、それも少し長めの前髪が邪魔をしていた。
私は彼の綺麗な紫色の目を見たくて、前髪を手で払った。泣きそうな顔。完璧な彼のこんな落ち込んでいるところを見て、私がガッカリしたかと言われたら真逆だった。
可愛くて……もっと彼のことが好きになった。
「紫電さま……私、紫電さまに嫌われているかもしれないと思って……理由を自分から聞いたら良かったのに。今まで黙ってて……すみません」
「いや、僕も悪かった。いくら……腕の良い術師に騙されていたとは言え……」
慰めようと思ったのに、また紫電さまはしょんぼりとしてしまった。どうしたら良いかな……そう考えて、私は彼に提案した。
「紫電さまって、変態なんですよね? 今から私とそういうことしたら、喜びます?」
「っ……無理! あれは、夢の中で雪風がしたいと言うから……」
「紫電さまは、したくなかったんですか?」
私の真っ直ぐな視線に耐えられなくなったのか、紫電さまは崩れ落ちるようにして座り込んだ。
「……この話は、また今度にしよう。もう色々と、精神的に瀕死だから……これ以上は勘弁して……」
「はい。旦那様。もう、おうちに帰りましょう」
がっくりと落ち込んでしまった紫電さまに、私はクスクスと笑って手を差し出した。
Fin
海神さまに溺愛されて幸せな結婚したはずなのに、眠れない。 待鳥園子 @machidori
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