叔父さん

「あ、はい…どうもっす…」


 いきなり声をかけられてコミュ障が発動してしまった。

 知らない人と会話するのはすごく苦手なんだよ…どうにかしてくれ清河さん…。


 それよりも安藤たちはいつのまにやられていたのだろうか。

 もしかして一蹴されたのか?

 3人もいたのに?

 うそぉ?



 怖がっている僕らを見て何かを察したのか、巨人は気まずそうに頬を掻きながら目線を逸らした。

 先程までの交戦的な態度はどうしたのかだろうか。


「うーん、怖がらせるつもりは無かった…訳ではないんだけどヨぉ…、なんというかその…一度落ち着いて話さないか?」


 落ち着いてと言われても、立っているだけで威圧感を受けるほどの巨人相手にどう冷静になれというのだ。


 と思っていたが。

 あれ?


「あれ?さっきよりも…」

「身長が…低いっキュ?」


 僕より先に清河さん達が気づいていたみたいだ。

 隆々とたくましく、はちきれんばかりの筋肉の塊だった巨人は少し背の高い成人男性程度の身長まで下がっていた。

 物理的な圧はともかく、魔力的な威圧感はすっかりと鳴りを潜めている。


 急激な体躯の変化に理解が追い付かないでいた僕らを察していたようで、ばつが悪そうな顔を浮かべた彼は静かに声を口に出した。


「あぁ…最初はそう思うよな。俺の魔法はこんな感じだ」


 どんな感じだ?


「まぁ…時間制限があるって感じか?詳しくは言えないが…それよりも」


 巨人だった彼はウサミーと清河さんへ目を向ける。

 その目線には好戦的な獰猛さはなく、むしろ幼子に語り掛ける父親のような優しいめをしていた。


「急に押しかけて悪かったな、用があるのはその妖精だけななんだ。と言ってもさっきまで派手に暴れまわっていたから信じられないだろうがな…アレを使うと気が大きくなりすぎちゃっていけねぇなぁ」


 アレというのは先ほどの姿のことだろうことは容易に想像できた。

 おそらく魔法で姿を変えていたということも。

 そして自分で制御できている様には見えないが、使い慣れているとうい風にも見えた。


「ウサミーに用があるって言ってましたね、彼女をどうするつもりですか?」


 清河さんは努めて平静に質問する、先ほどの混乱や不安を抑え込んでいるように見えた。

 目の前の男は敵、パートナーを力づくで持ち去ろうとする暴漢。

 恐怖心は残るが己の矜持の為、あるいは妖精のために折れそうになる心に叱咤して正を見抜いている。

 声色に一切の震えは聞こえなかった。

 ウサミーって性別あったの?メスだったの?



「どうするも何も…持ち帰って、えーと?なんだっけ…難しいことをごちゃごちゃと言われた気がするが…そのあとは知らねぇなぁ。なるようになんじゃね?」

「そんなことを言われては、渡せません」

「どうしてもか?」

「どうしてもです」


 清河さんはきっぱりと、拒絶の意志を言葉にした。

 男は「はぁ~」とため息をついて右手で首の後ろを撫でながら顔を下に向ける。

 まるで最初から期待してはいなかったと見える態度で落ち込むしぐさを見せた。


「やっぱ力づくしかないかぁ」


 男は呟くようにあきらめの混ざった感情を乗せて魔力を纏った。

 膨大な魔力が彼の肉体をめきめきと改造していく。


 再びの巨人が目の前に現れた。


「やっぱそうこなくっちゃなぁ!!」


 ニヤリと笑った彼は黒く巨大な拳を振り上げて、僕らを上から潰そうとする。

 巨人との第二ラウンドが始まった。




 最初に動いたのは僕だった。

 呆然と突っ立っている清河さんを後ろへ放り投げ、巨人の拳を両手で受け止めた。

 両足を肩幅に開き、腰を落として全身に魔力と大地の力を籠める。

 インパクトの瞬間に合わせて頭上でクロスした両手をバネのようにして衝撃を吸収した。

 手で押さえられない衝撃は腕へ、腰へ、足へと伝え逃げ場のなくなったエネルギーはそのまま足元のコンクリートを粉砕した。

 想像以上に重い一撃。

 思わず奥歯をぎりっと噛み締めてしまう。

 ただの一撃でここまでの力を出せる巨人は確かに強いのだろう。

 だけど…


 ――「叔父さんの方が重い!」


 沈めていた腰を伸ばして巨人を拳ごと打ち返した。

 返されると思っていなかったのだろう、巨人の顔には驚愕しているように見えた。


 体勢を崩した巨人の右足に重心が偏っている、浮いた左足に掌底を放ち完全に崩す。

 よたりと倒れそうになる巨人の脇腹に回し蹴りを食らわせた。


 ドンと鈍く太い音を響かせて数メートル先の瓦礫まで吹き飛ばす。


 雷が落ちたかのような衝撃音がした後に土埃が辺りをつつみ、視界が悪くなってしまった。

 巨人の口から出たであろう血が僕の頬を濡らす。

 親指でピッとふき取って体の左側を巨人に向ける。

 四肢を軽く弛緩させ左手は腰より上、右手は肩の高さに添えて両足は常にフリーでいる。

 これが僕のファイティングポーズだ。


 瓦礫からゆっくりと立ち上がった巨人が好戦的な目を向けて歩み寄ってきた。


「って~…お前本当に人間か?」

「失礼な、どう見ても一般人だろ」

「今の俺は7トンくらいあるぜ?」

「それがどうした、鏡を見てから言え」

「はっ!ちがいねぇ」


 巨人は四つん這いになり四肢から爪を出した。

 限界まで膨張していた筋肉は引き締まっていき、鎧のような腹筋はスマートな流線形を描いている。


「今度は速さ勝負?」


 獣のような風貌に変わった巨人の大腿四頭筋には先ほどまでとは比べ物にならないほどのボリュームがあった。


「俺はこっちの方が好きだ」

「そうなんだ」


 好きなものいっぱいあるね。


 静かに、そして荒々しく巨人の爪がコンクリートを破砕し、弾丸と見紛う如き速さで突進してきた。

 一呼吸も置く暇がなく目の前から消えた巨人の凶爪が今にも僕の目をえぐり取るような角度で振るわれていた。


 寸前の所で顎を引き爪の軌道から逸れる、微かに触れた眉毛の先端がチリっと焼けたような音を立てた。

 猛攻はそれだけでは終わらない。

 目、鼻、耳、各関節等人体の急所を素早く確実に狙いを定めてきた。

 速さで撹乱し、死角を伺いながらの攻撃は乱舞のように繰り出され、巨体から出される風圧は暴風となってバランスを崩そうとする。

 僕は最小の動きで避け切った。

 連撃、単発、フェイントを見極めて次につながる動きを目線でけん制する。

 腕をつかもうとすれば軌道を変えるし、少し踏み込めば距離を取る。

 巨人は僕の挙動に大げさなくらい反応してくれた。

 だからこそ読みやすい。

 急所を的確に狙ってくれるから、常に僕の動きに注目してくれるから。

 僕の目線を見逃さなまいとしてくれるから。

 確かに速い、だけど…


 ―――「叔父さんの方が速い!」


 僕は巨人の手首を軽くつかみ、外肘に手を添えて円を描くように柔らかく押した。


 巨人の速度と重量から軌道を少しずらすだけだった。

 それだけで十分だ。

 巨人は速度を抑えきれず、きりもみ状に回転しながら飛んでいく。

 速度とパワーの代償がすべて己を壊し、床にバウンドしながら壁へ激突した。

 巨人の右腕はぐしゃぐしゃに壊れていた。


「・・・っぐ」


 巨人は身じろぎをする。

 その姿を獣に似せているからか、追い詰められた野獣のように警戒心をあらわにしていた。


「きみ、さっきよりもスリムになった?」


 どうやらダメージを受けると身長が縮むらしい。

 そして身長が縮むごとに冷静な思考が戻ってくる仕様なのか、先ほどまでの衝動を感じなかった。


「っくっそ!なんなんだよお前は!」

「ただの一般人です」

「すかしてんじゃねぇぞぉぉ!」


 最後の力と言わんばかりに左腕に魔力を集めて突進してきた。

 体のサイズが人並に戻っているが、左手だけ異様に発達している。

 あまりにアンバランスだがその一撃にすべてを込めて向かってくる。


 素直に受けてやる義理もないので左腕が振るわれる前に懐へ入り込み、男の心中へ一撃を食らわせた。


 ごほっとむせるような声を出して再び壁に吹き飛ばした。


 しばらくしても立ち上がってくる様子はない。

 どうやら気を失っている様だった。


「大丈夫?」


 後ろで控えていた清河さんが声をかける。

 いつの間にか魔法少女フォームに変身していた。

 ウサミーも心配そうにこっちを見ている。

 それよりも…


「いや、君ら何してたの?」

「え?何って?」

「すこしは援護してくれても良かったのになぁ~と思って」


 全部僕に押し付けてたよね君たち。


「あ、あのね!一緒に戦おうとは思ったんだけど…」

「途中から目に追えなかったッキュ」

「ええ?でもほら、マイカルバースト?だっけ?それあるでしょ?撃ってくれればよかったのに」


 巨人がダウンしている時なんて2回くらいあったし、隙なんてたくさんあった。

 そんな好機を君たちは座して見ていただけというのか。


「ほらって言われても…ね~?」

「ね~?」


 ウサミーと清河さんは仲良く向かい合って首をかしげている。


 このど素人どもが!


「それよりも、それ大丈夫?」

「どれ?」

「ほら、その右手」

「うわ!なんだこれ」


 清河さんが指す先には僕の右手にこびり付いた黒紫色のスライムのような塊だった。

 思わず手を振るい、べしゃっと地面にぶん投げた。


「なんだったんだろうこれ…危険な感じもしないし…」

「少しだけ魔力を感じるッキュ…おそらくさっきの巨人の身体だと思うッキュ」


 う~ん、最後にそんなのが付いてたのか、まったく気づかなかった。

 僕は少し詰めが甘いのかもしれない。


「それで?大丈夫なの?」

「ん?あぁ…なんともないよ」


 それに


 ――「叔父さんの方がねっとりしてる」


「は?」

 清河さんは自然と半歩下がっていた。

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