推し活


 凶悪な獣じみた視線をじろりと全身に受ける。

 黄金に光る瞳は猫のように縦長で、獲物を逃すまいと僕らの一挙手一投足を観察していた。

 巨大な体躯から放たれる熱量は高く、その身長から感じる圧とは他に物理的な熱を感じた。

 ほとばしる魔力が全身を覆っていて輪郭が揺らめいて見える、湯気のように昇華された魔力は暴力的なまでの殺気を放っていた。


「ん~?どうした?黙ってたらわからないだろう?」


 まるで幼子を諭すようにやさしい言葉をかけてくる。

 しかし、その言葉に乗せた感情の端々からは苛立ちと強者としての自信が含まれていた。


「よ…妖精なんてものは知らない」


 伏見と呼ばれていた彼がしっかりと目を開けて答えていた。

 揺れる瞳の奥にははっきりと恐怖が浮かんでいる。

 安藤を守るように立ちあがった彼は両手を広げている、自身の無害さをアピールしているようにも見えた。


「おっかしぃなぁ~、妖精がいない?ならそこに転がってるものはなんだぁ?」


 獰猛ともとれる凶悪な笑みを浮かべて梱包されたウサミ―ボックスを指差した。


「あれは悪魔だ!我らは妖精など知らない!」


 伏見はあくまでもしらばっくれてこの状況を乗り切ろうとしているようだった。

 見え透いた嘘を怯えながら伝えているせいでこの状況をより悪化させているのだが、まったく気づいていないようだ。


「あ~!話になんねぇなぁ…ならそこに転がってる妖精のうつわはなんだ?こいつがいるってことは妖精がいないとおかしいじゃねーか!」


 妖精のうつわ

 聞きなれない単語が飛び出した。

 安藤達はハッと清河さんを見て一瞬で顔をそらした。

 その反応に気付かないはずもなく、ニヤリと確信があったかのように笑った。


「おいおいおい、嘘つかれちゃ困るぜ」

「嘘では…」

「ビビるなよ、何も取って食おうとしてるわけじゃないだ妖精を渡してくれればいいんだ」


 巨人は伏見の言い訳を無視してウサミーボックスに手を伸ばし、強引に結界を引きちぎった。

 綺麗に梱包されていたウサミーはゴム球のように跳ね上げられて地面に衝突した。

 バチンと鞭で地面を叩いたような音が響き、梱包から解き放たれたウサミーが姿を現した。


「ぷっふぅ!娑婆しゃばの空気は旨いッキュ!」


 そんな冗談言ってる場合じゃないぞ。


「ウサミ―!逃げて!」


 清河さんが悲鳴に近い声をあげる。

 ウサミーは清河さんの方を振り向いて状況の理解を始めた。


「何が起きてるッキュ?」

「おぉ…妖精にしてはおつむがアレだなぁ」

「…ッキュ?」


 ほぼ真横に控えていた巨人を見たウサミーは真顔で固まっていた。

 思考が停止しているのだろう、今も逃げてと叫んでいる清河さんの声を聞いてもピクリとも動かない。

 どこか草食動物が死期を悟ったときのリアクションに似ていた。


「ほんとにこんなもんでいいのかぁ?」


 何のリアクションもないウサミーをみて巨人が困惑していたが、そのまま手を伸ばす。

 そしてウサミーを掴もうとした手にお札が当たった。


「あん?」


 パチリと弾かれた札が地面に落ちる。


 落ちた札を見つめていた巨人は安藤を見てニヤリと笑った。


「やっぱそうなるよなぁ!まどろっこしくお話しするよりこっち戦闘の方が俺は好きだぜぇ!」


 巨人が吠える。

 ほとばしる魔力が暴風のように荒れ狂い、僕らへの圧力となって押し寄せている。


「クソがァ!何やってんだ安藤!ヤる気満々じゃねぇか!」

「落ち着いてくれ、こいつは最初から俺たちを見逃すつまりなんてない」

「どうすんだこれ…」


 陰陽師一行が臨戦態勢に移る。

 その傍らで控えていた僕は巨人の動きに違和感を覚えていた。


 巨人は相変わらず暴風のような魔力を纏っている。

 その魔力は全身に行き渡り、筋肉を異常なほどに滾らせていた。


「ウサミー!ウサミー!」


 清河さんは放心しているウサミーの首根っこを掴んでガクガクと揺さぶった。


「ゔぉぉおぉぉおぉぉお!!」


 妖精とは思えないほど野太く、かすれた声を出して必死で遠心力に抗っている。

 うわぁ…痛そう……。


「サクラぁ″ぁ″っ!や″め″る″っ″ぎゅ″!」

「どーしよー!なんかすごくヤバそうなの出て来たよ!勝てる気がしないよ!」


 清河さんは異形の化け物を見たせいかパニック状態だ、ウサミーの言葉が全くと言って良いほど届いていない。


「清河さん、とりあえず落ち着いて!ウサミーが泡吹いてるよ」

「…え?……ぁ…」


 正気に戻った時には既にウサミーはぐったりとして動かなくなっていた。

 普段は見えない白目を剥き出しにして半開きの口からはヨダレが垂れている。

 毛並みはボサボサで真っ白い毛色は心なしか煤けた灰色に見える。

 まさに心ここに在らずという感じだ。


「ウサミーおきてー!」

「はごぉっ…」


 パァン!と清河さんの張り手が炸裂した。

 あかん、まだ正気じゃなかったか…。


 ふと安藤たちの方を見る。

 彼らは札やら鈴みたいな道具を投げつけて戦っていた。

 一方標的となっている巨人は滾らせた筋肉を見せつけるようにポージングを続けている。

 攻撃がまるで通じていない、巨人はこの状況を楽しんでいるように笑っていた。

 逃げるなら今だな…。


「清河さん、僕らは逃げよう」

「え?ウサミーはどうなるの?」


 どうなるんだろう…今さっき君の手で吹き飛ばされた妖精は気絶してる。


「敵に捕まったらどうなるかわからない、二度と会えないかもしれないし…案外平気な顔して帰ってくるかもしれない」

「それは…」

「残酷かもしれないけど、今はこの場を離れることを優先して考えよう」


 今は人命第一だ、死んでるか生きてるかわからない妖精は最悪消えてしまってもどうにかなりそうな気がする。

 だが人命だけは消えたらどうにもならない、清河さんには辛い選択だと思うが妖精の安否より人命の方が重い。


「それにもし戦うことになったらどうなるかわからない」

「高嶺くんでも勝てないってこと?」


 清河さんは僕のことをどう見ているかわからないが、魔法が多少できるだけの一般人にあんな化け物を退治する力など無い、いや力があったにせよそんな命がけのことなどしたくない。

 だが実際に勝てそうか?聞かれると…


「う~ん…頑張ればいけそうな気がする?」

「それなら!」

「でもそれは僕一人で戦った時の場合だよ、清河さんや安藤たちを気にしながらなんて到底無理だ」


 古武術の戦闘訓練は基本1対1の個人戦術だ、1対多を想定した訓練もあったが守護対象がいる場合の訓練などしたことがない。

 つまり周りに気を配りながら戦うことができない。

 どこまでもボッチだなぁ僕は…。


「でもでもでも!ウサミーを連れ去られちゃうと困るの」

「魔法少女に変身できなくなるから?」

「ちがうよ、ウサミーがいないと私の願いが叶えられなくなっちゃう!」

「願い?…どういうこと?」

「ウサミーは私が魔法少女になるなら、なんでも願いを叶えてくれるって言ったの!」


 どういうことだ?

 何でも願いを叶えるなんて、もちろんそんな都合のいい魔法なんて無い。

 魔法の一端を使い手であるからこそ本能的に理解できる、魔法はそんな便利なものじゃない。

 むしろ使い勝手の悪い不便な力だ。

 清河さんも魔法少女となっていろいろ魔法を使うならわかっている感覚だと思うのだが…。

 もしかしたらウサミーに詐欺まがいな嘘を吹き込まれているのかもしれない。


 気絶から目覚めていたウサミーを見ると恐ろしい速さで首を左右に振っていた。

『そんなこと言ってない』

 言わずとも理解できてしまうほどの眼力と顔のしわに刻まれた全力の否定が、今の状況をより混乱させていた。

 この妖精表情筋すごいな…。

 まるで痴漢冤罪を吹っ掛けられたサラリーマンのごとく必死の形相で無言の否定をする妖精…そんなに嫌なら自分の言葉で否定すれば良いのに…。

 まったく話が進まないので僕がウサミーの気持ちを代弁することにした。


「清河さん、ウサミーはそんなこと言ってないっぽい反応してるよ」

「妖精はね、女の子の願いを叶えてくれるんだよ?高嶺くんは知らないかなぁ?アニメや漫画に出てくる魔法少女…彼女たちは妖精が運んでくる幸せをいつも当たり前のように受け取っているのよ」

「知らないよ!」

「ウサミーが突然目の前に現れたときに思ったの、これは私の願いを聞き届けてくれた神様からのプレゼントだって!だから15歳にもなって魔法少女になるのはとても…とっっっっても!抵抗があったけど、推しに近づける為なら頑張れるの!」


 清河さんがとんでもなく早口になっている。


「推し?え?清河さんは推しのために魔法少女になったの?」

「そう!私の身長知ってる?今158cmなの」

「いや、初耳だけど」

「推しの『幻影刀志』のアローナたんはね、身長が161cmなの!あと3センチ…3センチが足りないの!推し活でアローナたんのコスしても…どうしても身長が足りなくて違和感が出てしまうの!私は原作に忠実な世界観を壊したくないからまだ本腰を入れてコスしてないんだけど、身長が伸びたら絶対コスイベ行くのっ!」


 捲し立てられるような早口からは推しと作品に対する愛が十分に込められていた。

 しかし僕には全く理解できない話だった。

 え?結局なんなの?身長伸ばしたいの?


「身長なら…まだ15歳だし3センチくらいは伸びるんじゃない?」

「私、中2から身長伸びてなくて」

「そうなんだ…でもほら、成長期なんて人それぞれだからさ!何なら高校卒業後には3センチ以上伸びるかもよ?」

「それじゃあ意味ないのよぉ!」


 叫びにも近い否定をされた。

 ちょっと面白いと思ったが周囲の音がやけに静かだ。

 そういえばさっきまで戦っていた安藤たちは?


 ハッと我に返り周囲を見渡す。

 僕の近くには清河さんを理解できない生物を見るかのような目で呆然と見つめるウサミー。

 そして遠くには仲良く3人で川の字になって伸びている安藤たちがいた。

 いつの間にやられてたの君たち…。


 その間の距離にいる巨人は腕を組みながら僕たちの会話が終わるのを待っていたようだ。


「何度か声をかけようと思ったんだけどヨぉ」


 巨人が太く重い声で僕らに話しかける。

 清河さんとウサミーは彼に気付いて口を噤んでいた。


「そこの妖精は首絞められてビンタされてるし、嬢ちゃんはヒステリー起こしてるみたいに叫んだりしてるしヨぉ…」

「あ、なんかすみません」


「いや、なんというか…テメェも苦労してんだな」


 突然現れた敵に労わられる。

 戦うでも話し合うでもない微妙な雰囲気を作り出してしまった…。

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