友達作りも楽じゃない

 金髪がやけくそになってお札を投げまくる。

 一瞬で高濃度の魔力を札に注入して投擲する様は圧巻だ。

 かなり高度な技術なのだろうが、すべて僕の頭に当たる前にただの紙切れに戻ってしまう。

 そのおふだは一体どこから出しているのだろうか。


「うおおおおお!」


 うおお!じゃない、いつまで続ける気だ。

 金髪はやたらとエネルギッシュに攻めてきた。

 他二人は金髪の様子を見ながら清河さんをけん制しているようだ。


「くっそぉ!これでもくらえ!」


 とうとう投擲用とうてきようのお札が切れた。

 金髪はピンと伸びた長い札を持って殴りかかってくる。

 強度を高めるためか80cmほどのお札が何枚も重ねられていた。

 駆け足で近づいてきた金髪は高くジャンプして勢いをつける、お札はブンと低音を響かせながら僕の頭頂部目掛けて振り下ろされた。


 パァンッ!


 頭に軽い衝撃、そして小気味よく響く発破音。

 お札は僕にあたる寸前にただの重ねられた紙切れに戻り、厚紙同士で小さな隙間が生まれていた。頭に当たることで隙間が再び重なり大きな音を出していた。

 それにしても…この音どこかで聞いたことあるなぁ。


「ハリセン?」


 清河さんが答え合わせをしてくれた。

 そうか、ハリセンか。

 むかしはバラエティー番組や芸人のネタで頻用されていたと聞くけど、最近はめっきりその存在感を隠しているツコッミ用の小道具だ。

 今では大型量販店のバラエティーコーナーでしか見なくなった過去の遺物、それを武器に使うなど一周回って新しい気がする。


「なんかエモいねそのハリセン」

「ハリセンじゃァねーよ!」


 金髪はガチギレしていた。


 その後も何度かハリセンで頭を叩かれる、最初は面白そうに見ていた清河さんもだんだんと気の毒そうな顔を浮かべていた。

 金髪の後ろに控えていた陰陽師の2人もヒソヒソと何かを話しながら経過を見守っている。

 倉庫に響くハリセンの音だけが寂しくこだましていた。


 叩かれること50回、飽きてきたなぁ…。

 ここまで叩かれるからには何かボケないといけないような気がしてきたのだ。

 このままでは僕の芸人魂というか、ノリの良さ的なものが死んでしまう気がしてならない。


 僕はハリセンで叩かれながらスマホでハリセンを使ったお笑い芸人の動画を見る。

 かなり昔の動画しかヒットしなかった、へぇ…初代ハリセン芸人はトリオだったのか…。

 どの動画を見ても3人でコントをしている、ここで再現するのは難しそうだな…。

 あきらめて有名芸人のモノマネをすることにしよう。


 と思ったらいつの間にかハリセン攻撃が止んでいた。

 くそ!タイミング逃した!

 これだから僕は陽キャになれないんだ!

 悔し涙をこらえながらぐっとこぶしに力を込めた。


 僕の横では金髪が膝に手をついて息をしている。

 安藤と伏目はお化けに会ったかのような表情で僕を見ていた。


「なんで高嶺たかみねくんが悔しがってるの?」

「一世一代のチャンスを逃してしまったからだよ」

「なんの?」


 清河さんの質問はスルーして安藤に話しかける。

 金髪のハリセン攻撃は笑いに繋げられなかった、すべては僕の力不足だ。

 でもチャレンジしようとしていた努力や熱意はきっと安藤達に伝わったはずだ。

 つまり、僕は安藤達と友達になりたいのだ。数少ない同性の友達が欲しい!


「そういうわけだから、僕あんまり関係ないからこれからも仲良くしてほしいな」

「どういうわけだ?!」


 伝わらなかったか…。

 これだから鈍感系は困る。


「え?解説しなきゃだめ?それって笑いに対して無粋じゃない?」


「お笑い?どこが?!まったく意味わからんのだが!」


 一から解説しなきゃいけないのか…生殺しされるの?

 そこは察して欲しい所ではあるけれど、説明しなきゃ分からない事ってあるからね、仕方ない。解説するか…。


「僕はハリセンで叩かれていた訳でしょ?せっかくツッコミを入れてくれていたから何かボケようと思ってお笑い芸人の動画見てたんだよ」


「それ叩かれてる最中にやること?」


 清河さんは心底呆れた様子で咎めてくる。

 確かに今やる事じゃなかったけど、時間との勝負だと思ったしレパートリー無かったんだから仕方ないじゃん!


「俺には飽きてスマホで動画見てるようにしか見えなかったな」

「何度も攻撃してるのにそんな態度取られたら心折れるよ」

「鬼畜?あほ?」


 なんだか僕が悪者みたいな扱いをされている。

 心外だ!僕は鬼畜でもあほでもない!…はずだ、と思う。あんまり自身ない。


 反論しようとしたら金髪が息切れから回復していた。


「くそ!どうなってやがる!従者ってのはこんなに強いのか!」


 金髪は僕をにらみながら悪態をつく、何もしてないのに嫌われてしまうのは慣れているけど…今回はちょっと理不尽な気がする。


「従者…師匠から聞いたことがある」

「知っているのか伏見ふしみ!」

「あぁ、今思い出した」


 安藤が驚いた声をあげる、伏目の彼は伏見という名前らしい。

 というか君話せたの?

 伏見は気だるげそうな雰囲気を纏いながら解説を始めた。


「魔法少女から魔法を学ぼうとする一般人、修行者と聞いた」

「修行者?ってとこはアレか?半人前ってことか?」

「そして魔法少女の世話係、肉盾、生贄とも」

「そんな事までするのか」

「魔法を学ぶためにはどんな犠牲も厭わないと聞いている…師匠の話では悪魔のにえにされて生きたまま脳みそを搾り取られた挙句、命のストックとして死後も強制的にこの世に留まらせている魔法少女もいるらしい」

「ひでえ…血も涙もないのか」


 魔法少女こわぁ……もう魔女じゃん。

 僕は清河さんからそっと半歩離れる、そんな話を知っている師匠にも興味あるが。


「ってことはなんだァ?そこの石頭も清河に改造されてるってことか?」


 復活した金髪が僕を睨みつける。

 全身を注意深く観察して何かを探ろうと目線を動かしていた。


「その可能性は捨てきれない、どんな事をされているかは想像出来ないが…何が飛んできても対応できるように身構えておけ」


 陰陽師3人の警戒心がグッと上がる、彼らは半身で構えていた。

 あれ?僕が標的にされてる?


「清河さん…本当にそんなことする予定なの?」

「私はそんなことはないよ!」

「そんなの分からんだろう、現に悪魔を連れていたのだから!」

「今日は悪魔なんて連れていたのか清河さん…」


 陰陽師から悪魔という単語が出てくると少し違和感あるな…陰陽師よりもエクソシストの領分ではないだろうか?

 西洋版陰陽師と考えれば間違えではないのか…?うーんわからん。


「今日はって何?!いつもそんなの連れてないよ」

「清河さんはいつも何か変なものと一緒にいるからつい…」

「私そんな風に見られてたの?」


 清河さんはげんなりという感じで顔を曇らせた。

 サメ男のドーゲンとか妖精ウサミーとか陰陽師の男たちとか…。

 会う度にバリエーションが増えているのは何故だろうか、変なものを寄せ付ける能力でもあるのかなぁ。


「そういえば今日はウサミーいないの?」

「あれ?いま気づいたの?」


 え?どういうこと?と返事をする前に清河さんは陰陽師3人の後ろへ指を差した。

 そこには微かに青白く光る立方体があった。

 立方体の起点となる角には札が浮いていて、札同士は青く光る線で繋がれている。


 その中には見覚えのあるピンクのウサギの妖精…ウサミーが梱包こんぽうされていた。


「え?もしかしてあれがウサミー?!」

「捕まっちゃった」


 清河さんはテヘっと笑う。

 いや、今笑っても全然可愛くないから。状況分かってるの?

 ウサミーは小さな立方体にぎゅっと詰められていた、何も知らなかったらピンクの立方体にしか見えない。


 ウサミー…君はまた圧縮されているのか。


「なんでこんなことに?」


 一体何があったのか。

 せっかく清河さんの圧縮袋から解放された矢先だというのに、このままではウサミーが不憫ふびんすぎる。


「安藤達が私に憑いてる悪魔をはらうって言ってきてね、最初は変なナンパかと思ったんだけど…真剣な感じだったから気になって付いて行ったんだ」


「知らない人について行っちゃダメだよ」


 ヴィランを見たら問答無用で殴りかかるくせに防犯意識どうなってんの?


「そしたらいきなり襲いかかってきて…悪魔を出せって言ってきたの」


「ええ…」


 ドン引きだよ、男3人がかりで女の子1人に襲い掛かるとか何してんの?


「クラスメイトの前だし変身するの嫌だったけど…襲い掛かられて無意識にウサミー召喚したら罠にめられて捕まっちゃった」


「ほんと…なにやってんの?」


 脳が状況処理を拒否している、この数分で色々な事が起きすぎて僕のCPUは限界突破しそうだった。


「おい!お前!一体何が目的だ!」


 金髪が僕に向かって声を張り上げる。

 ええ…今さら?

 それ僕や清河さんが言うセリフじゃないの?

 目的も何も…呼ばれたから来ただけなんだけど…。


「清河さんに呼ばれたから来ただけだよ」


 そもそも呼ばれても行きたくなかった訳だし、なんなら今から帰っても良いんだよ?


「ねぇ、高嶺くんウサミー助けてくれない?」


「ええ?自分でやってよ…」


「無理だよ!私ウサミーがいないと魔法も使えないんだよ?」


 そんなこと言われても…

 ウサミーが梱包されている結界をじっと見る、心なしかぷるぷると震えているようにも見える。


「そもそも安藤達はウサミーを捕まえてどうしたいの?」


 清河さんは安藤達へ問いかける、


「ん?悪魔は滅するに決まっているだろう」

「滅するって…?」

「この世から消滅させる、二度とこの世に現れないように」

「ウサミ―は妖精だよ?何も悪いことなんてしてないんだよ?」

「良い悪いの問題ではない、そこにいることが悪なのだ」


 どうやら妖精は陰陽師にとって悪らしい、何をもって悪とするのか悪霊と妖精の違いのどは関係ないのだろうか。


「安藤達はなんでこの妖精が悪だと思うの?」

「じゃア聞くけどよ…いきなり目の前に現れて魔法を使えるようにしてくれる訳の分からねぇ存在やつが良いものだと思うか?」


 今度は金髪が問いかけてくる。

 妖精はどのような存在なのか、リリアーナさんから聞く限りでは人間の潜在意識が魔力を持って生まれたものだと理解しているが、この解釈は人によって違うのだろうか。


「人間の潜在意識が魔力になったものって聞いたことあるけど」

「おまえ…本当にその説明だけで納得したのか?」

「どういうこと?」

「人間潜在意識ってなんだァ?お前は理解しているのか?そもそもそんなものが魔力を持つだって?魔法ってのはそんな便利なもんじゃないぞ、お前らは魔力があれば何でもできると思うくちかァ?」


 金髪の疑問には何も答えられなかった、そして言われて気が付いた…というほどの衝撃はなかった。

 リリアーナさんの話やウサミ―の説明を聞いても何となく心のどこかで違和感がぬぐい切れていなかったのだ、魔法に関する不思議な力の正体について。

 僕には前世の記憶がある、そして今世では偶然ではあるが魔法を魔力や大地の力なんかを使えるようになっている、未だ理由はわからないがおそらく普通のことでは無いのだろう。

 そして魔法や大地の力なんかをいじってきた僕が、魔法の不自由さを知っている。

 たしかに魔法は便利な力だ、力を強くしたりビームが出たり。

 何も知らない人が見たらきっとこう思うだろう「魔法ってすげー!何でもできるじゃん!」と。

 だが現実は全く違う、制約がやけに多いし特定の行動を強いられることが少なくない。おそらく清河さんの変身も制約のせいでフリフリ衣装を着ざるを得ないのだろう。

 人間がドライバーを渡されても空を飛べないように、普通の人間が魔力を渡されても空は飛べない。


 つまり魔法は全く便利な力じゃない。

 魔法で部屋を冷やそうと思ったらエアコンを付けた方が断然楽だし、コスパも良い。

 僕らの知っている魔法と妖精に用いられた魔法には別格と言っていいほどの認識の差があるのだ。


「女のほうは考えてもいなかったって顔してるなァ?お前は薄々気が付いてたって顔かァ…」


 清河さんはぎくりと肩をはねさせる。

 反応が素直すぎだと思うよ。


「良いことを教えてやるよ、そもそも魔法ってのはなァ…っ!」




一瞬で意識が暗転した。





 目の前が真っ白に飛ぶほどの、そして倉庫の大半が吹き飛ぶほどの爆発が起こった。

 僕らは衝撃波で吹き飛んで、気が付いたら倉庫の隅に転がっていた。

 頭がくらくらとして焦点が定まらない、キーンと耳鳴りが続いている。

 平衡不全と嘔気に抗いながら現状の把握をしようとする。


「…っ」


 身体のあちこちが痛い。

 空気を吸うたびに肺が押しつぶされそうだった。


「なにが…」


 辺りを見回すと派手に散乱した荷物や鉄筋が転がっている。

 清河さんと安藤達が見えた、全員意識を失っているが致命傷につながりそうな外傷は無さそうだ。


「アレェ~?ここだったかぁ?」


 後ろからくぐもった声が男の聞こえた。

 ゆっくりと振り向くと巨大な背丈のモノがそこにいた。


 5メートルは超えているであろう巨大な人型、全体的に黒く人間のような皮膚は見られない。

 ごつごつとした表面には筋肉に合わせて赤いラインが走っている、獣と鎧を掛け合わせたような顔を凶悪い歪ませて周辺を徘徊していた。

 目はギラギラとしていて、巨大な体格に付随された手には人の背丈ほどもある爪が各指に備わっていた。


 巨人はズンズンと地面を轟かせながら歩く、まるで何かを探しているようだった。


「ン~…ガキばっかりじゃねぇか」


「…うぅ…」

「なんだぁ」

「いたい」


 安藤達が意識を取り戻す。

 何が起こったかわからないような顔をしている。

 頭をふるいながら周囲に目を向けると、3人同時に巨人と目が合った。


「うわぁああ!」


 安藤は叫び声をあげる、他の二人は声も出ないほど驚愕していた。

 巨人は獣のような瞳をギラつかせ、のこぎりのような歯を見せて笑いながら安藤達に詰め寄った。


「オウオウ…元気いねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだが?」


 内臓まで響きそうな低音でくぐもった声だがノリの軽そうな雰囲気があった、まるで楽しそうにゲームをしている最中のような声色だった。

 凶悪な見た目には全く似合わないその態度に奇妙な不気味さを感じた。


「ひぅ…っ!」


 意識の戻った清河さんは静かに悲鳴を上げていた。

 そして足ががくがくと震えている。

 本能で理解したのだ、この怪物には何をしても敵わないと。


 巨人は周囲を見渡しながら僕らに再度問いかけた。


「探し物してるんだ、嬢ちゃんたち協力してくれないか?」


「な…なにを」


 安藤が勇気を振り絞って質問していた、今にも倒れそうなほど顔面蒼白で小刻みに震えながら立っている。

 当然声も震えていてガチガチと歯の当たる音が聞こえるほど顎が上下していた。




「妖精がいるって聞いたんだけど…知ってるかなぁ嬢ちゃんたち」




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