陰陽師?
「でさ、やっぱり犬にはなれなかったよ」
「まったくわからんわ」
僕は親友の
4月も終わりに入った頃。
今日は例年よりも少しだけ肌寒い、久々に厚手の服装で外に出ている。
衣替え用の棚に封印されていた厚手のインナーは防虫剤の香りが鼻腔ををくすぐるが不思議と癖になる匂いだった。
数週間前におとなしくしていた春風は強く、僕らの背中を押していた。
数日前に清河さんの
もちろん魔法や妖精については話していない。
個人的には話しても良かったのだけれど、清河さんに止められたので仕方ない。
そして顧問や教育者という立場にもなれなかった。
そもそも僕は個人的に魔法や大地の力の習得をしていただけで他人に教えた経験など一度もないのだ。
魔法を使用する際の注意点や修行に対する倫理観なんか皆無だった、長年培われてきたであろう魔法の常識なんかも知らない。むしろ僕が教えてほしいくらいだ。
つまり、僕は魔法の扱いには長けているがその他は未熟なわけだ。
世間一般の魔法使いから見たら僕は魔法を使える野生児だった。
そのことを打ち明けた時、リリアーナさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「それだけ魔法が使えるのであれば当然理解しているはずのなのに…」とお褒めの言葉も頂いた。
結局、体系化されていない魔法は習得するに値しないという結論になったわけだが…
「なんか宙ぶらりんで終わっちゃって…」
「中途半端に終わらせちゃったか」
「面倒になってきちゃって」
「清河さんは?」
「もう好きにしてってさ」
「うわ…絶対嫌われてるやつじゃん」
結局、僕の家族は守ってくれるように尽力してくれるらしい。
らしいと曖昧で終わらせてしまったのは監査が入るからと言われた。
僕の家族が既に何かしらの組織に所属していた場合、ダブルブッキングを避けるために厳密な調査が行われるみたいだ。
結果次第ではU&Aが守ってあげなくもないよ。ということだった。
「まぁ、がんばれよ」
「他人事だなぁ」
「他人だしな」
「違いない」
そんなこんなで僕の
元から成功率は低いと見込んでいたし、
「だからさ、僕は清河さんのパシリになった」
「パシリ?って使いっぱしりのアレ?」
「そう、アレ」
「犬よりひどくね?いや…人間として見られるだけマシか…」
リリアーナさんから妥協案として魔法少女の『従者』にならないかと提案されたのだ。
従者と聞くと手足のように働かされる奴隷のようなイメージがあるが、実態は違う。
現在、魔法使い又は魔法少女となるには道が2つある。
一つは魔法使いの弟子として魔法を学び、独立出世する方法。
これは一般人がゼロから体系的な魔法を学べる一方、師匠から
しかし魔法の習得にはかなりの時間がかかるらしく、人生のほとんどを魔法に費やさなければならず今の時代にはそぐわない生き方だ。
それもそうだろう。基本的に一子相伝だし、親族以外には排他的な制度だ。
年々魔法使い人口は減少の一途を辿っているらしい。
もう一方は魔法少女の従者から魔法使いになる方法だ。
妖精に選ばれた者だけが魔法少女として活動できる。
逆に言えば妖精が居なければ何もできないということだった。
そしてその流れを快く思わない人たちが居たそうだ。
妖精に依存したままでは危険だ!人は人の力で危機に立ち向かうべきだ!という思想が流行していたらしい。
そしてその流れを
魔法少女の力を身近に感じることで妖精から魔法を学ぼうとした歴史がある、従者は魔法少女と共に行動することで魔法を学ぶ。
早い話がスターウ〇ーズのジ〇ダイだ。
しかしこの制度も近年では廃れているらしく、かなり強力な魔法少女でもほとんど従者はいないらしい。
つまり、埃のかぶった古めかしい制度を使って僕に首輪をつけようとしていた。
しかし『従者』という曖昧な立場が待ったをかけてきた。
基本的には魔法少女個人に保護される立場で、組織に所属するかしないかの規定は全くないのだ。
結局、清河さんに守ってもらうことになった。
相変わらず僕の所属は未定、無職のヒモになった気分だ。
「それで…いいのかお前は」
「ん~…今よりはいいかなって」
「清河さんも苦労してんなぁ」
こんなバカげた話を否定せずに受け入れてくれる慎也。
懐の深さを実感すると男の僕でもきゅんときてしまう。
時々彼が人生のヒロインなんじゃないかと思うよ。
グダグダと話していると僕の家の前に着いた。
慎也と別れて帰宅するとスマホに一件のメッセージがポップアップしていた。
清河さんからの連絡だった。
『今すぐ公園来れる?』
かわいらしい犬のスタンプと一緒に送られてくる文字は年頃の女の子っぽさを存分に吐き出している。
前世から換算して50年近く生きている僕にはまぶしすぎるコミュニケーションだった。
これがジェネレーションギャップか…いや違うか。
これから『女子と待ち合わせをする』生まれ変わってからまともに女の子と話したことのない僕にはハードルが高かった。
『なんで?』
無機質に文字だけで返信する。
こんな時に使うスタンプとか持ってないし、何を使えばいいかわからないから。
もっと言うとなんて返事すれば良いかもわからない。
質問に質問で返してしまうという失態に気が付いたのもこの瞬間になってからだった。
『あ、ごめんね…忙しかったかな』
今度は2頭身ほどのぬいぐるみのクマが両手を合わせて謝っているスタンプが送られてきた。
いちいち女子力が高いと感じてしまう、世間一般の女子はみんなこうなのか?
僕が知らないだけか?
『今帰ったとこ』
『そう…』
まるで話題が広がらない。
母親や妹と連絡している内容とまるっきり変わらないじゃないか!
清河さんの送ったメッセージに既読が着いてから数分が経った。
部屋には僕しかいないのに気まずい空気が流れている。
誰か助けて!女子とメッセージで盛り上がる方法教えて!
冷や汗を垂れ流しながら震える手で文字を打つ。
とりあえず返信しなきゃ!
『なにかあった?』
『最近、また放置されてると思って』
『放置?なにを?』
『一週間も連絡してくれないよね…色々教えてくれる約束だったのに…』
『そうだっけ?』
魔法についてなのだが、僕の知識量は清河さんとあまり変わらなかった。
むしろ清河さんの方が知識は豊富だ、僕には経験だけがあってこれといった知識はまるでないのだ。
リリアーナさんからは『これからは二人で協力して学べばいい』的な事を言われたが、そもそも僕が積極的に魔法の知識を学ぶ必要はないし、家族が守られれば怪人退治などしなくてもいいのだ。
一緒に頑張ろうね!とは言われたけど教えるとは言っていないような…
『一緒に頑張ろうねって話じゃなかったっけ?』
『…言ったのに』
う~ん…記憶にない。
『なら今言った事にして、公園集合ね』
『ひええ』
強制だった。
そもそも何をするんだって話しだ。
あの後清河さんはリリアーナさんの教授によって妖精を召喚できるようになっている。
まだまだ拙いところはあるが、地味に練習していけばマスターできるだろう。
ウサミーは感無量といった感じで涙を流しながら喜んでいたらしい。
やっぱりキツかったんだなぁ。
とりあえず家を出て公園を目指す。
こんな寒い日に外で話をしたくないんだけど…。
のろのろと気だる気に歩いていると公園のベンチに腰掛ける制服の清河さんと彼女を取り囲む3人の男子生徒が目に映った。
このまま清河さんに声をかけたら面倒な事になりそうな気がする……。
清河さんと…見知った顔が1人。
名前はあまり覚えていないがクラスメイトだろう、もう2人は僕の知らない人達だ。
4人は
男3人は時折何かを話し合っては清河さんへ提案している様子だった。
話を聞いた清河さんは手や首を横に振っている、勧誘か何かかな?
宗教とかだったら嫌だな…結構繊細な問題だし、完全に引き離そうとしても
そんなことを考えていたら僕のスマホからピコンと通知音が鳴る。
『なにしてるの?早く来てよ』
デフォルメされたウサギのキャラクターが怒った顔で両手をバシバシと机に叩きつけているスタンプが送られてきた、hurry up!と文字が点滅している。
正直、あの集団に飛び込む勇気はない。
可能ならばドタキャンしてすぐに帰りたい。
『ごめん、ちょっと遅れるかも…』
『え?なんで?』
僕は既読スルーして清河さんの様子を見守った。
数分後、清河さんと男子生徒たちの会話に進展があったようだ。
清河さんは重い腰を上げて男たちと立ち話をしていた、清河さんは何度か首を振るが何かあきらめた様子で男たちに付いていった。
公園から見えなくなって数分後、僕は茂みからゆっくりと歩道に出て肩についた葉っぱや膝の雑草を手で払う。
「なんだったんだろうなぁ」
清河さんは男たちに付いていった、僕はそれを隠れながら見送った。
傍から見たらまるでストーカーじゃないか。
でも何もするつもりないし、誰にも見られている自覚はない。
世間一般では女の子が男数人に絡まれていたら助けようとするのが普通の行動なのだろう、ましてや知り合いであればすぐに行動すべきなのだろう。
僕の行動はきっと薄情に映るんだろうなぁ。
でも事情も知らずに首を突っ込むことはしたくないし、明らかにナンパという感じでもなかった。
そもそも清河さんほどの美少女であれば町で何回もナンパされているはずだ、男のあしらい方など僕よりも経験が豊富だろう。
そして僕は人見知りだ、初対面の人たちと上手く立ち回れる気がしない。
結局ナンパにしろそうでないにしろ僕の出る幕ではなかったんだろう。
清河さんを犠牲にして僕の心の平穏は保たれたわけだ、すまんね清河さん。
清河さんが居た公園のベンチに座りスマホでメッセージを送る。
『ごめんいま着いた、清河さんどこ?』
なんて白々しいんだろう。自分で送っていてイラっとする。
もし自分がされたらすごく嫌だな…
こんなことをしてるから友達少ないのか…
そのうち反省しよう。
数分待つ、既読が付かず返事がない。
きっと移動中なのか忙しいんだろうな。
もうちょっとしたら帰ろうかなと思っていたら清河さんから急に着信が来た。
「…もしもし?」
「もしもし…じゃないよ!いまどこ?」
「公園だけど…?」
清河さんは切羽詰まった声色で電話をかけてきた。
何かあったんだろうか?
「ヴィランが出た!早く来て!」
「…え?」
「しかも3人も!ピンチだよ!早く来て!」
3人…もしかしてさっきの人たちって…。
スマホのスピーカーからは清河さんの声の他にドンと響く爆発音やキンキンと金属音が鳴っていた、通話できる余裕あるのか。
「公園近くの廃工場だから!」
ぶつりと通話が切れた。
廃工場の場所知らないんだけど…。
先ほどから耳をすませばドンドンカンカンと騒がしい音が聞こえてくる。
公園で遊んでいる子供や周囲の人たちは全く気にしていないようで、まるで幻聴を聞いているかのような錯覚を覚えた。
「廃工場…どこかわからないけど騒がしい方に行けばいいか」
音の鳴る方へ早歩きで進む。
廃工場らしき建物は公園を出てすぐ近くにあった。
そこは工場というよりもすたれた
大きなシャッターの横に少しだけ開いている鉄扉を進み、倉庫のような場所へと入っていった。
音が大きくなる、この方向で間違っていないようだ。
結界らしき薄い魔力の層を抜けたとき、何かが飛んできた。
「きゃ!」
「うわ!」
飛んできたのはピンクのフリフリ衣装を着た清河さんだった。
僕は体がぶつかる前にさっと横に移動して避ける。
清河さんはゴロゴロと地面を転がり、荷物棚にぶつかっていた。
「いたたた…」
強打した後頭部をさすっている清河さんに声をかける。
「来たよ」
「来たよ、じゃないよ!大変なのわかってる!?」
「そんなこと言われても…なにこれ?ヴィランが出たっていってたけど」
「そのままだよ!いま襲われてるの!」
現状確認を行っていると後ろから声をかけられた。
「弱い…弱い。
「なんだ、訓練よりも楽だな」
「もう帰っていい?」
顔を見る限り公園で清河さんに絡んでいた3人で間違いないようだった。
1人は僕のクラスメート、もう2人は陽気そうな金髪と気だるげな雰囲気をする
そして3人とも統一された
まるで陰陽師じゃないか、なんだって動きにくそうな格好でいるのだろう。
「ん?…お前は…高嶺?」
「あ~…え~っと?」
ごめん、名前覚えてないや。
「安藤だ、覚えてないか?」
「あ~うん、思い出した」
「そうか、あまり話したこと無いからな…それよりもなんでこんなところに?」
なんだか話し辛いなぁ、僕は顔見知りがコスプレ会場にいた時の気まずさを感じていた。
「実は清河さんに呼ばれてきたんだよね」
「清河に?ということは…お前も魔法少女?!」
「ちがうよっ!」
なんてことを言うんだ、一番してほしくなかった誤解だよそれは!
「なんだぁ?知り合いかぁ?」
「めんど…」
金髪と伏目が安藤に話しかける。
いかにも臨戦態勢といった様子で近寄ってきた。
「ああ、クラスメイトだ」
「一般人じゃねーか!いや…ここにいるってことは一般人じゃないのか?」
「早くかえりたい」
3人が僕を見る。
お前は何なんだと警戒しながら観察してきた。
なんて話そうか…いろいろと複雑だからどこから話したもんかと迷ってしまう。
「高嶺くんは私の従者だよ!」
清河さんがぶった切ってきた。
もうちょっとワンクッションあっても良かったんじゃないかな?
従者と聞いた3人は理解しがたい様子で眉をひそめていた。
「従者?一体なんなのだそれは」
「下僕ってことか?」
「奴隷?」
なんだかすごい誤解をされているし、僕の株が急降下している気がする。
反論したいけど人見知りの僕には
「まぁなんでもいい、清河サイドにいるってことは俺らの敵だ…ここで消えてもらうぞ!」
金髪が獰猛な笑みを浮かべている、右手に持っていた札を僕に投げつけた。
厚紙で作られたそれは電気が迸るほどの強烈な魔力を持って強靭な硬度を保っている、真っ直ぐに飛んでくる札を避けられず僕は額で受け止めた。
ぺちり
「え?」
「…え?」
真っ直ぐ飛んできた札は僕の額に当たるとただの紙に戻ってしまった。
角がへなりと曲がって落ちている、あの勢いがあればもっと強い衝撃があるんじゃないの?なんかすごい攻撃っぽい雰囲気だったじゃん!
金髪がびっくりしている。
ちなみに僕もびっくりしてる。
安藤と伏目はポカンと口を開けていた。
清河さんはなんだか安心している様子だった。
なぜだ。
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