召喚獣


 妖精の圧縮。


 僕はウサミーの現状をこんこんと説明した。

 全ては清河さんの羞恥心から来ている行動だった。


「待ってください、違うんです」


 リリアーナさんの鋭い目を向けられた清河さんは焦り始めた。


「これはウサミ―が提案したことなので私は無罪です!」


 必死に自分の無実を証明しようとする清河さん。

 そこまで必死になるってことは罪悪感はあったのか…


「そしてウサミ―も圧縮されてくれました!何か誤解しているのであればウサミ―も同罪です!」

「ッキュ?!」


 思わぬ罪を着せられてウサミ―が目をひん剥いて驚いている。

 そらそうだよね…君は被害者なんだから。


 一連の話の流れを理解したリリアーナさんはため息をついて右手を額に当てる。

 失望というよりも子供のいたずらに頭を抱えている母親のような表情だった。


「桜」


 凛とした声が響く、反論を許さぬような凍てつく声色だった。


「あなたは妖精がどんな存在なのか理解してますか?」

「え~と…」


 妖精とは何か。

 実は僕もよくわかっていない、何となく魔法生物っぽいなとは思ていた。

 前世の記憶から魔法少女には奇抜なマスコットキャラクターがいて当然だと思ていたからだ。

 不思議な生物がいたとしてもここは魔法のある世界だ、いちいち疑問に思っていてもわからないものはわからないのだ。

 なので今まで積極的に知ろうとは思わなかった。

 しかし今の僕はU&Aグループに所属する可能性が高く知らぬ存ぜぬではいられない立場になっている。

 だから、ここで何かわかるなら知っておきたいと思った。


「妖精は…魔法少女のサポートをしてくれる精霊…でしたっけ?」

「では精霊とは?」

「聖霊は…人の潜在意識を集合させた魔力で、実体をつくる?生物だったきがします」

「そうですね、概ねその通りですが…正確には生物ではありません。生物を模していますがウサミ―には細胞やDNAなどの遺伝子も存在していないのです。呼吸や涙など生理現象を引き起こすことはありますが、それは人の潜在意識が引き起こしている魔法なのです」



 人の潜在意識の集合体だったのか…つまり人間の無意識下にはウサミ―みたいなのがいるってこと?

 なんか妖精よりもウサミーを作り出してしまう人間の方が恐ろしく感じた。

 人間は精神的にそこまで追い詰められているのか。

 大丈夫か人間!しっかりしろ!


「とはいえ…痛いものは痛いのです、いくら死なないからと言っても限度がありますよ」

「…ごめんなさい」


 しゅんと下を向き素直に謝る清河さん、ウサミ―もついでに頭を下げている。

 なんだかこういう場面に出くわすと頭を下げていない僕も悪い気がしてくるのは気のせいだろうか。


「ウサミ―も、軽はずみで変な提案をしてはいけませんよ。桜に冗談が通じないことはわかっていたでしょう?」



 やっぱり冗談で提案してたのか、普通に考えて「僕を圧縮すれば簡単に持ち運べるよ」なんて言わないよな。


「え?」

「ッキュ?」


 二人とも顔を見合わせてひそひそと話している。

 今も尚リリアーナさんのお説教は続いているが無視をして話し込んでいた。

 どうやら本気で言ってたみたいですよ。気づいてリリアーナさん!

 人の潜在意識ってこんなにポンコツだったのか…


 そもそも、古今東西の魔法少女をの中でも自らをサポートしてくれる妖精を圧縮しようだなんて考える人はいないはずだ。

 そう考えればウサミーは圧縮経験のある妖精ということになるのだろうか。

 貴重な経験をした妖精として妖精界では有名になれそう。



「とにかく!圧縮は控えるように、あれ思った以上に辛いんですからね」


 リリアーナさんの思わぬ暴露を聞いてウサミーはしばらく荒れた。

 …圧縮されたことあるんだ…。






 数分後、落ち着きを取り戻したウサミーはお役御免ということで清河さんの家へ転送された。


 お役御免というか荒れたウサミーがリリアーナさんにウザ絡みして追い払われたと言った方が正しく聞こえる。


「さて、高嶺快斗かたみねかいと。あなたが同志となった後のことをお話ししたいと思います」


 やっと本題に来た、今後組織からどのような対応をされるかで僕の家族の運命は決まる。

 慎重に考えなければ。


「まず、所属の件ですが…シスターズに入れてしまうと魔法少女として活動してもらわなければなりません」

「それは嫌です」

「そうでしょうね、なので代替案として私直属にしようと思いますがどうでしょうか?」

「リリアーナさん直属?」


 さっき言っていたボディーガードの件だろうか、それとも何か別の秘書的なポジションなのだろうか?


「先ほどのボディーガードとは別に、私の自由に動かせる者たちがいます」

「個人戦力ってやつですか?」

「そうですね、手前味噌ですが皆精鋭です」

「いや…それもちょっと」


 個人戦力の精鋭集団にポッと出の僕が入るなど軋轢あつれきの元にしかならない。

 身を守ってもらいたいのに自ら敵地に乗り込んでいくようなものだ。

 話の流れからしてリリアーナさんに傾倒していそうな人たちが多そうだ。


「皆さん少し堅いですが良い方たちですよ?」

「ますますやっていける気がしません」

「所属すれば特典などもかなりあるのですが…服や美容品が安く買えたり、コンサートチケットが当たりやすくなりますよ」

「今は特権よりも家族の安全が欲しいので」

「…残念です」


 本当に残念そうな顔をしている。

 美人のお姉さんにそんな顔されたら罪悪感でいっぱいになりそうだ。

 僕個人的な感情だけならそこに所属させてもらっても大変問題ないのだけれど…

 家族の安全が人質になっている、ここは心を鬼にして断っておこう。


「では最後に、U&Aグループの特別顧問として雇われてみませんか?」

「顧問?なにも教えられることなんてないですよ」

快斗かいとさんは桜に魔法を教えてくだされば顧問として登用できます、その他特別な任務や私の命令に従う義務はありません」


 お?と思う。

 一見良い条件のように思えるが、『義務』という言葉を聞いて疑問が出てきた。

 義務がないということは権利もないという裏返しでもある。

 楽な立場ほど足元が揺らぎやすい、簡単にクビを切られても文句すら言えない立場なのだろうか。


「義務がないということは…家族の安全は守れませんか?」

「いえ、特別顧問は家族も安全が確保されます。ただ専任期間を設けてますので、任期が切れると再契約の必要が出てきます」

「再契約…ちなみに任期はどのくらいですか?」

「最長で5年、再契約は固定で3年なので計8年ですね」


 8年もあれば十分だ。

 僕は23歳だし妹は21歳だ。

 それまでに僕が入りたい組織を見つけて就活すればどうにかなるはずだ。


「ただ再契約時には審査があります、快斗かいとさんには5年後に成果報告をしてもらう必要がありますし、契約続行の妥当性を自ら示さねばなりません。おそらく桜の魔法教育だけでは難しいでしょう…何か他の活動をして具体的な数字に表せる成果が必要です。おそらく、いばらの道になりますよ」


 う~ん

 いいと思ったけどなんだか面倒くさそうだ。

 早速僕の心が折れた。


「そもそも契約って言ってますけど、僕未成年なのですが大丈夫なんですか?」

「意識薄弱でなければ未成年でもOKです、代理人はこちらで用意します」


 未成年を盾にして契約を有耶無耶うやむやにすることも難しいみたいだ、というか相手側が代理人を用意するって拒否権など実質皆無なのでは?


「どうしますか?私としては直属になってくれると嬉しいのですが…」


 魔法少女(男)か、いじめられそうな直属部隊か、成果に追われる特別顧問か。


 隣に座っている清河さんは興味なさ気にスマホをポチポチしたりあくびを繰り返していた。


 この野郎、自分に関係無いからって無関心すぎるだろ。

 そもそも君たちが家の前でどんちゃん騒がなければ平穏な生活が送れたというのに…。


 本音を言えば全部嫌だ、だがこれ以上に選択肢は無い……本当に無いのだろうか?

 何か見落としてないか?

 義務は無いが家族を守ってもらえて、ルッキズムに左右されないような立場が…。

 いや…やっぱり無いか…そんな都合のいいポジションは。

 今の自分の立場を考えろ、ここで何も選ばなかったら僕は何も守れない。

 現状はきっと清河さん家のペットにも劣るほどなのだ、飼ってるか知らんけどな!


 ………ペット?


「あ」

「どうかしましたか?」


 リリアーナさんがキョトンと首を傾げている。


「……召喚獣」

「へ?」


 そうだ!召喚獣ペットがあるじゃないか!

 魔法少女の強力なサポーター、時に犬猫や鳥だったりする便利動物だ。

 彼らは日常に溶け込んでいて見た目は普通の動物と変わらない、だが魔法少女の大切なパートナーで家族同然として扱われる。

 家族同然ということは守ってもらえて当然なのだ。

 無論、犬畜生なので義務などない。

 考えれば考えるほどナイスアイデアだと思ってきた。


「僕は…清河さんの召喚獣ペットになります」

「…え?……え?」

「私の?!え?なんで?」


 清河さんが混乱している。

 リリアーナさんは理解できないという顔だ。

 そんな混乱している2人を尻目に僕の考えを口にする。


「僕は義務とか命令とか大嫌いなんですよ、でも家族は守ってもらいたい。そんな都合の良いポジションなんて無いと思ってました」


 リリアーナさんは未だに頭上のクエッションマークが消えない。

 まるで再起動中のパソコンみたいに目がぐるぐるとしている。


「でも考えたんです、義務を果たしたくないなら既に義務を果たしてる人から守ってもらえればいいじゃないか!…と」

「どういうことですか?!全く理解できないのですが!」


 再起動から立ち直ったリリアーナさんが声を上げる。

 清河さんはポカンとしたまま口が閉まらなくなっていた。


「だから僕は清河さんの召喚獣ペットになって守ってもらおうと考えたのです!」

「ええええ!」


 清河さんがドン引きしていた。


「いやいや、あのですね…いままで人間を召喚獣ペットにした魔法少女なんて前例がないのですよ?」


 リリアーナさんが必死になて僕の決断を食い止めようとしてくる、なんだかかわいそうなものでも見ているような態度をされているが僕の決意はそんなものでは揺らがない。


「妖精を圧縮するような鬼畜ですよ?人間の召喚獣ペットなんてかすんでしまいますよ」

「鬼畜言うな、同意の上です!」

「いやいやいや!そうではなくて…え~と、年頃の男女がペットの関係だなんて外聞が悪すぎます!」

「僕は外聞なんて気にしません!」

「私が気にするの!」


 清河さんが強く否定してくる。

 僕も『同じクラスの美少女のペットになりました』なんて家族に報告できないけれど

 ……いや、案外平気かもしれない。

 お父さんは女子高生にいくら払えばペットにしてくれるのかと聞いてきそうだ。

 そういえば叔父さんもこういうシチュエーションが好きだったはずだ、やはり父方の血は争えないな…

 ちなみに僕も大好物だ。


 とんでもないセクハラ野郎に成り下がっている気がするが、持論を推し進める。


「清河さんもよく考えてみなよ、もし僕が召喚獣ペットになったとしても一緒に暮らすわけじゃないんだよ?なんのデメリットもなくない?」

「えぇ…でも…」

「ただ家族の一員として迎え入れてくれるだけでいいんだ!」

「もっとヤダよそんなの!」


 なかなか強情である…

 僕が責めあぐねているとリリアーナさんから思わぬ提案が飛び出した。


「あ…それなら私の召喚獣ペットではどうでしょうか?」


 リリアーナさんの召喚獣ペットかぁ…一瞬それもいいなと思ったけれど、僕の理性が保てそうにない。


「ちょっと色々危ないので遠慮します」

「う~ん…ちょっと残念です」

「それに引き換え清河さんはこんなだから安心できるんですよ」

「こんなって何?!」


 日頃の行いからわからないかなぁ?

 清河さんの質問はスルーした。


「まぁ、いろいろ大変だと思うけどよろしくねご主人様!」


「絶対ヤダ!」


 僕の召喚獣ペット計画はまだ少し遠いようだ。

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