僕の就活


 案の定、次の日は寝坊した。

 その日から清河さんすっかりクラスに馴染んでいた、元々根の明るい美少女なのだ溶け込めない理由は無かった。


 一方僕は相変わらず友達が少ない、入学して2週間でやっと隣席の佐々木くんと話すようになったくらいだ。


 今日も授業を終えたらすぐに帰宅の準備をする、高校生になったらもっと簡単に友達が増えると思っていたけどそんな事なかったなぁ…。



 文房具を鞄にしまっていると佐々木くんが声をかけてきた。


「高嶺くん、そろそろ部活決めた?」

「え?……なにそれ?」

「この前言われてたじゃん、新入生はとりあえずどこかの部活に入るようにって」

「そうだっけ?」


 そんな事あったかな…あった気がする。


「期限が来週末だからそろそろ決めないと」

「帰宅部でいいや」

「ウチ帰宅部ないよ」

「え?マジか」


 全校生徒は何かしらの部活に入らないといけないらしい、帰宅部というのは正式的には無いが暇な文化部はほぼ活動が無く実質帰宅部のような扱いをされているようだった。


「佐々木くん、暇そうな文化部知らない?」

「文学部が暇だったみたいだけど、今年から新任の顧問が入って色々と忙しくなるらしいよ」

「ええ…じゃあどこが狙い目なの?」

「う〜ん…情報研究部とか?」

「あ…聞いたことある、モールス信号習得必須のところでしょ?」

「電気回路部とバトってるらしいよ」

「そんな尖った部活あるの?」

「あとはうなぎ部とか」

「うなぎ部?!」

「あの……ちょっと良いかな?」



 気になるワードが出てきたところで清河さんが話しかけてきた。

 うなぎ部ってなんだ?鰻食べれるのかな?捌くのか獲るのか…ちょっと見学行こうかな。


「ん?どうかした?」

「高嶺君に話があって…ちょっと借りて良いかな?」

「いいよ、もう帰る所だし持って行きなよ」


 僕は何も言ってないんだけど…。

 何故か物扱いされている気がする。

 佐々木君と清河さんは勝手に話を進めていた。



「ごめんね…じゃあ高嶺君、ちょっと行こうか」

「…ん?どこに?」

「公園まで…ウサミーも出したいし」



 清河さんが小声で耳打ちしてきた。

 ウサミーということは魔法少女関係か…。

 やっぱり毎日持って来てるのかな、ウサミーも圧縮されているのだろうか。

 大変だなぁウサミー…。



「じゃあね佐々木君、また明日」

「バイバイ、明日休みだけど」

「え?そうだっけ?」

「祝日だよ、また会うのは来週になるね」



 そういえば明日祝日だった。

 最近ぼーっとしていることが増えたせいか全然気が付かなかった。

 3連休なんて普段なら絶対に忘れないのに…ここのところ色々ありすぎたからなぁ…。




 清河さんと例の公園へやってきた。

 前回と同じベンチに座りウサミーを取り出した。

 シュゥウウ!という音で復活したウサミー。

 相変わらず1人では圧縮袋から出られないようで、頭を鷲掴みにされて放り出されていた。


「ふぅ……外の空気はうまいッキュ」


 それ毎回言わなきゃダメなの?


「カイト、久しぶりだッキュ」

「そんなに前だったっけ?」

「もう2週間近く会ってないッキュ」

「あーそうか」


 このベンチも入学初日以来だった。

 この2週間、ドーゲンさんから貰った資料を片っ端から調べていた。

 資料の内容とネットや新聞に載っている内容に差異はないか、資料だけでは情報が偏ってしまうと思ったからだ。


 そのおかげで『U&Aシスターズ』『創輝重工』『東林会』の一般的に知られている内容は網羅出来たと思ってる。

 その他零細企業についても大まかに理解はしていた。


 ドーゲンさんの言う通り、3つの組織はお互いに対抗意識が見てとれた。

 そして僕はどこの組織にも所属したいというメリットを見つけられずにいた。


「あの日から全然話しかけてこないから嫌われたのかと思ったよ」


 清河さんは不安な顔で打ち明ける、そんなに話して無かったっけ?

 友達が増えていく彼女を横目で見て僕も話していた気になっていたのかも。


「あぁ、ごめんねちょっと考え事してて」

「何か悩み事でもあるの?」

「悩み事…う〜ん、悩み事だなぁ、実はあの日の夜にドーゲンさんに会ってさ」

「ドーゲンさん?」

「サメ顔の人、清河さんと戦ってたよね」

「ヴィランに会ったの?!」


 ドーゲンは清河さん達にはヴィランと呼ばれていた、悪役という意味で使われている言葉だが清河さんはドーゲンさんの何を悪と思ったのだろうか。


「話してみると案外悪い人では無さそうだったよ」

「そんなことないッキュ!アレは悪の手先だッキュ」

「そうだよ!高嶺君が襲われ……襲われても無事かもしれないけど危険だよ!」


 悪の手先、危険だ、と言われても実際話してみると気持ちの良い性格をしていた。

 菓子折り持ってきてくれたし考えすぎなんじゃない?


「そうなの?菓子折り持って謝罪に来たよ?」

「菓子折り…?」

「サバ缶だったけどまだ余ってるよ…いる?」

「え?いらない」

「ヴィランが謝罪…そんなこと今まで一度もないッキュ!」

「ドーゲンさん…係長って言ってたし社会的な常識はあるんじゃない?」

「係長?!」

「だから強かったのかッキュ…」


 え?係長だと何かあるの?

 僕が知る範囲だとそんなに高い地位ではないと思うけど…?


「ヴィランの係長は新人魔法少女の登竜門と言われてるッキュ…強いのは当たり前だったッキュ!」

「まだ半月しか経ってない私が勝てるわけないよね…」


 そんな通例があるのか…。

 そういえばドーゲンさんは自分から戦闘をしたわけではないと言っていた、なら戦闘を仕掛けたのは清河さん?


「そんな人に仕掛けたの?君たち」

「だって知らなかったし」

「サーチアンドデストロイッキュ!」

「通り魔ぁ……」



 手当たり次第で仕掛けていたらしい。

 GGCよりよほど悪の組織っぽいぞ!魔法少女!

 そもそもどうやってヴィランを探し当てているのだろうかと思ったら…出会い頭に特攻してたのか…。



「そんなことしてたから返り討ちにされてるんじゃない?」

「そこは技術でカバーッキュ」

「技術なんてないよね?」


 一般人の僕に魔法の教えを請うくらいなのだから。

 ついでに経験も無いよね?

 着の身着の儘きのみきのまま喧嘩を売っても勝てないことなんてわかるだろうに。

 やっぱり元凶はこいつウサミーか。



「ウサミーを責めないであげて、早く強くなりたいと言ったのは私なの…だから…」

「それにしたって無鉄砲すぎない?最低限のことすら教えてもらってないんじゃない?」

「結界の張り方と必殺技は教えてもらったよ、あとは適当にガチャガチャしてれば勝てるって」



 ガチャガチャって…格ゲーじゃないんだから。



「やっぱり最初から誰かに教わってた方が良かったんじゃない?それともいないの?そういう人」

「誤解しないでほしいッキュ!指導者的人材がいない訳じゃないッキュ、ただ…」


 ウサミーは口ごもりながら話を続ける、後ろ暗い感情が見てとれた。


「ただ…その人は隣町にいるし、セクハラパワハラのクソジジイだッキュ!サクラみたいな子がノコノコと出て行ったら絶対にセクハラされてしまうッキュ!」


 なかなかコメントし辛い理由だった。


「なら違う地域に行けば…」

「一番近くて2県も離れてるッキュ!そんな所にサクラを連れて行かないッキュ!」

「じゃあその人降ろさせて違う人に教えてもらえば…?」

「実績と経験のある人を降格させるのは相当な理由がないと難しいッキュ!」

「えええ…セクハラパワハラは相当な理由だと思うけど」

「その指導者のせいで隣町の魔法少女の離職率は30%を超えるッキュ」

「もうクビにしろよ」


 4人に1人以上はそいつのせいで辞めてる事になる、もう降格どころか立派な免職案件だ。


「それに実戦経験を積ませるために人間世界の方法を採用したッキュ!」



 方法も何も一張羅で突貫してるだけだよね?



「OGBって知ってるッキュ?」

「…オージービーフ?」


 オーストラリア産の牛肉を採用したんだろうか?

 放牧の実戦経験でも積ませる気だろうか、魔法少女の前は農法少女だったのか清河さん。


「違うッキュ!働きながら実戦で学ぶって意味のいい感じの三文字ッキュ!」

「…もしかしてOJT?」

「そう!それッキュ!」


 On The Job Training 昨今の意識高い系の大学生が無限リピートしている言葉をここで使うとは思わなかった。


「人間はOJTをして即戦力を育てていると聞いたことがあるッキュ!」


 主語でかいなぁ…

 そもそもOJTって指導担当みたいな人がいないと成り立たない教育方法だよね?


「それも指導者いないと意味ないから、ずぶの素人を何の教育もせずに現場に放り出してるだけだから」

「そんなわけで、カイトに教えてほしいッキュ」


 なんだかんだと遠回りしたが、結局僕に矛先が向いているわけだ。

 教えてほしいといわれてもなぁ…


「そこで僕の悩みに繋がるんだけど…」


 僕はドーゲンさんに会った日のことを伝えた。

 GGCのこと、対抗企業のこと、このままでは僕の家族が危機にさらされてしまう可能性が高いこと。

 いろいろ理由はあるが、結局僕が一番悩んでいるのはどこの組織にも魅力を感じないということだ。


「清河さんはU&Aシスターズに所属しているんでしょう?どうなの?」

「う~ん…私も最近入ったばかりだから…」

「うちの企業は有象無象がいっぱいッキュ」


 自分の組織を有象無象というのはどうなんだろうか。


「簡単に言えば『かわいい女の子至上主義』ッキュ!カイトが入るメリットがあまりないッキュ!」

「…そうだよなぁ」


 U&Aグループはアパレル系が主体の企業集団だ。

 モデル・芸能人を多く輩出する事務所とも深くつながっているらしい。

 外国の有名モデルやハリウッド女優も息がかかった人がいるみたいだ。

 よく言えば華やか、悪く言えば外見至上主義。


 僕みたいな一般人は人権が無く、馬車馬のごとく使いつぶされてまともな福利厚生も受けられないまま過労で入院するか墓に入るらしい。

 それでも有名人と仕事がしたいという理由で入社希望者が後を絶たない企業。


「メリットがないというよりも、入ったところで意味がないというか…」

「ウチは美しくないものには厳しいッキュ!でも組織に入れば家族を守ってくれるはずッキュ」

「だよなぁ…」

「…そうだったの?!」



 清河さんはあまり自覚が無いようだった。

 外見が優れている人からしたら普通の良い企業って感じなんだろうか。



「U&Aグループでもシスターズは新参ッキュ、外見至上主義は無いわけではない…からカイトがシスターズに入ってもあまり問題はないと思うッキュ!」

「そうだよね…今は男の子も魔法少女になれる時代だから」

「そうなの?!」



 それは知らなかった!

 魔法少女(男)も存在してたなんて!

 少女の定義がぶっ壊れてないか?

 自己紹介する時はどうするんだろうか…「魔法少女です」と真顔で言うのか…男が…



「だから不安なんだ、このまま清河さんに魔法を教えるとして…なし崩し的にU&Aシスターズに所属する事になったら、僕はどうなってしまうのか…」

「…そうだね…」

「待遇が最悪だったら途中で抜けることも考えたけど…家族のことを考えたらなかなか難しくて」


 一度どこかに所属してしまうと、敵対組織への編入は難しい。

 きっとどこの業界でも同じなのだろう。


「それなら一度、リリアーナ様に直接聞けば良いッキュ!それでも嫌ならまた考えればいいッキュ!」

「リリアーナ様?」


 誰のことだろう、この1週間色々と調べてきたけどそんな名前の人に心当たりは無い。


「U&A創始者で妖精の女王様ッキュ!ウサミー達のお母さんッキュ!」

「妖精の女王…」


 でっかいウサミーみたいなのがいるのだろうか…。

 ちょっと見てみたいかも。

 圧縮できるのかな?


「ちょっと待っててほしいッキュ!」


 ウサミーは宙に飛んでどこかへ消えた。

 創始者…そんなフランクに話が通るものだろうか。

 一気に手持ち無沙汰感が出て、僕と清河さんは沈黙してしまう。

 2人だけだと何話して良いかわからないよね…。


 1分もしない内にウサミーが地面からニュルっと出てきた。


「うわぁ!」「ひぃ!」


 出てくる時に引き伸ばされた顔がブルブルと震えていた。地面の抵抗が強いせいかなかなか抜け出せないでいる。


 バルンバルン!とムチのようにしなっている。

「うおおぉぉぉ」という小さいうめき声も聞こえる。

 急激なホラー展開で僕と清河さんは腰を抜かしていた。


「ふぅ…ちょっと話してきたッキュ!」



 地面から出てきたウサミーは汗を拭う仕草をしてから報告してくれた。



「リリアーナ様は先程ヨガを終えたばかりだッキュ、少し時間を置いてから転移してくれる事になったッキュ!」


 ヨガ…?

 何か儀式でもしていたのだろうか。

 それにしても転移って…妖精の女王はすごいんだなぁ。


「カイトの話をしたらとても興味を持ってくれたッキュ!きっと良いように扱ってくれるッキュ!」

「こんな短い間にそこまで話が進んでたの?」

「ウサミーの記憶をリリアーナ様に後ろからぶち込んだッキュ!」


 うわぁ…えぐい事するなぁ。

 ヨガで気持ちを整えていた女王様にいきなり記憶をぶち込むなんて…。

 ほぼ闇討ちじゃないか。



 そんな話を聞いていると、ベンチの近くで魔力の高まりを感じた。

 そして光が滲み出て円形の魔法陣が現れた。


「これに乗るッキュ!」


 これ大丈夫なの?

 急に話が進み過ぎて思考が追いついていない。

 僕らはおずおずと近づき、魔法陣に乗る。


 急に視界が開けたような感覚が襲ってきた。

 眩しい光を感じて目を閉じる。


 変化は一瞬だった…。

 いつの間にか僕と清河さん、ウサミーはどこか広い部屋の一室に招かれていた。

 …あ、靴も脱げてる。



 そして目の前に現れたのは瑞々みずみずしく輝く長い金髪の女性だった。

 長くすらりとした体躯は高く、僕らをも見下ろす目付きはタレ目で優しい印象を受ける。

 ゆったりとした白いワンピースを着ているが、身体のラインがわかるほどプロポーションは完璧だった。

 ほのかに甘い香りを漂わせている女性は僕を見ると小さく頭を下げる。


「はじめまして、君が高嶺快斗たかみねかいと君ね」



 不思議と凛とするよく響く声だった。

 言葉に乗せた感情は慈愛に満ちているようで、いつまでも聞いていたいと思えるほどに心地よかった。


 これほどまでの美人にあったことのない僕はたじたじしながら彼女へ返事をする。


「は、はじめまして…高嶺快斗です」


「うふふ…そう緊張しなくてもいいのよ、私はリリアーナ。女王なんて呼ばれていますが、ただの女の子として見てくださいね」


 そんなこと言われても…

 美人にドキドキしてしまうのは男のさがというもので…ちょっと際どい格好をしているせいか、目のやり場に困っている。


「ウサミーの記憶を見ました、桜を助けてくれたみたいですね…お礼申し上げます」


「あ…いえ、アレは助けたとかでは…」


 むしろ助けたのはドーゲンさんの方では?と思うが、この人の前では些細な事だった。



「我が子たちのご迷惑にも嫌がらず応えてくれているようですね…大変ありがたく思います」


「あ…えーっと……はい」



 ごめんなさい、めっちゃ嫌がってます。

 なんなら嘘ついちゃってます。


「あらあらあら…魔術の師と言うからもっとお年を召している方かと思っていましたが、随分とお若いのね」


 楽しそうにクスリと笑う、そんな仕草も絵になっていてまるで絵画の美女と話している気分だった。


「………」


 ダメだ、照れてしまって言葉が出ない。


 そんな僕を見かねた清河さんは右肘で脇腹をこづいてきた。

 ハッと姿勢を正す、この空間にいたらダメになってしまいそうだ……色々と。


「からかい過ぎたかしら?ごめんなさいね、人と話すのは楽しくて…」

「リリアーナ様…本題を…」


 清河さんはリリアーナさんを嗜める。

 ちょうどいいタイミングで入ってくれた。

 これ以上彼女のペースに乗せられていたら腰砕けになってたかもしれない。


「では……高嶺快斗」

「はい」


 彼女は僕を真正面から見つめる。

 凛と響く声は身体をすり抜けて魂を整える。


「桜の師となるのであれば、魔法の実力を見せて頂けますか?」

「僕は何をすれば?」

「魔力を纏うだけで良いのです、魔法の実力は基礎に収束します。いつものようにお願いします」


 ゆっくりと魔力を身体に巡らせる。

 いつものように、自然体だ。

 彼女はじっと見つめてくる、視線のブレが全くない。目線で穴が開きそうだ。


「……美しい」


 僕が思っていたのとは大分違う評価をされた。


「水面のように揺らぎなく、大地のように力強い…そして無駄のない巡り。師としては充分すぎるほどでしょう」

「…ありがとうございます」

「桜の指導が終わったら、私の護衛になりません?」


 私の護衛…?

 ボディガードってこと?

 誰から狙われてるかわからないのに?

 そもそも高校生だし就職にはまだ早いよね。


「まだ学生の身分なので…」

「ふふふ…お待ちしてますね」


 彼女は満面の笑みで返してくれた。

 これは色々と期待してしまいそうだった。


「貴方がどんな指導で桜を成長させるのか楽しみです」

「まずは…ウサミーを圧縮から助けてあげようと思います」


 毎回圧縮されるのは辛いもんな…見てるこっちが辛い……。


「…圧縮?」



 おっと……初めから説明しなきゃ。


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