機工少女


「ギュハハハ!!ご在宅であるか一般人よ!」


 その言い方だとここら辺の住人全員出てきちゃうよ、一般人しか住んでないよここ。


「話がしたい!先日の件の謝罪も兼ねて菓子折りを持ってきたのだ!」


 相変わらずの大音量で僕を起こしに来た。

 謝罪がしたい?それなら昼間に来てくれよ。


 のっそりとベッドから出てカーテンを開ける。

 道路には仁王立ちしたサメ男がこちらに顔を向けていた。



「おぉ!やはり起きていたか!下に降りてきてはくれんか」

「あのー、もうちょっと声を抑えて頂けると……近所迷惑なんで」

「なに!気にすることはない!先日同様結界を張っておるのでな!お主以外は気付かん」



 そういえば昨日もあんなに声を出していたのに妹や両親は気づいていなかった、そんな便利な結界あるか?

 いや、僕に効果がなかっただけか…。

 とりあえず2階から会話するのも面倒なので玄関へ降りてサメ男に会いに行く。


 外は少し肌寒く、鋭く輝く満月が夜空を照らしていた。


 サメ男は相変わらず上半身は何も着ていない、この季節に半裸はどうなのだろうか。

 サメ男の隣には青白く光る小さなキューブが浮いている、アレが結界を出しているのか…?


「先日は夜分に失礼した、襲いかかってしまったことも申し訳なかった。これは気持ちであるが受け取ってもらえないか」


「あ、どうも」


 サメ男は高級そうな紙袋を手渡してきた。

 ずっしりと重みを感じる、中身は何が入っているのだろうか。


「サバ缶である!」


「サバ缶かぁ…」


 正直いらねぇ…

 でも謝罪と菓子折りを持ってくるとは…どこかの魔法少女よりは常識的だと思った。

 時間帯さえ考えてくれればもっとよかったけど。



「謝罪は受け入れます、とりあえず今日は何の用ですか?」

「うむ!先日は魔法少女がいたからあまり気にならなかったが、我々の組織がお主の異常性に目をつけているのだ」

「異常性って…」



 サメ男にパンチしたのはそんなに異常か?

 いや、でも組織と言っていた。

 彼は何かしらの組織に所属しているのか…というか目の前のこいつは誰だ?


「その話をする前にお互い自己紹介をしよう!我は『ガランGゴールソンGカンパニーC』所属のドーゲンである!役職は係長、趣味は釣りと筋トレである!」


「どうも…高嶺快斗かたみねかいとです。高校一年生です。趣味は…ゲームです」


 お見合いか!

 サメ男もといドーゲンはうんうんと満足そうにうなずいている。

 それにしても聞いたことない企業だなぁ。

 しかも係長とは…部下がいる立場なのに女の子襲ってたのか…。


「む?その顔はなにか誤解しているようだが、我は好き好んで魔法少女を襲うような野蛮なことはしない、ヴィランなどと呼ばれてはいるがな」


 そんなこと言われても…見た目がすでに野蛮ですし。


『まあ、今更羽虫1匹増えたところで構わん!一般人よ、すまんが我を見たからには規定により消えてもらうぞ!ついでに貴様もここで終わりにしてくれる!』


 僕は昨日のサメ男のセリフを思い出していた…野蛮なことはしない?

 野蛮どころか確実に殺そうとしてたよね?


「消えてもらうぞ!とか言ってましたよね?」


「ん?そうか?まぁ良いではないか、勢いでなにか言ってしまったかもしれんが気にするな、あの時は少女の方から襲ってきたのだ」


 思いっきりしらばっくれるつもりだった。

 まぁ勢いで嘘ついちゃうこともあるしね…清河さんに嘘ついた僕には責められないか。


「それよりも高嶺殿、続きを話してもよろしいか?」


「僕が異常って話ですか?」


 こんなサメ顔の男に異常だと言われて気にしない人はいないと思う。

 どこかの無自覚系主人公なら喜びそうなシチュエーションだが、僕にそんな趣味はない。

 しかも組織…おそらくドーゲンの会社から目をつけられていることになる。

 組織的に狙われるとしたら、僕はなすがまま何もできずに殺されてしまうのだろう。

 ただの高校生が社会に勝てる道理はないのだ。


「まず誤解を解いておきたい、我々は魔法少女の言うような悪の組織ではないのだ」

「誤解というか…何も知らないですけど」

「む?そうか?あの少女と同じクラスなのだろう?」

「なんで知ってるんですか?」

「ある程度はこちらでも調べさせてもらった、悪い気がしたなら謝ろう。こちらも仕事なのだ」



 高校生のプライベートを詮索する仕事とは一体…



「高嶺殿のことも調べさせてもらった、特に目立った特徴もない一般人ということ以外何もなかった」



 それはそうだろう、僕の両親も妹も何か特徴のある組織に属していたりはしていない、僕は地で一般人を生きている。


「だからこそ異常なのだ、魔術師の家系でも古家の陰陽師でもない、ただの一般人が魔力を認識し攻撃する。これが異常でなくて何というのだ」


「…そう、ですね」


 何も言い返せなかった、ドーゲンは昨日から客観的に僕の分析をしていたのだろう。


「ただそんな人間は過去にもいないわけではなかった、自然発生的に魔力を扱う人間は昔からいたのだ。『神子かみご』『忌子いみご』など様々な呼び名があれど認知はされていた」


「ならそんなに注目されるほどのことでは無いんじゃ…?」


「その者の多くは魔力をコントロールを知らぬがゆえに、に使用したりはできんのだ。ましてや攻撃手段に使うなど聞いたことがない」


 昨日のパンチに魔力を乗せていたことは気付かれていた。

 普通気付くか、結構な距離飛ばしちゃったしな…


「昨日の件は我の上司に報告した、近いうちにスカウトが現れるだろう」


「それは普通に断ればいいだけでは?」


「う、う~む…それはそうなのだが、そこが懸念事項でもあるのだ」


「普通には断れないと?」


「我が言うのもアレなのだが…G  G  Cガラン・ゴールソン・カンパニーはしつこいというか…手段を選ばない組織でな」


 あぁ…言いたいことは何となくわかってしまった。

 立派な悪の組織じゃないか!


「つまり、拒否したら脅迫や誘拐なんて行動に出てくるの?」


「矛先がお主にだけ向けられるのであれば我も警告はしなかったのだが、高嶺殿のご両親や妹君に危険が及ぶ可能性が高いのだ」


 僕は見捨てるつもりだったのかよ。


「ていうかその組織の係長なのに警告しに来てよかったの?」


「我も人の子である、無関係な人を傷つけている会社の方針には納得しかねているが穏便な解決策があれば我も気持ちよく働けるというものだ」


 サメの顔して人の子…?改造でもされたのだろうか。

 凶悪な見た目をしてながらかなり人道的な思考をしていた。

 これが係長の器か…


「で、その解決策とは…?」


「GGCに入れないのであれば対抗組織に所属し保護してもらうしかあるまい、と考えて資料をいくつか用意したのである」


 サメ男は数冊の紙束を取り出して僕に渡してきた。

 …ヌメっとしてるし生臭い。

 まあにおいは後で取れるからいいか。

 僕は資料にさっと目を通す、大事なところや知っていてほしいことはフォントを太字にしたり色を変えたりとかなり見やすい資料にまとまっていた。

 流し読みでも重要なところはしっかり抑えられてそうだ。

 丁寧な仕事してるなぁ…


「我らが対抗している組織は主に3つ『U&Aシスターズ』『創輝そうき重工株式会社』『宗教法人 東林とうりん会』である」


「創輝重工は聞いたことがある、最近海外展開してるよね…あんな有名企業ともやりあってたの?」


 自動車から工業機械までなんでもござれの大企業…つまり財閥だったはずだ。

 ここの社員になれたら一生安泰とも。入社難易度No1で有名だったりする。


「負け越してばかりではあるがな」


 サメ男は気にした様子もなくギュハハハと笑っている。



「そもそも組織の規模が違うのだ、本気で潰されたら2日と持たんだろうよ」

「そんなの相手によく持ちこたえられてるな」

「それは他の組織のお陰でもあるのだ、この3組織は規模の大きさが故にお互いにいがみ合っているようでな…我らのような弱小組織でも本腰を入れて動くと背後から撃たれかねんのだ」



「つまりけん制し合ってるってこと?」

「そういうことである!ちなみに昨日の魔法少女は『U&Aシスターズ』所属であるぞ」

「そんなことまで調べてあるのか」

「見た目で一発である!あんな動きにくそうな格好で妖精を連れているのはあの企業しかないのでな」


 ギュハハハと高らかに笑うサメ男、清河さんってもう就職してたのか?

 でも高校生だよな…?どういうことだ?



「ちなみに東林会っていうのは?」

「そこは古く陰陽師の家系が継いでいる宗教法人である!我らのような怪人は昔からいるのでな、討伐対象である!」

「陰陽師…まだいるんだ」




 世間は不思議なものでいっぱいなんだなぁ…

 僕は今まで魔法少女くらいしかいないと思っていたけど、陰陽師も居たなんて。

 自分から見た世界なんてちっぽけだったんだな。


 自分の思考の小ささを痛感していると上からいきなり声がした。


「ヴィラン発見…駆逐します」


 上から光線が飛来した。

 うぉ!あぶねぇ!

 咄嗟に避ける、ビシッと地面に何かが弾けた音がした。


 ドーゲンさんも驚いたようで丸い目をさらにパチクリさせていた。


「何事であるか!」


 僕らは光線の来た方向へ顔を向ける。

 電柱の上には月明かりに照らされた小さな女の子が立っていた。

 小学5〜6年生くらいだろうか、無表情でこちらを見下ろしている。

 いつからそんな高い所に登ってたんだ…


「報告では1人と聞いた、でも2人いる……なんで?」


 少女は首を傾げて僕らに聞いてきた。

 報告と言われても…僕は誰に報告した覚えもないぞ…。

 返事をしようと口を開くと、少女の後ろから淡い光を放つ銀色の球体が現れた。


 パシュっと音を立てて少女の周りを飛んでいる、ウサミーのようにふよふよ浮いているわけではなく、鋭角な軌道を描いて重力に逆らっている印象を受けた。


『報告内容確認:怪人型ヴィラン1名「ドーゲン」の討伐』


 銀色の球体が機械音声で話し出した。



「だからあの人はだれ?」



 少女は僕を指差して球体に声をかけている。



『データ検索:該当なし。住民票データ照合……高嶺快斗15歳特定の所属なし、一般人男性』

「一般人がいるって聞いてないよ」

『ガイドライン提示:ヴィラン「ドーゲン」の討伐を優先、一般人男性は捕獲後記憶処理』

「うん、じゃあそれでいこう」


 電柱の上の少女はスタっと地面に降りてきた、降りてくるなら最初から上る必要なかったのでは?

 少女は僕に銃のようなものを向けている。


「ごめんねお兄さん、ちょっと痛いけどすぐに終わるから」


 ぴかっと銃口の先が光る、どうやら僕を打ち抜くつもりのようだ。

 痛いのは嫌なので当然避けた。


「え?あれ?…」


 少女は引き金を何度も引いて僕に何かを当てようとしてくる。

 銃や弓のように真っ直ぐな弾道は指先と銃口の向きに気を付けていれば意外と避けやすい。

 当然避ける、忍者のようにヒョイヒョイと身軽に避ける。

 痛いのは勘弁でござる。



「あたらない…え?なんで?」



 少女が戸惑っていると機械の球体が分析をかけてきた。


『考察:銃口と指先の動きで回避されている可能性あり』


 僕は肉体を魔力で強化して大地の力で空気抵抗を極力まで排除している。

 加えて古武術で習得した足さばきで少女の目線を錯乱する。

 意図的に遠近感を狂わせる歩法を用いて予想を難しくしている。

 少女から見たら僕は手足や頭がぶれている不思議人間に見えるだろう。



「ふはははは!当たらなければどうということはない!」


「ひいぃ…っ!一般人の動きじゃないよぉ!」

『提案:当該一般人を一時的にヴィランに認定』



 少女がまるでお化けでも見たかのような顔をしている、ひどいじゃないか。

 襲ってきたのは君の方だろ?


 先ほどから何度も連射されている、ワンショットから三点バースト、フルオートまですべて打たれたがかすりもしていない。

 足、手、首、眉間など様々な場所を狙っていたが銃口の向きでバレバレだ。

 わざと視線を外してきたりもしてきたけど、やっぱり不自然なんだよね、フェイントとわかると逆に読みやすい。ちょっと実戦経験が足りないかな。

 古武術の師匠、僕の叔父さんなら魔力が無くてももっとうまく避けてるかもしれない。


 視線のクセもわかってきたので「カバディカバディ!」と叫びながら銃弾を躱していたら銃声が止んでしまった。

 なんだよ、これから面白くなりそうなのに…。


「もういい!こんな一般人なんていないよVT!この人をヴィランに認定、討伐するよ」


 あの機械はVTと言うらしい、かなり高性能そうだし欲しくなってきたかもしれない、友達の少ない僕の話し相手になってくれそうな気がする。

 しびれを切らした少女は僕をヴィランにしてきた、討伐しようとするなんてひどいじゃないか。


『緊急討伐許可申請中・・・承認』


「いくよVT!フォームチェンジ!」


 銀色の機械が光りだして少女を包み込んだ。

 これってあれか?いわゆる変身中ってやつか。


 丸い繭の中に包まれた少女はだんだんとその姿を変えていく、手足に頑丈そうな金属装甲、背中にはバックパックと小さな飛行翼のようなものがついている。

 いかにも『飛べます!』という感じの格好だ。

 頭には金属製の大きな髪飾りが付いている、それ絶対重いでしょ。

 魔法少女の次は機工少女か…バリエーション多いな。

 そして少女の着ていたスカートや上着は消えてなくなり、ピッチピチのレオタードに変わっていた。

 青色を基調としたその姿は、近くにいる大人が一発で逮捕されそうな印象を受けた。



「ええぇ…小学生がその恰好はまずいって…」


「うるさいわね!今から倒してやるんだから覚悟しなさい!」


 本人もこの格好は恥ずかしいらしく、顔を赤らめながら攻撃してきた。

 轟という加速音が空気を揺らす。

 少女は僕の腹めがけて蹴りを入れてきた。

 予備動作が見え見えで簡単に避けてしまう、正直さっきの銃の方が早く感じた。


「くぅ!…なんで避けるのよ!」

「だって痛いっていうから」

「じゃあ痛くしないから当たってよ!」

「いやだよ、もうすでにイタイ格好してるじゃん」

「そういう意味じゃなーーい!」


 ムキーー!と唸りながら格闘してくる。

 フェイントをいれたり、たまには銃で撃ってみたり色々試行錯誤しているが全く当たる気がしない。

 攻撃が直線的すぎるんだよなぁ。


 数分間の攻防の末、少女の息が上がってしまったのか膝に手をついてハアハアと苦しそうにしていた。


「大丈夫?」

「はぁ…な、なにものなのよ…はぁ、…あんた」


 もうお兄さんとは呼んでくれないらしい、ちょっと寂しい気持ちではあるが体力が回復するまでお話しに付き合ってあげるのも年上の余裕ってやつかな。


「この家に住む一般人のお兄さんだ」

「ぜったい嘘よ!」

「我も同感である」


 物影に隠れていたドーゲンがヒョイと顔を出して少女に同意していた。

 途中から見なくなったと思ったら隠れてたのかよ…。


『ピ―――』

「ん?」

「あ…」

「ぬ?」


 少女の背中からなにやらエラー音のようなアラームが聞こえる。

 少女の胸についていた装甲の光が消えて、一瞬で普段着に戻っていた。

 足元にはコロコロと銀色の機械が転がっている。


「充電切れ?」

「……」


 少女は機械を地面から持ち上げて抱きかかえている。

 涙目で僕をキッと睨んできた。


「なんかごめんね、おもちゃ壊しちゃった?」

「おもちゃじゃないよ!あたしに変身までさせておいて、おもちゃなんて言う精神が信じらんない!」


 ごめんね、でも他になんて言えばいいかわからなくって。

 僕の語彙力不足だね。


「もういい帰る!次に会ったら容赦しないんだからね!」


 少女は恨みのこもった捨て台詞を吐いて帰っていった。


「気を付けてね」

「ふんっ」


 すたすたと歩いて夜の街に消えていく。

 しばらく経った後、ドーゲンさんが僕に声をかけてきた。


「我を狙ってきたのではないのか?」

「さぁ…」


 その答えはもうわからない、当の本人は帰っちゃったんだから。


「それよりもドーゲンさん、あれは何だったの?」

「う~む…あのメカメカしい感じはおそらく『創輝そうき重工』の『機工少女』であるな」

「へぇ…あんな幼いのに怪人討伐とかやるんだ」

「ああいう手合いは基本的に親族雇用かボランティアである」

「ボランティアであんなことする子供もいるのか」

創輝そうき重工の下請け企業が経営不振に陥るとたまに現れるのである」

「あぁ…そういう感じか」


 どこの世界も資本主義ってのは世知辛いな。

 金がなければ何かで補填しなければならないのだから。

 それで下請け会社親族の少女が選ばれてしまったと…

 親の失敗のしわ寄せが子供に来るってどうなの?


「圧倒的な技術力による銃火器やサポート装甲による肉弾戦が特徴である、デメリットは稼働時間の短さと故障が多いことであるな。一部のユーザーからは創輝タイマーとも呼ばれている」

「あ…聞いたことある、どんなに大切に使っても3年したら壊れるとか言われてるやつでしょ?」

「我の家にもある、クオリティは高いのであるが…残念である」


 ドーゲンさんの家にも創輝の家電あるのか…

 敵対組織の商品を買うのは会社的にどうなの?


「それはそれ、これはこれである!我の給料で何を買おうと我の自由である」



 そうだよね、いい商品ってのは必ず選ばれる理由があるもんだ。



「それで、高嶺殿よ。どこの組織に入るか決めたか?」

「う~ん…ちなみにGGCに入るとどうなるの?」



 今までの印象だとGGCが一番まともな組織に思えてきた。



「まず家族、友人の記憶を消されて怪人に改造されるのである」

「え…やば…」

「歯形や顔から身元がばれないようにするために何らかの動物と融合させられて、強制的に戦闘訓練を受けさせられるのである」

「なんでそんな組織に入ったのドーゲンさん」


 知っていたら絶対は入ろうと思わないよねそんな組織。



「言葉で伝えるのは難しいのであるが、そこに理想を見たからである」

「理想…?」

「叶えるべき夢、というより叶えなければならない未来とでも言うか」

「随分曖昧な言い方ですね」

「しっかりと伝えるつもりはない、理想とは行動なのだ。地べたに這いつくばってでもこの冷酷な現実を動かそうとする者たちの血と汗と涙だ、言葉で語り尽くそうというのは失礼である」

「でも言葉で語らないと伝わらないですよね」

「それで良いのだ、誰しも見ている現実と理想は異なっている。我らの行動で何を感じ何を学ぶのか…人によって違う、それは当たり前だと思うだろう、もどかしいとも感じるだろうだが正解などないのだ」


 ドーゲンさんはGGCで何を感じて理想に加担しようと思ったのか…家族や友人の記憶、未来を捨ててまで、何を叶えたかったのだろう。


「我々は理想を語らないが社訓はある『清く輝かしい未来のために』これが我らの全てである」

「未来のために、今を捨てたんですか?」

「今を変えられなければ未来を捨ててしまうからだ」


 だから人の身体を捨ててまで、この人は理想を追うのだろうか。

 今の僕には全く理解できなかった。


「我らに対抗している組織にもそれぞれの理想がある、それらに優劣は無く全て正しいと感じるだろう、その中に高嶺殿の心を動かす組織があればそこに加わるのが良いだろう。よく考えることだ、高嶺殿がこの現実をどう感じているのか…何がしたいのかを」



 僕がこの世界をどう見ているのか…。

 前世の記憶がある僕は、魔力と大地の力を得た僕がこの世界にしたいこと…出来ることを考えろと言われているような気がした。



「幸い、まだ時間はある。ゆっくりと学ぶと良い」

「…はい、そうします」


 なんだか考える事が増えてしまった…。

 僕は今までこの世界をどうしようとか考えていなかった。

 でも考えなくてはいけない、どこかの組織に属さなければ家族が友人が狙われてしまう可能性が出来てしまったから。

 もう無関係な一般人ではいられないのだと、ドーゲンさんは教えてくれたのだ。


「思わず長話になってしまったな、我はもう帰る。あまり夜更かしするなよ高嶺殿」



 ドーゲンはそう言って帰って行った。

 僕は考えながら部屋に帰り時計を見る。

 時刻は3時50分……。


 もう明日は休もうかな。



 結局、僕の長い長い1日はやっと終わったのだ。

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