魔法少女は生臭い
ピピピ…と電子アラームが聞こえる。
「う〜ん…」
僕は寝ぼけ
もう朝か…時計に手をかけてアラームを解除した、あの後はすぐに寝たけれど、頭が重いしやはり睡眠時間が足りてないみたいだ。
大きく欠伸をしてベッドから抜け出そうとすると、強烈な生臭さが鼻をついた。
「んっ?!」
何だか右手が生臭い……え?なんで?
もう一度右手を嗅ぐ、気のせいかも知れないし…
「くっさ!」
思わず眠気も吹っ飛んだ、何があったの?
まるで生魚を手掴みで
「ん……昨日?」
そういえば昨日の夜中は色々あった気がする。
魔法少女が現れて、どんちゃんと騒ぎ出して…
サメ男を殴って帰らせた。
「あれか…」
サメ男を殴ったのは右手だったはずだ。
あの後家に入って軽く手洗いは済ませたはずなのに…
朝から最悪な気分になってテンションが下がる。
とりあえず部屋から出てリビングへと降りていった。
リビングでは母が朝食の準備をしてくれていた。
今日は入学式ということもあり、弁当などは要らないのだがいつも早起きして朝食を作ってくれているので頭の下がる思いだ。
日々の感謝を口にすることはないが、やってくれて当たり前だという態度はしたくない。
寝起きから生臭い
「おはよう」
「おはよう母さん、風呂入ってくる」
「こんな朝から?気合い入れてるのね」
「ちょっとね…」
「あら?なんだか生臭いわね」
早速気付かれてしまった。
朝から魚の臭い息子を見たらどう思うだろうか、思春期だから仕方ないわね…なんて思われていたらすごく恥ずかしいのだが。
僕は羞恥心で動けなくなる前に風呂場に直行した。
身体を念入りに洗って軽くシャワーを浴びる。
朝シャンは良いな、眠気も飛ばしスッキリした気持ちになる。
朝イチから生臭いというアクシデントはあったが、新しい制服で身を包むと何だか気が引き締まる思いがする。
高校生になったんだなぁと実感出来る。
リビングに戻ると母と妹が朝食を食べていた。
妹は2歳下の中学2年生だ。
思春期真っ只中で生意気盛りなお年頃、最近少し会話が減って寂しい気持ちもあるが成長している証なんだろうなと気持ち悪いことも考えてしまう。
「あ、お兄ちゃんおはよう」
「おはよう
「うん、お兄ちゃんの部屋が生臭かったけど…何があったの?」
やっぱり部屋まで臭かったか…想像以上に深い爪痕を残されていて絶望した。
「何があったかと言われても……というか昨日の夜、外が騒がしくなかった?」
「え?わかんない、それより臭いのどうにかしてよ部屋の前通りたくないよ」
分からないよなぁ…多分寝ていたんだし気付かないよなぁ。
妹に臭いと言われて心に少なくないダメージが入る。
とりあえずこの臭いはどうにかしなければ。
「お母さん、消臭スプレーってどこにあったっけ?」
「ああ、お母さんの部屋にあるから勝手に持ってって」
僕は朝から消臭スプレーを部屋中に連射して朝食を頂いた。
かけすぎて逆に消臭スプレー臭くなってきた気がする。
今日は一日中部屋の窓を全開にして換気することを決める。
臭いを気にしていたらそろそろ家を出る時間になってしまったので、妹を置いて出かける準備をする。
僕が入学した高校は地元の市立高校だ。
偏差値は中の上くらいの普通の高校で、家から一番近いのでここに決めたのだ。
地元の高校ということもあって中学からの知り合いも進学している。
「お!
「ん?あぁおはよう
通学路を歩いていると後ろから中学の同級生が声をかけてきた、
交友関係の少ない僕の親友の1人だった。
「なんか眠そうだな」
「昨日の夜から色々あってさ」
「ふぅん…まぁ分からんでもないけどさ」
含みのあるニヤリ顔で何かを察知されてしまう、何だか誤解されてそうだなぁ。
「今日が楽しみで眠れなかったんだろ?彼女ほしいとか言ってたもんな」
「それはお前もだろうが」
僕らは揃って彼女がいない、慎哉はコミュ力もあるし結構モテるから彼女くらいいつでも作れるように思うが、彼は理想が高いようでなかなか見つからないらしい。
「それよりも友達くらい作れよ?お前のお
「友達くらい普通にいるよ!」
「なら俺抜かして何人いるんだ?」
「……5人」
「お?」
予想以上に多いからか少し驚いている。
ふふふ、僕も毎日進化しているのだよ。
友達の1人や2人はすぐに作れるさ。
「まて、誰だか当たるから」
慎哉は少し考えて指を立てていた。
「いつもの流れなら妹が入ってるだろ?」
「うん」
僕は友達の少なさを紛らわせるために勝手に妹を友達枠に入れている。妹はそのことを知らないけど……良いよね?家族が友達にならないなんてことないんだから。
「だから家族入れるのやめろよ、ルール違反だろ」
なんのルールか知らないが僕が友達と思ったら友達なのだ、たとえ家族でも。
「残りは〜……」
慎哉がうんうんと考えて中学や小学生の時のクラスメイトの名前をいくつか羅列する。
知ってる名前から知らない人の名前までたくさん出てきたが僕は一度も頷かなかった。
…慎哉ってそんなに友達いるの?
挙げられた名前の数が多すぎる、僕は本当に君の親友で良いのだろうか?
ついに降参して僕に答えを聞いてきた。
「や〜今回はわかんない、誰?」
「まず2人は両親」
「だから家族入れるのやめろって、何だか聞いてるこっちが悲しくなってくるんだよ」
慎哉は困ったような少し心配そうな顔をしていた、長い付き合いだからわかるが本気で心配されている様子ではなさそうだ。
「ん?5人って言ったよな?後の2人は?」
「昨日僕の家の前で騒いでた女の子とサメ」
「ん?サメ?」
ごめん…女の子とサメ、見栄とプライドのために勝手に僕の友達にカテゴライズさせてもらったよ。
本気で友達になる気はないけど、今は頭数が必要だったんだ。許してほしい。
ウサギもどきは見た目が人間じゃないし外させてもらった、そう言ったらサメ男も人間には見えなかったけれど、顔以外は人間だったし僕の中ではセーフだ。
僕は慎哉に昨日の深夜の出来事を思い出しながら伝えた。
家の前でサメと林家ファミリーっぽいピンクフリルの女の子がどんちゃん騒いでいたこと、サメを殴って撃退したことなど諸々。
「いやそれ友達?ってかサメって…」
「言葉を交わしたなら友達」
元々ルールなんてないのだ、僕が友達と言い張れば数はいくらでも増やせる。
「そんなこと言ったら俺ん家の犬ともよく話してるよな?友達になるだろ?」
「犬は人間じゃないので」
「……それもそうか?」
納得した顔をされた。
本当に納得しちゃっていいの?
僕は昨日出会った2人から勝手に友達認定されたら全力でお断りするけど?
「てか、そのせいか。お前今朝から少し生臭いぞ」
「え?シャワーで念入りに洗ってきたのに…そんなに匂う?」
「いや、ほんのりと…?かなり近づかないと分からないし学校に着く頃には気にならないだろ」
あぁ、よかった。
一日中魚の臭いをさせてたら入学初日からなんてあだ名がつけられるかわからない。
こんな日に入学式だなんて、僕はなんて不幸なんだ。
「そういえば、信じるんだ。サメ顔の男がいた話」
「お前は今までしょうもないような嘘ついたことないだろ」
「……お、おう」
真面目な顔でそんなこと言ってきた。
急にそんなこと言われたら素で照れてしまう。リアクションが取れないじゃないか。
そういうことをスッと言えるからモテるんだろうなぁ、男の僕でも少しドキリとしてしまった。
裏表なんて全く無いんだろうけど、無意識ならとてつもない人たらしだ。
でも、そういう事を言うのは男の僕じゃなくて女の子にすればいいのに。
もったいない。ほんとにもったいない!
「そんなんだから彼女できないんだよ!」
「うるせーハゲ!お前もだろうが」
「ハゲとはなんじゃあ!」
やいのやいの言いながら僕らは高校へ向かった。
入学式が始まってからはトントンと事が進んでいった。
代表挨拶、先輩からの
パイプ椅子の上で船を
席についてから自分から生臭い臭いがしないかとビクビクしていたけど、隣の人の顔は顰められていなかったし問題無さそうだった。
やっぱシャワー浴びて置いて良かった。
この後は指定されたクラスへ向かってレクリエーションの時間だ。
その時にクラスで軽く自己紹介して終わるのだろう、今日一番の山場を迎えようとしているけれど、僕は一向に友達ができる気配がない。
教室の端に慎哉を見つけた、同じクラスだったのか…既に近くの席の人たちとわいわいと話している。
初日からもう友達が出来ているようで戦慄してしまった、コミュ力の差が歴然すぎて比べる気も起きないなぁ。
中学の時と変わらず、周りに馴染めないでぼーっとしていたら急に教室がざわつき始めた。
皆んなが一斉に扉の方へ顔を向けて誰かを見ているようだ。
例に漏れず僕も目を向けると1人の女子生徒が歩いていた。
高校生にしては少し低めの背丈だが、全体的に痩せ型ですらりとした印象を受けた。
栗色のセミロングの髪を
彼女が通り過ぎると両脇に座っている人が振り向いている、くりっとした目に白く柔らかい肌、頬が少し赤いのは注目されているからだろうか。
客観的に見ても大層モテそうな顔をしている。
同時にどこかで見た顔だなと思った。
彼女が僕の視線に気づき、あっと小さい声を出す。
そしてさっと目線を逸らされた。
え?なんで?何かしたかな?
ちょっとショックを受けているとおずおずと僕の隣の席へ座った。
隣の席空いてたんだ…どうして気が付かなかったんだ……。
あまり見ていては失礼だと思って、僕も目線を彼女から外した。
彼女は
今日初めて会うはずだ、どこかで失礼をしてしまったかもしれないが…
やばい全く心当たりがないぞ、これだから僕は友達が少ないのだろうか。
悶々とした気持ちで考えていると変な臭いが漂ってきた。
うん?なんだこの臭い…何処かで嗅いだことあるぞ?
臭いに意識を向けたからか、段々と強くなってきている気がする。
知ってる!この臭い知ってる!
今日朝一番で嗅いだよ!これ魚の臭いだ!
皆んなが彼女を振り向いていた理由がなんとなくわかった。
この子めっちゃ魚の臭いさせてる。
しかも焼き魚のような芳ばしい食欲を
縁日の屋台にある金魚掬いのようなら
僕はゆっくりと彼女へ目線を移す。
何処かで見たなぁと感じていたが…もしかしたら……。
「サメ男…」
ボソッと呟くと彼女はものすごい勢いでバッと僕を見た。
すごく警戒してる、あわあわと震えた顔をしていた。
……ちょっと面白いかもしれない。
今は目が合っていて彼女の顔を真正面から見ている。
疑問が確信に変わった。
昨日僕の家の前で戦ってたあの少女だ。
でもあの時は髪色も目の色もピンクだった気がするけど…
「マジカルキュアリー」
またボソッと呟いた。
彼女はガタッと椅子を揺らして僕から距離を取ろうとしている。
……リアクション強いなこの子…。
あぁ、完全に理解した。
マジカルキュアリーは僕と同じ高校で同じクラスメイトだったのか……。
なんたる偶然!運命を感じちゃうね。
でもすっごい!全然嬉しくないや…。
生魚の臭いをぷんぷんさせながら警戒心を隠さず僕を睨んでくる彼女、めっちゃくさいし面白いけど僕は少し疑問に思った事がある。
昨日の夜、サメ男に一番近付いたのは僕の方だ。
結果、右手はくさかったし部屋と妹の好感度が犠牲になった。
遠くにいた彼女が何故こんなにくさいのか…。
いや、よく考えたらサメ男と長時間戦っていたのは彼女だ。
僕が知らない間に魚介エキスたっぷりのEPAやらDHAがこれでもか!と言うほど豊富に含まれた攻撃でも受けたのかもしれない。
…なんだその攻撃、おいしそう。
「……あの……?」
あかん、考え事をしていたせいか彼女を見続けすぎてしまった。
別に気があるわけでもない男子から長時間見つめられるのは女子ならば相当なストレスがかかるだろう、その気持ちは男の僕には推し量れない。
彼女は既に睨みつけるような視線をやめて不思議そうな顔をしている。
ここから目線を
「えっと……」
頑張れ!コミュ障の僕!勇気を振り絞って何か言うんだ!
そうだ、彼女の立場を考えろ!
夜な夜なコスプレしてサメ男と戦う彼女の苦労を考えるんだ!
こんな臭いをさせてまで学校に来る苦労を想像するんだ!
「……魚が…君を待っている」
「……え?なんて?」
ああああああ。
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