魔法少女を助けたら一緒に戦うことになった

くるくるくるり

魔法少女の安眠妨害


 深夜1時。

 僕、高嶺快斗かたみねかいとは自室で携帯ゲーム機で遊んでいた。

 明日は高校の入学式でそろそろ寝ようかとゲーム機の電源を切ってイヤホンを外す。

 部屋の電気を消して目を閉じた、いい感じに眠気が襲ってきて『明日の自己紹介はどうしようかな』『クラスに馴染めるかな』『可愛い彼女とか欲しいな』なんて考えていたらそれは起こった。



「でりぁぁぁぁ!」


 活気のある少女の声が響き渡る。

 ここは閑静な住宅街。

 彼女は道端で柔道や剣道等の武道を披露しているわけではない、その声色から察するに真剣で緊張感のある掛け声だった。

 そしてズドンと腹に響く衝撃音が部屋を揺らした。


「ギュハハハ!弱い弱い!そのような力では効かぬわ!」


 野太い男の声がする、少し笑い方が特徴的だ。

 少女の少し苦しそうな声とおじさんの笑い声が聞こえてきた。

 恐らく、先程の少女と戦っているのだろう。

 少なくともデートなどでは無さそうだ。

 こんな深夜にドラマの撮影でもやっているのかな?


「つ、強すぎるッキュ!ここは一旦退却するっキュ!」


 お?まだ他にも語尾の癖が強いやつが居たみたいだ。

 なんだか騒がしくなってきたなぁ…


「ダメよウサミー!ここで引いたら困ってる人たちが増えちゃう!」


 君らの騒音で困ってるんだけどそれは…?

 変な語尾のやつはウサミーという名前らしい、名前も特徴的だ。

 女の子と話しているから仲間…なのか?

 最近は変わった名前の子も居るんだなぁ、2人がかりで苦戦してるのかな?


「ギュハハハハ!マジカルキュアリー恐るるに足らず!未熟な魔法少女など我の敵ではないわ!」


 どうやら女の子の名前はマジカルキュアリーというらしい、随分と尖った芸名だなぁ。

 というか、そろそろ静かにしてほしい。

 明日は大事な入学式を控えているんだ、寝不足で行きたくなんだよなぁ。


「こうなったら必殺技よ!一発で蹴りをつけるわ!ウサミー力を貸して!」


「わかったッキュ!」


 ペカーっと窓が光る、目を瞑っていてもカーテン越しに光量が上がっていることがわかった。

 戦いも佳境に入ってきたな、もう数分で終わるだろうか。

 早く終わらせて退散してくれないかな。


「喰らいなさい!マジカルバーストっ!!」


「ギュオオオオ!」


 ドンッと先ほどよりも強い衝撃が部屋に響いた。

 何かをバーストさせたらしい、ギュハギュハ言っていた人はどうなったのだろうか。


「はぁ…はぁ……っ!……そんなっ!」


「ギュハハハ!効かぬ効かぬ!生温いぞマジカルキュアリー!」


 効かなかったみたいだ。

 まだ続くのかなあこのやりとり、一体僕は何を聞かされているのだろう。


「っ!……もう一度よ!」


 まだやるの?!

 もう逃げてよ、僕の睡眠の邪魔しないでよ。

 それにしても諦め悪いなこの子。


「何度やっても無駄無駄無駄ぁ!」


「きゃあぁあ!」


「キュアリー!大丈夫っキュ?!」


 女の子の悲鳴が聞こえてきた、どうやらピンチらしい。

 こんな深夜に悲鳴やら物音やらが続いていたら警察が来そうだけど、そんな気配はまるでない。

 僕が通報しようかな…でもそんなことしたらお母さんに怒られるかも。

 それにこの状況をどう説明すればいいのか、マジカルキュアリーと名乗る女の子と変な語尾の奴がギュハギュハ笑うおっさんと騒いでいます、とでも言うのだろうか。

 ダメだ、絶対イタ電だと思われる。

 おかしいと思われるのは僕の方だ、ご近所さんの目もあるしそんなことできない。


 僕は目を開けてのっそりと重い腰を上げた。

 カーテンを少しだけ開けて少女のいる方を見る。


「なんだあれ」


 ピンクのフリフリした洋服を着た女の子が短い杖を持っている、近くにはウサギを二頭身デフォルメしたような生物?が浮いている。

 対してその子の向かいにはサメの顔をした半裸の男が腕を組んで立っていた。


 女の子はボロボロで地面に膝をついていた。

 サメ顔のおっさんは元気そうだ。


「これで終わりだキュアリー!」


 サメ顔のおっさんが右手を振り上げる、女の子は腕を頭の上に上げて防ごうとしていた。


 …なんだか撮影にしてもカメラや照明の人たちもいないし、2人でコスプレプレイでもしているのだろうか。


 こんな深夜に人の家の前で堂々とこんなことするか?

 眠気もあり、なんだか色々と考えるのが面倒になってきた。一言注意でもしておこう。


 ガラッと窓を開けて僕は2人に向けて声をかけた。


「あの……それ長くなりそうですか?」


「え?」「キュ?!」

「ギュ!」


 2人と1匹は驚いた様子で僕の顔を見てきた。

 そんなに驚く事だろうか?住宅地なのだ、人が居てもおかしくないだろう。


「あの〜……聞こえてます?」


「な……ウサミー…結界は?!」


「ちゃんと機能してるはずッキュ!」


 女の子とウサギもどきは慌てていた。

 オロオロする女の子に気が良くなったのか、サメ顔のおっさんは高らかに笑い出した。


「ギュハハハ!マジカルキュアリー、お前は未熟な結界しか張れんらしい!やはり我の敵ではないな」


 大音声で目の前の女の子を侮辱している。

 こんな往来で大声を響かせたら近所迷惑だろうが。

 と思ったけど僕は2階から声をかけている。

 それなりに声量が必要なわけで…このまま誰かに見つかれば僕もこの騒がしい一団の仲間入りになってしまう。

 それは嫌なので下に降りて静かに話そうと思った。


「ちょっと下に降りるんで、静かにしてもらえますか?」


「…あ、はい」


 女の子はキョトンとした顔で返事をしてきた。

 僕は部屋から出て1階へ降りる、サンダルを履いてゆっくりと玄関の扉を開けた。

 しっかりと鍵を閉める事も忘れない。


 玄関から数歩進んで騒がしく奴らと対等した。

 ピンクの女の子は所々に擦り傷に見える怪我をしていた。


「なんだか怪我してるみたいだけど大丈夫?」


「え?あ、はい…えっと……あの……はい」


 女の子はオロオロして何かを言いたげだったが言葉に出ていなかった。

 顔は結構可愛かったが、こんな少女趣味の子とは仲良くしたくないなと思った。

 そして近くに浮いているウサギもどきはポカンとしていた。


 僕は女の子を放っておいて一番年上であろうサメ顔の男に声をかけた。


「こんな深夜に何してるんですか?正直迷惑なんですが」


「ギュハ……?」


 ギュハじゃなくて…

 サメ男は腕を組んだまま微動だなしなかった。

 いや、もっとこう何かあるだろう。

「ご迷惑かけて申し訳ありません」とか「時間を改めますので後日謝罪に伺います」とか。

 この中で1番大人なのはお前だろうが、もしかして社会人じゃないのか?



 サメ男は少し頭を捻った後に声をかけてきた。


「貴様も仲間か…?」


「こんなイタイ格好した女の子に知り合いはいません」


「ひぐっ!……ひどい」

「これは正義のユニフォームだっキュ!!」


 実際フリフリでどこかの林家さんの様な服装を着る人が居ると変に迫力があって引いてしまう。

 この子は何を思ってこれを着ているのか。


「まあ、今更羽虫1匹増えたところで構わん!一般人よ、すまんが我を見たからには規定により消えてもらうぞ!ついでに貴様もここで終わりにしてくれる!」


 サメ男は僕らに向かって走り出した、筋肉質な上半身がテカテカと街灯の光を反射する。


 右手を大きく振り上げて殴る体制だ。

 彼の拳はすぐ側まで迫ってきていた。


「危ないッキュ!」

「きゃ…っ!」



「うるさいって言ってんでしょうが!」


 僕は男のガラ空きだった腹部に向かって右手のブローを繰り出した。

 足から腰へ力を流し、捻りを加えた拳はドムッと鈍い音をさせてサメ男を吹き飛ばした。


「ぐぼぁ!」


 いきなり殴ってきたから反射的に殴り返してしまった。

 4〜5メートルくらい飛ばしてしまっただろうか、ゴロゴロと地面を転がりながら電柱にぶつかっていた。


 サメ男はお腹を右手で押さえながらプルプルと震えて涎を垂らしている。


「え?……え?」

「何が起こったっキュ?」


 女の子とウサギもどきは目を丸くしてポカンとしていた。


「ぐぅ……貴様、何者だ!やはりマジカルキュアリーの仲間だったのか!」


 サメ男は内臓のダメージが抜けていないようで、電柱に寄りかかりながら僕を睨む。


「そんなわけないでしょ、この家に住む普通の住人だ。それよりも静かにしてください、さっきは思わず殴ってしまったけれど僕は静かに寝たいだけなんです、喧嘩なら他所よそでやってください、今何時だと思ってるんですか」


 サメ男は立ちあがろうとするがなかなか出来ないでいた、一番煩そうな奴が静かになっているのを見て僕は背後にいた女の子とウサギもどきへと振り返った。


「ひっ!」「キュ!」


 女の子とウサギもどきはお互いにヒシッと抱き合って警戒した様子で僕を見ている。

 目を向けただけで怖がらせてしまったみたいだ、何だか悪いことしたかな。


「君たちも君たちだ、こんな夜遅くに何やってるの?親は君のやってること知ってるの?っていうか君は何歳いくつなの?」


「……15歳です」


 僕と同い年じゃないか、夜更けにフリフリな格好して珍獣の様なもの連れて歩いたら変な男に襲われるに決まってるでしょ。


「15歳なの?なんでこんな時間にそんな格好して歩いてたのさ」


「あの……ヴィランが出たってウサミーから聞いて…退治しなきゃって…」


「それ明日じゃダメなの?」


「それは……その……」


 サメ男はヴィランという名前らしいが、いまいち要領を得ない。

 深夜にコスプレして出歩くことは、まぁ1000歩くらい譲りまくって理解できるとして。

 このサメ男に会うためだけに家をこっそり抜けてきたとしたら相当重症だ。


 女の子の顔が少しずつ青くなっていく、悪いことをした気分になってしまった。

 僕は君たちを叱りたい訳じゃないんだよ、静かにしてほしいだけなんだ。

 無表情だった僕は無理矢理営業スマイルを作った。


「まあ…君のコスプレ趣味は置いといて、僕は叱りにきたんじゃないんだよ。静かにしてほしいだけなんだ」


「う…趣味とかじゃないのに……」


 女の子は小声でもごもご言っていた。

 僕が彼女を責めているように見えたのだろう、途中でウサギもどきが口を挟んできた。


「ま、待ってほしいッキュ!」


「なにを?」


「ここら辺一帯はマジカルキュアリーの魔法結界が張ってあるッキュ、普通の一般人には認知されないはずだッキュ!」


「そういう設定なの?」


「設定じゃないッキュ!」


 必死になって何やら騒いでる謎生物。

 認知されないとか今は問題じゃないのでスルーした。

 もうどうでもいいから帰ってと言おうとしたら後ろでお腹を抱えて震えていたサメ男がゆっくりと立ち上がった。


「ギュハ……マジカルキュアリーよ…我は一旦帰らせてもらう」



 あ、やっと帰ってくれるんだ。

 勢いで手を出しちゃったから一言謝っておこうかな。


「勢いで殴っちゃってすみません、僕も貴方の趣味を否定する訳じゃないんですけど、こんな夜更けに女の子と2人で騒いでいたら色々と誤解されますよ」


「ギュハハハ…いいのだ、我にも落ち度はあったのだ」


 落ち度しかないよ?立派な暴行だし。

 僕は殴られそうになった時に警察に通報しても良かったんだよ?


「さらばだ!ギュハハハ!」


 サメ男はスタコラサッサと帰っていった。

 徒歩で。


「さて、あとは君らだけなんだけど……」


「私たちも…帰ろうか?」


「キュ?!ヴィランはどうするキュ?」


「逃げちゃったし…怖いお兄さんも迷惑してるから、ね?」



 怖いお兄さんって僕のことか?

 僕が悪いみたいな雰囲気出してるけど、迷惑かけてるのは君たちだからね?

 女の子がウサギもどきを宥めている。


「じゃあ、帰ります。お騒がせしました」


 女の子はすごすごと歩いていった。


 …2人とも徒歩で集まってきたのか。

 魔法とか言ってたから飛んできたのかと思ったけど、そういうものでもないらしい。


 家の前が静かになったので部屋へ帰る。


 時計が示す針は2時半、僕の寝不足が確定してしまった。

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