第5話 属性

 その日の夜。

 メイシロウは大変な目に遭っていた。冒険者たちを見逃したリカコは、拗ねたようにネチネチとメイシロウを責め続けていたのだ。


「もう。なんであんな無礼な奴らを助けようとするのかな? 大体、あれくらいの相手ならメイシロウだって倒せるでしょ!!」


「倒せるって無理言わないでくださいよ。僕は型式ランク3の魔法どころか、型式ランク1すら使えないんですから!」


【Re:過去】の二階。

 リビングに置かれたマーブルカラーのテーブルを挟んで、メイシロウ達は座っていた。椅子の上で体育座りをして、頬を膨らませるリカコの姿は、集会で長い話を聞かされる学生のようだった。


「大丈夫だよ。魔法が使えなくても倒す方法はいくらでもあるからさ!」 


「……絶対無理だと僕は思いますけどね。例えば、どんな方法があるんですか?」


 一体、どうやって倒すのか。単純に興味が湧いたメイシロウはリカコに聞いた。


「それは食べ物に下剤混ぜたりとか、闇討ちしたりとかさ」


 倒す方法が卑劣極まりなかった。


「そもそも、そこまでして彼らを倒したいと僕は思いませんけどね」


 どちらにせよ卑怯な真似をしなければ勝てないのかと、少しだけ期待して聞いていたメイシロウは顔を曇らせる。


「でも、あんなに馬鹿にされたのに、なんで我慢できるのさ!」


「……僕が何年も学園で学んでいたのは事実ですから……。僕はそれを受け入れてます」


 メイシロウは魔法を使えないことを受け入れていた。


「魔法学園での経験もきっと無駄にはなりませんよ」


 魔法学園。


 それは勇者が設立した魔法を学ぶ場のことだ。

 勇者は50年前、魔王を退治すると同時に、王国の東西南北にそれぞれ学園を建設した。人々が魔物と戦うための対抗手段として。


 勇者は魔王を退治したが、殺すことはしなかった。共存できると言い張る勇者は、魔王を封印するに留めた。結果、世からは魔物は消えることなく、人々を襲う存在として、今も生き続けている。


 魔物に人間は勝てない。

 だからこそ、魔法が生み出された。勇者の持つ異能を分析して生み出された魔法。

 魔法は、その気になれば何処までも便利になる。そのことを危惧した勇者は、あくまでも、魔法は『魔物への対抗策』であると定め、型式とランクを設けた。


 故に全ての魔法は魔物との戦いに想定したモノとなっている。勇者の懸念は当たっていたと、メイシロウは今日の経験から実感していた。

 便利なものがあれば使いたくなるのが人の性。例え罪と罰で規制をしようとも、完全に縛ることはできないのだ。


「確かに無駄にはならないかも! だって、学園で教えてくれるのは基本系統の八属性だけでしょ? もしかしたら、そこから派生した属性かも知れないじゃない!」


「いや、でも普通は基本系統を扱えるようになってからじゃないですか?」


 勇者が編み出した魔法は、基本系統八属性と到達系統二属性の合計十つの属性から成り立っている。


 基本系統の八属性は、


 炎、風、氷、木

 闇、鋼、土、雷。


 そして、それらの属性の内、どれか一つでも極めることが出来たら、到達属性と言われる二属性に目覚めると言われている。


 光と水。

 生命の起源とされる二つの属性。


 最も現在、その属性に達している人間をメイシロウは一人しかしらなかった。水光騎士団の頂点であり勇者の娘である存在。

 自分とは生まれた時から全てが違っている。そのことをメイシロウは何度も妬んだ過去があるが、今では少し割り切れていた。


「とにかく、僕は別に魔法が使えなくてもいいんです。好きな音楽を聞いて弾ければそれで充分楽しいんです」


 魔法に縋っていた自分を解放してくれた音楽。


『音楽も魔法だと思うんだよな』


 メイシロウが魔法を諦めたその日の夜にであった人物の言葉だった。夜の闇に隠れるように顔を隠した人物。メイシロウが覚えているのは背後に浮かぶ月と、中性的な声色を持っていたことだけ。

 その声で一曲、メイシロウに歌を届けた。

 激しいテンポと身体を揺らして音に乗る姿に、メイシロウは魅了された。


『ほら、お前も音に乗ってみな』


 リズムを刻みながら、その人物は全てをさらけ出すようにメイシロウに手を差し伸べた。不思議なことに、音があると誰にも言えずに抱えていた妬み、失望、絶望等の感情をするりと言葉にできることができた。まるで風のように自由で、炎のように熱く、氷のように清らかで、樹木のように根強く、雷のように激しく、鋼のように固い。


(これは魔法だ……!)


 初めて音楽を知ったメイシロウは、自分でも扱える『魔法』を見つけた。その日から、メイシロウの目的は魔法を学ぶことから、音を楽しむことに変わっていった。

 だから、過去を馬鹿にされても平気だ。


「『いろんな経験をすると良い。音の深みは人生の経験だからな』」


 音の楽しさを教えてくれた人物が最後に残した言葉。

 それがあれば、どんな環境だって耐えられると、メイシロウはリカコに笑った。

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勇者の娘に尊敬され、魔王の孫娘に買い被られる~俺はただ、音楽が好きなだけなのに~ @yayuS

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