第4話 涙の氷河

「おらぁ!! 喰らえ!!」


 デルガドの右手。炎で創られた銃口から、弾丸が放たれる。赤い火の弾は真っ直ぐにリカコを目指す。


「なっ……!」


 火の弾がリカコに触れる直前、「パッ」と、最初から弾丸はなかったかのように揺らめき消えた。


「ちょっと、店の中で炎使わないでよね!! 型式ランク3――冷気傾れいきなだれ!!」


 炎を消したリカコの魔法。

 氷属性の型式ランク3。

 冷気を操り対象を凍らせる魔法。リカコから発せられる冷気は、氷と雪を含み勢いよくデルガド達に吹き荒れる。


「う、嘘だろ……。型式ランク3……って、水光騎士団の団長クラスじゃんかよ!!」


 まさかケーキ屋の店主が、王国を守護する騎士団。しかも、その団長クラスの魔法を持つとは思っていなかったのだろう。

 必死に武装した魔法で抵抗を試みるが、瞬く間に冷気によって掻き消される。


「ちょ、ちょっと、どうするのよ!」


 ヨゼフィーネが足に纏う風は、氷を巻き込み身体を地面に引きずり落とした。魔法を強制的に解除された彼女は、デルガドに指示を仰いだ。


「どうするって……、こんなの逃げるしかないだろ?」


 冷気によって戦う意志すらも凍らされたのか。デルガドは炎銃装えんじゅうそうで、身を守りながら逃げ出そうとする。だが、リカコはまだ本気を出していなかった。


「逃がすか~!!」


 吹きすさぶ風がさらに勢いを増していく。リカコの隣に立っているメイシロウですら、肌の水分が固まっていくのを感じた。

 強力な冷たさは、炎すらも吹き飛ばし、やがて冒険者の身体を凍らせていく。足元から氷がパキパキと音を立てててせり上がる。


「う、……嘘だろ!?」


「嘘じゃないよ。私は本気だよ? だって、先に手を出してきたのは君たちじゃないか?」


 だから、これは正当防衛だとリカコは口角を歪めた。

 それは笑みというよりも狂気に近い感情だった。


「しばらく、氷漬けになって反省して貰おうかな~」


 足が凍り付き身動きの取れなくなった冒険者たち。魔女のように笑うリカコに彼らは凍えた身体を更に震わせる。

 冷気と狂気に支配された冒険者たちの顔からは血の気が失われていた。


「た、助けて……くれ。俺達が、わ、悪かった……」


「なにもせずに帰りますので……どうか助けてください」


 冒険者たちの懇願。だが、リカコは彼らの言葉を聞くことはなかった。


「自分たちは人の話を聞こうとしないのに、都合が良いね。私はね、人にやられたいことだけをやるようにって、育てられたんだ。だから、君たちもそうだよね?」


 リカコは自分の思いを遂行しようと突き出した腕に力を込める。強まる吹雪に冒険者たちは絶望した。

 自分たちはこのまま死ぬかも知れないと。だが、彼らを襲う冷気は「ピタリ」と止まる。


「リカコさん、流石にそれはやり過ぎですって!!」


 メイシロウがリカコの手を掴み、床に下げていた。意識がそれたことで魔法が解除されたらしい。


「いくら正当防衛でも、やり過ぎたら罪に問われますよ!」


「そんなのどうとでもなるもん! いざとなったらもみ消すもん!」


「もみ消すって、また、勢いだけで突っ走らないでください。もう、氷属性に適性があるんだから、自分の頭を冷やしてくださいよ!」


 メイシロウの言葉に反論こそするが、冷静さは取り戻したようだ。冒険者たちに背を無けて、厨房の奥へと消えていった。


「取り敢えず良かった」


 メイシロウはなんとか収まったと胸を撫で下ろす。


「もう分かったと思うけど、リカコさんはかなり強いから、喧嘩は売らない方が良いよ。ちゃんと筋を通せば話は聞いてくれるし。もし、動画撮りたいなら事前に連絡したほうがいいかも……」


 足を凍らせた冒険者たちの顔には、涙で作られた氷河がくっきりと刻まれていた。

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