第3話 型式レベル
不満を一息に吐き出しながら、リカコが厨房から出てきた。捏ねられていた生地はそのまま。どうやら、メイシロウへの暴言に我慢できなくなったらしい。
「その昔、魔物と戦うために立ち上がった冒険者とは大違いだ」
冒険者とは魔物の侵略によって生まれた地位だった。冒険者が現れるまでは、騎士団と呼ばれる訓練を積んだ人間のみが戦っていたのだが、やがて、魔物に侵略されていった。
自分の大事なモノは自分で守る。
そう言って立ち上がった人々は自らを冒険者と名乗り、魔物と戦っていった。
そんな気高い地位を名乗る人間が、今では全くの別物になってしまったことを、リカコは嘆く。
スマホが普及して10年。
その間に冒険者は、『魔物と戦う人々』から、『動画を配信する人々』に意味を変えていった。
魔王を勇者が倒して平和になった世界。いつまでも、冒険者はいらないのだから仕方がないと言えば仕方がないが……。
「お、いいねぇ。その怒った顔。ちょっと、サムネに使わせて貰おうかな!」
慣れた動きでデルガド達は位置取りを始める。怒りを露にするリカコの前で二人そろって両手を広げて身体を逸らす。
「はい、OKです! 良いの取れました!!」
カメラマンの合図でポーズを解いた二人は、写真のデキを確認していく。メイシロウは何が良かったのか理解できない。そもそもサムネとはどういうモノなのかが分からなかった。それでも、彼らにとって「良い」ことは伝わってきた。
人の怒りも、他人の過去に起こった古傷も彼らに取っては自分たちの再生数を叩き出す
ための道具に過ぎなかった。
メイシロウとリカコを道具と見做したデルガド達は、
「じゃ、この調子でどんどん撮影を進めてきましょ! さっき、魔法学園の説明してくれたんで、もう一度、こいつが落ちこぼれなことを強調しておきましょっか!」
カメラマンの頭の中には、すでに編集する映像が出来上がっているようだ。演者である二人に指示を出していく。
「任せとけって!」
デルガドがショーケースを飛び越えてメイシロウの肩を掴んだ。その手は力強く遊び終わるまで離さないという強い意志を感じだ。
ヨゼフィーネもまた、映像映えを意識してなのか、ショーケースの天面に腰を降ろして短い丈のスカートを、穏やかな白波の如く揺らして足を組む。
「皆さん。かの有名な姫騎士が通う名店――【Re:過去】。そこに居たのは……ぷぷぷ。魔法学園で何年も……り、りゅう、留年していた、ププ、自分の位置も分からない『馬鹿』だったんです。ギャ~ハッハ」
デルガドは堪えていた笑みを一気に放流する。その流れはヨゼフィーネとカメラマンも巻き込み大きな笑いの波となる。
三人の笑い声が店内に響く。
メイシロウにとって、その声は日常を妨害するノイズでしかなかった。あまりの五月蠅さにメイシロウは耳を塞ぎたくなる。
だが、そんな行動を取れば、三人は余計、興奮することだろう。メイシロウは自分に出来るのは、ただ、黙って嵐が去るのを待つことだけだと堪える。
(我慢することも、また経験だ――)
メイシロウは我慢を選んだが、リカコは違った。
「もう、いい加減にしてよ! ここは私の店で、あなた達は客でしょ? だったら、扉に『準備中』って掲げてたんだから守ってよね! 文字が読めないのかな? 自分の立ち位置も分からない『馬鹿』なのかな!?」
デルガド達の言葉を使って、挑発的にリカコは叫ぶ。その表情は甘いお菓子を作り上げる職人とは思えぬほど厳しい表情だった。
「なっ……」
リカコの態度にデルガド達の動きが一瞬固まる。
自分たちよりも年齢が一回りも低いであろうリカコに、暴言を吐かれると思っていなかったようだ。
「て、てめぇ……。俺達に喧嘩売ってただで済むと思ってんなよ?」
カメラが回っていることを思い出したのか、リカコに挑むように強気に対応してみせた。
ショーケースと厨房の間。
狭い通路でにらみ合う。
「おい。ちょっとカメラ止めろ。このお嬢ちゃんに現実ってモンを教えてやらねぇとな」
「はぁ? 誰がお嬢ちゃんだよ! 言っとくけどね、私はもう23だよ! 現実なんて見飽きるくらいに、見えてるもんね!」
リカコが「ドン」と胸を張る。年齢を知っていたメイシロウでも、リカコは14歳位にしか見えなかった。
小さな体躯を逸らしたリカコを見つめると、ヨゼフィーネが勢いよく口元を押さえた。
「……嘘。これで23歳って……。可哀そう」
口元を押さえながら、抱き上げるようにして豊満な胸を揺らした。自分の方が人に好かれるという絶対的な自身があると信じているのだろう。
「……誰が可哀そうだ、コラっ!!」
眼鏡の奥の瞳が大きく見開かれる。それと同時にメイシロウは身体が冷えていくのを感じた。
マズイ……。
こういう態度がリカコさんは一番嫌いなんだ。
メイシロウは冒険者たちに今直ぐ、店内から逃げるように忠告する。
「リカコさんが怒ったら、直ぐに逃げた方がいい!! 彼女は魔法が使えるんだ!!」
「はぁ? なんで俺らが逃げなきゃいけないんだよ。言っとくが、俺達だって全員魔法を使えるぜ? しかも、型式ランク2に到達してるんだ。逃げる理由がどこにある」
魔法を使えるのは自分たちも同じだと、デルガドはメイシロウを突き飛ばした。
メイシロウの肩を押した手に、炎が集まり、やがて肘から先を包みこんだ。それはまるで、炎で出来た巨大な拳銃のようだった。
「型式ランク2――
「ふふ。なら、私も使おうかしらね」
ショーケースに座っていたヨゼフィーネの身体が、その姿勢のまま宙に浮かぶ。露になった太ももから足先に掛けて風が渦を描いていく。
「型式ランク2――
ヨゼフィーネの言葉に竜巻が
「風と炎の魔法! しかも、型式ランク2まで使えるの……!?」
メイシロウは二人の魔法に呻る。
この世界の魔法は、かつて勇者が持っていた異能を分析することで生み出された力のことを言う。
勇者しか使えぬものを、誰もが使えるようにした。スマホと同じく神器として魔法は語られるが、スマホとは大きく違うことがあった。
勇者の神器としての特性を完全に再現したスマホと違い、魔法は少しでも使える人が増えるようにと、型式とランクを用いて魔法を一から定めていったのだ。
手順が一から十まで決まっているからこそ扱える人間が多くなる。
その甲斐あって、型式ランク1までならば、多くの人が学べば扱える可能性があった。だが、ランク2からは次元が違う。
訓練と才能のどちらも持っていなければ到達しえぬ領域だった。
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