第2話 冒険者で配信者

メイシロウはその声に動きを止める。生活音は人の本性が剥き出しになる。自分の主張をする人間は扉や歩く音が大きく、逆に人の目を気にする人間は音が小さくなる。


 だから、今、この店に入ってきた人間は、かなり傍若無人だとメイシロウは思った。聞きなれた音楽でキーが外れたような感覚。嫌な予感にメイシロウは防音室に入るのをやめ、階段を昇った。


「はい! 今日はなんと、あの姫騎士――勇者の娘がお忍びで通うという菓子屋、【Re:過去】にやってきました」


 店の扉には『準備中』の札が掲げられていた筈なのだが、彼らは気にすることなく堂々と店内に居座る。【Re:過去】にやってきたのは三人組の男女。

 大仰な声で叫ぶ男は、茶色の髪を短く刈り揃えた厳つさを纏う獣のようだ。それを隣で品の良い笑みで見つめる赤髪の女性。

 最後の一人は細い目を必死でカメラに向けていた。


 過剰に演出された獣のような男の声に、女性が菓子屋にあるどのクリームよりも甘ったるい声で「凄~い!」と、頬に手を当て驚いた。そうすることで自分の可愛さを引き立てようとしているようだ。計算されたリアクションを取り逃すまいと、カメラマンの腕に力が入る。


「あれは……」


 メイシロウはカメラマンが持つ機器に視線を奪われる。手のひらサイズの長方形。一角に三つの目が集まったようなデザイン。

 メイシロウはその機器を知っていた。


「スマホ」


 メイシロウが機器の名を呟く。

 今や、この王国で知らぬ者はいない。勇者の神器と呼ばれる異世界の道具の一つだった。


 かつて、スマートフォンは異世界より迷い込んだ勇者のみが持つ、異世界文明の機器だったのだが、十年前、勇者の協力によって誰もが扱える機器に変わって行った。


 今となっては誰もが手に入れられるモノと認識されていた。もっとも、メイシロウにとっては高価であることは変わらず、今だ、購入できていなかった。


「……はぁ」


 メイシロウは、誰もが持っている機器スマホを持っていない事実に俯く。よく掃除された厨房の冷蔵庫が、変わりゆく世界に馴染めぬメイシロウを現わすかのように湾曲して反射していた。


「あ、メイシロウ……。ちょっと、作業始めちゃったから、彼らの相手してもらっていいかな?」


 回復鶏キュアトリの卵を使ったお菓子を作り始めたのか、リカコが生地を捏ねながら小さく頭を下げた。


「相手って言われても……」


「作業が一段落するまででいいから、お願い!!」


 リカコがもう一度、先ほどよりも深く頭を下げる。


「分かりました。これも経験ということで……頑張ってみます」


 メイシロウは厨房から出て、ショーケースから三人を覗く。メイシロウの姿に気付いたのか、三人組が一斉に視線を向ける。


「あれ……お前」


 メイシロウに一番早く対応したのは、カメラマンだった。構えていたスマホを眼前から外して、肉眼でメイシロウの顔を見つめる。


「おい。お前、なにしてんだ。勝手に撮影やめるなよ」


「すいません。でも、普通に撮影するよりももっと面白くなるかも知れませんよ」


 カメラマンは手の位置を治して、スマホをメイシロウに向ける。


「デルガドさん。こいつ、魔法西学園で何年も留年した後に、辞めていった留年中退野郎のメイシロウですよ!」


 カメラ越しに大袈裟な笑い声が響く。デルガドと呼ばれた男は、『留年中退野郎』という言葉に興味を惹かれたようだ。餌に群がる蠅のように羽音を響かせる。


「おい、なんだよ、それ。面白そうじゃんか、もっと詳しく聞かせてくれよ」


「こいつ、俺が通ってた魔法西学園で、魔法が目覚めない状態で何年も通ってた馬鹿なんですよ。一年で目覚めなかったら、普通目覚めないのにですよ!」


 カメラマンの言葉に、デルガド達が「嘘だろ~!」と、過剰な反応と笑顔をカメラに収めていく。彼らの笑顔が輝けば輝くほど、メイシロウの表情は黒く重く沈んでいった。


 もう少し早く【Re:CaKO】に戻ってきていれば、防音室に籠れたのに。そうすれば、この三人組に会わなかったはず……。メイシロウは自分のタイミングの悪さを恨めしく思うが、どれだけ自分を恨んだところで、三人の口が閉じることはなかった。


「えっと、この動画を見てくれてる人は、【魔法学園】について知らない人もいると思うので、この私、ヨゼフィーネが説明します!!」


 女性――ヨゼフィーネが手を上げながらスマホの前に移動する。


「【魔法学園】というのは、魔法証を欲しい人達が通う学園でね、普通は一年で通うか辞めるか判断するのよ。一年で魔法を使えるようにならなければ、まず、才能がないってことだから」


 それなのに、メイシロウは魔法を使えぬまま5年の月日を費やした。しかし、掛けた月日に見合う対価は得られないまま、学園を去ることになった。


(僕の中では、いい経験だったと思えるようになってきたんだけどな)


 学園を辞めて三年。20歳になったメイシロウは、ある人に出会ってそう思えるようになっていた。

 だが、デルガド達にとって5年掛けても魔法が発動しなかった事実は恥ずかしいモノらしい。

 新しい玩具をプレゼントされた子供のように無邪気に笑う。本人たちにとって邪気は

無くとも、メイシロウには邪な笑みにしか見えなかった。


「おい、これはバズるんじゃないか? 姫騎士愛用の菓子屋で働くのは、学園を留年して中退した落ちこぼれでしたってさぁ!」


「確かに! 私たち運持ってるね~!」


 インパクトのある人物の登場。メイシロウを人気を出すための記号として利用をするつもりらしい。身体全体を映そうと、カメラマンが近寄ってきたところで、


「本当、最近の冒険者は配信者に変わってるって本当なんだね!! 口を開けば「視聴回数だ~」「登録者数だ~」って、そればっかり。勇者が持ち込んだ文化の中で、私はぶっちぎりで嫌いなモノだよ」

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