この世界の普通の冒険者徒党の戦闘

 空は青く晴れ渡り、空気は澄んでいた。地を見渡せば起伏豊かな山岳地帯が何処までも広がっている。北の彼方には青々とした森が有り、その中では血と汗の匂いが微かに混じり始めていた……。


 ――彼等一党は、どこにでもいる冒険者である。

 目立つ所等少しもなく、特別な使命等何一つ持たない、ほんの少し真面目でほんの少し不真面目な、この世界の片隅にいる者達だ。

 ――今から綴るのは、そんな何処にでもいる徒党の一幕である。


「ぎゃっ!」


 放たれた矢が頭部に命中した時、短く濁った悲鳴が漏れた。

 たった一瞬の事である。

 首元まで伸ばした黒髪を持った女拳士が自分に振るわれる錆びた剣の刃を躱した直後、彼女の眉間に傷んだ矢が収まる。その場で身体は崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなる。


「畜生、よくもやりやがったな! この怪物社会の豚野郎!」


 その茶色い髪が汗と脂で輝き、身体が怒りで震える。人族の青年が右手で振るう剣が、その肉を切り裂く。それと同時に左の盾で棍棒の一撃を防いだ。


 今しがた仲間が殺められた様に激高し、剣には僅かに力が籠る。


 彼等の目の前にいるのは六体の野犬に乗ったゴブリンだった。人間の骨や獣の皮で身を固め、錆びたナイフや棍棒や弓矢で武装したゴブリンに調教された野犬の機動力が合わさった結果、彼等冒険者を長らく苦しめるに至っていた。

 

「こうも多いと堪えるわい」


 青年の隣で二丁の戦斧を振るう豊かな顎鬚を蓄えたドワーフの男が息も絶え絶えに愚痴を漏らす。


 彼等は駆け出しの冒険者であり、今回請け負ったのは目の前のゴブリン達に略奪された村が祀っていた宝剣を取り戻せという物だった。


 彼等の等級は五。特別高くもなければ低くも無い。極めて普通の冒険者である。

 最初は小遣い稼ぎ程度のゆるい仕事だと思っていたが、蓋を開けると真逆の厳しい仕事だと言っていいだろう。


 宝剣を取り戻したものの、村を襲ったゴブリン達の巣は当たりだったらしい。野犬を調教したゴブリンライダーを有する程の巨大な力を持つ巣であった。


「よくもアイツを殺しやがったなゴブリンの癖によ!」

「頭に血を昇らせるな。死んだ奴は生き返らんぞい」

「でもよ!」

「それとも、死体をもう一体増やすつもりか?」

「……畜生!」


 そう言いながら青年の盾が野犬の爪を防ぐ。

 ゴブリンの攻撃より恐ろしいのは、野犬である。ゴブリン共が手繰る野犬の様子を見れば、目は血走りどれも凶暴そうだ。

 おそらく、狂犬病に罹ってるに違いない。

 もし引っ掻かれたり噛まれたりしたら、傷跡から病を発症し、風邪の様な症状から幻覚や錯乱等を引き起こし、最悪の場合は死に至るだろう。

 それを含めて、厄介な敵と言っていい。

 

「死ねよやッ!」


 裂帛の一声と共に、青年は野犬の動きを見切る。

 左手に握ったシールドで爪をいなし、盾の面で腹を僅かに撫でた後、一呼吸と共に右手に握った剣に力と術理を込める。

 一瞬にして三発の突き。……彼の放った刃は、野犬の腹の臓腑に達し絶命に至らせた。

 人の培った剣技の一つである。


「ぬん!」


 野犬の絶命で地べたをゴブリンをドワーフが首めがけ斧で断つ。

 一体撃破。


 ……ドワーフと青年が自分の得物を振るいながら言葉を交わす中、その後ろでエルフの男が弓を引き、魔術師の少女と僧侶の少女が呪文を唱えていた。


「“座に坐すましま神に乞い願います、解毒の癒しを彼の者達に”」


 白いケープを羽織った赤い短髪の僧侶が神に祈りを捧げ、握っていた錫杖に白い光が灯る。

 そうすると彼女が手繰り寄せた奇跡が、前衛で戦う二人の解毒をした。

 目の前にいるゴブリンの戦い方をこの徒党の誰もが既に把握していた。前方の四匹が野犬を手繰り、速力で物を言わせた攪乱で前線を維持し、後方の弓を構えた二匹が安全な位置から弓を狙い撃つという物である。


 弓矢の存在も厄介だ。ゴブリンの弓矢は威力こそ大した事はないが、鏃に塗られた毒は当たれば麻痺を引き起こす。前衛二人はそれぞれ鉄の防具や皮鎧で身体を覆っているが、森林の中で動きやすい装備を選択した為、総じて守りは薄い。


 彼等徒党が取った戦術というのは、前衛三人が攻撃をなるたけ引き寄せ、僧侶の少女が二人を逐次回復して防御線を維持。

 その間、後衛のエルフと魔術師が敵を減らすという物であった。


「左の弓は私が。貴方は向かって右の弓をお願いします。三、二、一で行きましょう」


 金紗の髪を首まで流した耳長の男は、いちいの木で出来た弓の弦を引き、狙いを定めながらそう言った。


「“力は矢、意思は弓”」


 黒髪を腰まで伸ばした少女は、桜で出来た杖を敵に向け魔術を使う為の『古代語』による呪文を唱えた直後、首を小さく縦に振る。

 その杖先には赤い光が溜まっている。

 彼女が唱えたのは矢の魔術――俗に言う所のマジック・ミサイルの呪文だ。魔力を矢にし、敵に当たれば一撃で身体を吹き飛ばす威力を持つ。攻撃する魔術の中では最もポピュラーな物。


「三、二、一!」

「“放て”」


 エルフがそう言うと、彼は引き絞った矢を放ち、少女はマジック・ミサイルを放つ呪文を唱える。

 エルフの矢は風切音を立て、ゴブリン達の肉壁の僅かな隙間をすり抜けて宣言通り左の弓矢のゴブリンの頭に当たる。彼の鏃が当たった瞬間、ゴブリンの被っていた獣の骨は砕け散り、それがゴブリンの死の表しであった。


 魔術師の赤い光は、肉壁全体を右に弧を描いて避けると右の弓矢を構えたゴブリンに直撃する。当たったのは左脇腹。瞬間薄汚れた緑色の脇腹には煉瓦程の大穴が空き、瞬間その一匹は野犬の上で崩れ落ちた。

 騎手を失った二匹は、そのまま尻尾を巻いて背後に逃げて行った。


「よし、後ろの奴等が消えましたね!」

「やりました……」


 エルフの男が喜色を浮かべ、そして魔術師の少女は憔悴を浮かべそう言う。


 魔術はそう何度も使える物ではない。自分の体内の魔力を糧に、体外の魔力を変化させて現象を引き起こす神秘の業は、どんな人間でも連発すれば精神力と体力を消耗していく。


 彼女がこの日使った魔術はこれで六回目。平均的な駆け出しの魔術師なら日に八回魔術を使えれば良い方であり、ここに来て魔術師の疲労はピークに達していた。

 しかし、まだ倒れる訳にはいかない。


 彼女はしゃがみ込んで、右脇に杖を置くと羽織っていた黒いローブの内から淡い緑色の液体が入った小瓶を取り出す。コルクを抜くとそれを一気に呷った。

 薬草を煎じて作られた気付け薬である。それで体力を回復させた後、次に翡翠の色合いを持つ丸くごつごつした結晶状の石を取り出すと、それを両手で覆った。


「“込められし魔力を我が身に”」


 石は一度淡く輝くと、途端石から翡翠の色合いがまるで潮が引く様に消え失せていく。

 自然は時に魔力を吸い込むと、石に魔力を溜めて魔力結晶と呼ばれる鉱石を作る。冒険者の魔術師はこれを何個か持っており、もしもの時は石に溜められた魔力を使って自らの魔術の足しにするのだ。


 一連の動きで精神力と体力を回復し、更に魔力鉱石を使って二回分の魔法を撃てるぐらいの計算を直感的にすると、彼女は手早く杖の先をゴブリン達に向ける。

 その時だった。


 鈍く重たい轟音と共に地面と空気が震えた。


「何だ、どうした!?」

「い、今のはなんじゃ?」

「きゃあ!」


 青年とドワーフが叫び、女僧侶が可愛らしい悲鳴を上げる。

 さしものエルフも気圧され、魔術師も構えた杖を思わず落としてしまう。


 しかし、この場で最も奇妙なふるまいをしたのはゴブリン達だった。彼等は地震が起きた瞬間、冒険者達への攻撃すら忘れて一様に騒ぎ立てると、そのまま野犬を走らせて一目散に逃げだしたのだ。

 耳障りな、どこか焦りと怯えを含んだ喚き声を散らしながら。


「何だ、これ……」


 青年が思わず気の抜けた声を漏らすと、ぽつりとエルフが呟いた。


「怒ってる」

「何じゃ、耳長。どうした?」


 ドワーフが二丁の戦斧を背中に収めながら、怪訝な様子で奇妙な事を呟くエルフに声をかけた。


「いえ、私はゴブリン達の言葉を少し知っているんですが……彼等は去り際こう言っていたんです」


 エルフはドワーフだけでなく、徒党全体にこう語り掛ける。


「ヤツが怒っている、と」


 エルフの青年がそう言った直後である。もう一度地面が震える。

 やがて徐々に樹木が立て続けにへし折られる音が響いてく。


【――ッ、ッ】


 そして姿を表したのは、小山を思わせる巨人だった。

 身長は五メートル程。全身至る所に細木や草や蔦を絡ませ、まるで衣服の様に覆っている。

 右手には腰程もある杉で出来た棍棒を握り、時折周囲の木々をそれで払うーー様にへし折っている。

 唯一顔の灰色の瞳と、口から覗く黄ばんだ歯がそれが山ではなく生物であるのだと彼等に気付かせた。

 

「トロール……」


 人族の青年が口にした言葉が、奇しくも目の前のそれの正体を言い当てていた。

 

【―――――――――――ッ】


 巨人が轟音の唸りを上げる。

 彼等は身を竦ませながら、自らの得物の柄を力一杯握り締めていた……。



 ×    ×    ×


 

 と、以上がこの世界の所謂『普通の冒険者』の戦闘風景である。

 主人公一党が特殊ケース、作中に少し登場するアルトリウスが上澄みだとすれば、彼等はこの世界の極々一般的な実力――より僅かばかり上であるが、大体普通の冒険者はこの様に戦う。


 まあ、お察しの方がいるかもしれませんが非公開にしたプロローグを元に設定ページを書いてみました。

 本来ならこれは本編中でやらなくてはならない事ですが、本編中にはねじ込めなかったので以下に語る設定の序文としてここに記載します。


 では、この『普通の冒険者』の戦闘シーンを元に設定を少し解説していきましょう。(本編の続き書かないでお茶を濁すダメなタイプのクリエイターですね)




 ・冒険者(パスファインダー)

 ならず者(ローグ)、踏荒者(トランパー)、旅人(トラベラー)、影走り(ランナー)、遺跡漁り(スカベンジャー)、底辺(ボトムズ)……。


 つまりは、この世界にいる末端労働者である。

 冒険者ギルドに登録し、その種族の成人年齢に達していれば基本的に誰でもなれる。

 ただ、その際には幾らかの誓約がかけられる。以下に記すのが何処の街に行っても交わされる内容だ。


 ・街中での自衛と決闘以外の殺傷行為を禁ずる。

 ・街の有事の際は登録者は必ず解決まで協力する事。

 ・冒険者登録中は定期的に仕事を受ける契約。

 ・受注したクエストにおける虚偽報告の禁止。

 ・登録した土地以外に出向いた際、必ず冒険者ギルドに出頭する事。


 後、二~三あるが大体はこれである。

 管轄する街内での治安維持協力、有事の際の協力義務、計数されない戦力の稼働、受注クエスト成果への詐称の禁止、他の街に出向いた際ギルドに出頭する事による在冒険者人数の把握化。

 ……街に刃物を持った人間がいる事を許容する為には、これぐらいが必要なのである。

 

 違反すれば基本的にはどの街でも、大体全身が腫れ上がる程の激痛が走る。

 ただ遵守すれば、身体能力の向上や知覚の鋭角化、魔力量の向上等の恩恵が受けられ、また都市に支払う税金も半額で済む。


 基本的に上記の誓約の恩恵がデカいので、基本的に皆冒険者ギルドで登録してから冒険者となる。

 ただし、上記の規則が適用されない――所謂裏の存在が必要とされるのもまた事実だ。

 この裏の存在で有名なのが、エスカオズという土地発祥のバルレーン・キュバラムなる人物が率いる〈紫鳶の座〉なる暗殺者集団である。


 この世界においては、魔物や迷宮等の諸問題が肥大化し過ぎている為、彼等の存在は必要不可欠である。

 何せ、彼等は使い勝手の良い存在だからだ。正規軍兵士のウン分の一の金で雇え、かつ死ねばチャラに出来る無名の者共。

 都市に支払う税金が半分で済むのも、稼ぎが不安定で気づいたらいなくなってる奴等だからである。


 故に、彼等は普通の都市の住人からは大抵白い目で見られてる。

 が、税金が安く済むからと言って都市に住む普通の人間が冒険者になろうとしないのは、冒険者である限り定期的に仕事を取らなくてはならないからである。


 なお、そんな白い目で見られる冒険者であるが、有名冒険者は別である。彼等は冒険者ギルドが直々に手配し、吟遊詩人や舞台演劇等を利用しこぞって宣伝される。

 理由は勿論、人材の定期的な補給の為である。

 

 基本的にそういう華やかな活躍を宣伝しまくり、自分でも出来ると勘違いした奴等が喜び勇んで冒険し、結果として魔物に殺されるのが基本パターンである。


 冒険者とは、まこと死狂い。

 冒険者の飲む、街のポーションの味は苦い……。




 ・魔物と獣の違い

 自然の摂理に沿った狼や熊などの動物が獣であるとするなら、魔物とはある程度の自然の摂理に反した存在である。

 例えば竜が良い例だろう。彼等はその巨体で空を飛び、鋭い爪と牙を持ち、火を吐く。


 これは通常の物理法則に反している。


 存在の耐えられない重さを耐えてしまう生命存在、それが魔物である。




 ・武術

 つまり、剣術や格闘術、弓術等の総称。

 基本的に武術の目的は一つ。心身の完全な調和である。

 この一つの目的の下、現在この世界において武術は以下の様な戦い方に分類分けされる。


 ・対人戦闘。

 ・対魔物・獣戦闘。

 ・対集団戦闘。


 陸上競技が長距離と短距離等の分野に分けられる様に、武術もそれぞれ細分化されている。

 特に冒険者に必要となるのは対魔物戦闘であろう。人間と違い、その刃を突き刺す位置が一ミリ違えば死に至らない。


 それに魔物は常に一匹でいるとは限らない。状況によっては、一人で複数を相手にしなくてはならないし、また自らが複数の仲間と組んで戦う事もあるだろう。

 という訳で、武術と一重に言ってもこの三種に分類分けがされている。


 基本的に流派の師匠がある程度を満遍なく教えているが、冒険者で重宝されるのは対魔物と対集団戦闘である。


 次に、現在の時代と武術の関係に関してだ。

 現在の時代は人対人の戦の時代でなく、慢性的な魔物や迷宮との戦いの時代だ。


 故にどの街でも最低でも数件は武術の道場が存在し、それなりの門下生を持って運営されている。


 また、これは時代が冒険者という存在を迎えたからが故か、現在は一つの流派をある程度修めた者が冒険者になるのではなく、冒険者ギルドに登録した後の者が武術の道場に通い始めるという奇妙な逆転現象が起きている。

 

 しかし、所詮は冒険者。ある程度は学んでくれるが、命の価値が空気より軽い為弟子の消耗が激しく、弟子の供給は高いが技術継承の担い手が少ないという問題に発展している所もあるという。


 尚、トルメニア王国の剣術で有名な流派の一つとして東の地で栄えたグレイマウザー剣術が上げられる。

 王族との血縁関係もあるトルメニア王国の東一帯を統べる総督家が習う程の流派であり、かなりの権勢を誇っていた。

 特に足捌きが有名である。


 余談であるが、対集団戦闘で一人で多数を相手にする事を教えているとあるが、大抵はどう生き残るかという点である。

 基本的に囲まれたら終わりなので、それぞれの流派の師匠はまずそうならない様に立ち回れという点から教え、その上で囲まれても何とか一秒でも長く生き残る方法を教えている。


 無双の方法ではなく、実直な生き残る方法である。

 ……もし一人で多数を相手に出来る者がいるなら、それは少なくとも達人クラスだろう。


 達人でも、八人同時に相手にして切り抜けられれば伝説に残るレベルである。




 ・魔術

 万能のエネルギーである魔力を以って、物理法則を改竄する術。

 乱暴な言い方であるが、魔力を扱う術=魔術である。

 学問と技術両方の面を持ち、魔術師は学徒であり技術者であり戦闘者である。


 ただ、基本的に超常的な力を持つが故、薬学以外の技術を軽視する傾向にある。

 例えばアスフォデルスの使う魔法銃は、高位の魔術師からすれば無用の産物であり、普通の誇りある魔術師なら使おうとは思わない。


 次に、魔術の原理に関して。

 魔術において、必要になるのは発動媒体と呪文詠唱と魔力である。


 発動媒体とは杖等である。別に杖と固定されておらず、指輪であったり、ネックレスであったりする。あるいは剣等の武器と一体型となっている物もある。


 何でも良いという訳ではなく、発動媒体の魔術をかけ、その物品の構造を魔力が通り易くする必要がある。

 魔術師は発動媒体で魔力と意思を通し、呪文を詠唱して起こす現象のイメージを詳細にしていき魔術を発現させる。



 

 呪文詠唱。かつて『諸人の国』の時代において定められた言葉――古代語を以って行う。


 古代語は魔力に干渉しやすい性質を持つ言語である。また人間の意思を鮮明にする特性も持ち、つまり唱えれば唱える程人間は魔術を使う事に具体的なイメージを以って集中していく特性を持つ。

 この言語自体がある種の魔術と言っても過言ではない。


 ただし魔法を使う際、古代語はある程度決まった並び、決まった言葉で詠唱しなければ発動しない。

 例えば矢の呪文で“力は矢、意思は弓、放て”という物がある。


 これを“理力は矢、我が意思は弓、放つ”でも“意思は弓、力は矢、放て”でも矢の魔術は発動するが、“力は剣、意思は弓、放て”だと発動しない。

 原則として魔術は下手なアレンジを加えると、余程の天才でもない限り発現は不可能だ。




 最後に魔力。

 魔力とは、人間に宿る――物ではない。

 魔術師が魔力を使う時、魔力はこの人間が存在する物理的な世界ではなく、もう一つの霊的な異世界から引いている。

 

 霊的な異世界は計測不能なレベルの魔力で満ちている、言わば魔力の海であり、あらゆる存在は霊的な感覚を繋げる事によって魔術を執り行っている。


 14話:甦る魔術師でアスフォデルスの語った通り、魔力の海という水源から魔力を引いて、各々が調節して魔術を使っているのだ。


 ただし、あまりにも強大な魔法を使おうとすると必要となる魔力を引けなければ肉体が耐え切れず、軽くて気絶。重くて死亡。

 あるいは、必要となる魔力を引きすぎても肉体が耐え切れず同様の結果となるだろう。


 一番最初の名無しの冒険者徒党の魔術師がやっているのは、つまりポーションを飲んで体力を回復して魔法一発分回復。更に魔力鉱石という、バッテリーを使って更に一発分の魔法を撃てる様にした訳である。




 ……というのが、この世界の魔術師が魔術を使う詳細な工程である。

 錬金術に関しては、実験の様式が呪文詠唱の代わりとなっており、物理法則を改竄している訳だが、これ以上語ると話題が逸れる為ここで終わらせておく。

 また神官の使う神の奇跡に関しても、本編上では現在の所発生しないので説明を割愛する。

 

 現在この世界において、魔術師は多い。

 というのも、人対人の戦国時代が終わって政治により食糧事情が改善された事により、肉体的に頑健だったり霊的な感覚を持つ者が増えたからだ。


 ただ、これにより魔術師が飽和しているのも事実である。故に冒頭の魔術師の様な冒険者となる者が後を絶たない。

 ゴーレム作成・操作の様な特殊技能でもなければ、超常の力を持つ魔術師と言えども冒険者に落ちるしかないのだ。



 ×    ×    ×



「“座に坐すましま神に乞い願います、彼の者等に軽捷の奇跡を”」

 

 女僧侶が祈りにより、敏捷を上げる奇跡を起こす。一瞬ドワーフと青年の身体を淡い光が包む。

 それでトロールが持つ杉の棍棒が右から薙ぎ払われるのを、青年とドワーフが間一髪躱す。

 もはや盾や武器で受け止める段階を超えていた。振り回された棍棒は、そのまま隣の木々を無造作にへし折る。


「そこです!」


 金紗のエルフが一瞬の隙を見切り、矢を立て続けに三射放つ。

 それは、全てトロールの棍棒を握る指に命中した。その鏃は草木の巨人の指を穿ち、棍棒を取り落とさせる。


 ここに来て、トロールは目に見えて消耗していた。このちまちまとした人間共、棍棒の一振りで終わるかと思いきや中々に手こずらせてくれる。

 もう絶対に腹に収めなければ気が済まない。


 ――彼がそう言った矢先、ふと目が魔術師に行く。

 先程までこそばゆい赤い光を六発も撃って来た魔術師は、今は足元に幾つもの白い石を転がし、杖を必死に握り締めて何かを唱えている。

 よく見ると黒だった筈の長い髪は、色が抜けて白い物が混じり始めていた。

 ――その変化に気付いた時、彼は既に死の淵に立っていたのだ。


「“雷よ”」

 

 瞬間、青白い稲妻がトロールに落ちる。

 雷の呪文“ザップ”。古の時代の破壊の代名詞、雷の呪文。その中でも低位であるが、矢の魔術以上の防ぎようのない威力と速さを持つ。

 

 抗う事も防ぐ事も不可能だった。

 落ちた雷は、トロールの脳も臓腑も一瞬で焼き尽くし、痛みすら覚えさせる事なく事切れさせていた。


 ――――。

 ――。


 打ち倒したトロールの死体を見る彼等は、まさに命からがらという態だった。

 本来なら軽い仕事であった筈が仲間は一人死に、全員は息も絶え絶え。……魔術師に至っては、魔術の使い過ぎに本来なら身に余る雷の呪文“ザップ”を使った事により、トロールを倒した直後昏倒した。


 黒かった髪は魔術の負荷からか、白い物が入り混じっており呼吸は浅く、顔色は著しく悪い。


「酷いモンじゃのう……」

「クソ、こんな筈じゃ」


 ドワーフがそう言うと、人族の青年はこの不幸に毒づいた。

 肉体面での疲労も去る事ながら、経済的にも被害は深刻だ。拳士の葬式代と今回のポーション代、それに魔術師の魔力鉱石代などの出費を考えれば、追加報酬を足したとしても全く足りない。

 

 命あっての物種と言えば聞こえはいいが、物種がなければ今後の生活すらままならないのである。


「どうすりゃいいんだよ。……こんなんじゃ、暮らしていけねぇよ」


 彼がそう言うと、金紗のエルフが少し間を空けてこう口を挟んだ。


「……勝てるかもしれない“博打”を知ってます」

「なんだそれ?」

「この前、冒険者ギルドで耳に挟んだんですがとある徒党が迷宮に潜った際、賢者の石を見つけたそうです」


 賢者の石というのは、魔術師でなくても知ってるぐらいには有名な代物だ。無限の魔力を引き出させ、かつ水に溶かせば高純度の霊薬になるという夢の様な代物である。

 この御伽噺の宝物の様な物を作成したのは、有名な魔術師であるアスフォデルス。名前と業績しか知られていない正体不明の魔術師だ。


「そ、それどこだ!?」

「なんと聞いてびっくり、あの『不凋花の迷宮』らしいです」

「『不凋花の迷宮』!? 『不凋花の迷宮』って、あのがっかり迷宮のか!?」

「はい、そして聞く所によれば雷使いのオーウェルも近々潜る予定だとか」


 雷使いのオーウェルと言えば、彼等よりかなり有名な魔術師の冒険者である。異名が雷使いである様に、先程彼等徒党の魔術師が使った“ザップ”どころか、城壁すら吹き飛ばす事の出来る更に高位階の“コール・フォースライトニング”すら使えると聞く。


「雷使いのオーウェルなんて、有名人じゃないか」

「更には最近噂になってるあの徒党も、……流石にアルトリウス一党は来ないみたいですが」


 あの徒党というのは、最近迷宮都市イシュバーンで名を馳せているある徒党を指す。人族の高位の剣士と、小人族の腕利き盗賊、ハーフエルフと獣人の魔術師という顔ぶれだ。


「二匹目の魚を救いに行くというのは、些か抵抗があるかもしれませんが……それでもけして分が悪い賭けではないかと」


 エルフの青年がそう言うと、ドワーフは。


「ワシは賛成だな。どうせジリ貧ならいっそ賭けに出たいわい」


 そう言った。

 そこで青年は一度徒党を見る。

 全員疲弊していた。正直、このまま普通にクエストをしても何れ金銭苦から限界が来るだろう。

 勿論、二匹目の魚を取りに行く抵抗もある。それに自分達は今まで堅実に冒険者をやって来た。

 迷宮潜りが何故“博打”とあだ名されるかと言えば、それは報酬が手弁当だからである。当たれば一攫千金しかし、外れれば損しかない。

 そういう不安定さが、彼の顔を渋くさせていた。

 

 しかし、名の有る徒党が二つも入るのだ。ならば、けして分の悪い賭けという事もあるまい。

 そう思えば、些か心は軽くなる。

 ……しばしの間を空けて、彼は結論を出した。


「解った、潜ろう。『不凋花の迷宮』に」


 苦い物を飲み込む様に、人族の青年は徒党全員にそう伝える。


 ……数日後の早朝、イシュバーンの東側に向けて走る幌馬車に彼等が乗っているのを何人かが見かけたが、それ以降彼等を見かけた者は誰もいなかった。

 


 

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