10話:ダンジョン飯


 『不凋花の迷宮』の十階に到着した時、アスフォデルスは精も根も尽き果てていた。


 疲労の分量は荷物や徒歩の重さ三、度重なる戦闘に神経を擦り減らせたのが三、幾重にも続く石造りと暗闇に気が滅入ったのが四だ。

 途中途中で小休止をこまめに挟んだものの、体力は回復しても気力はじわじわと減り続けていく。


 だからバルレーンがどこまでも続く石造りの迷宮の、まるで出口の様に佇む茶色い両開きの扉の前で「今日はここを野営地にするよ」と言った時、一瞬彼女が赤毛の女神に見えた程である。


「よ、ようやく終わったの?」

「うん、今日はもうこれで終わり」

「あー、凄い……凄い疲れたぁ」


 そして、扉を開く。

 まず目に飛び込んだのはランタンがいらない程の明るい光。次いで、半径二十メートルはあろうかという大きな地底湖だった。


 扉の手前には分厚い白の花崗岩かこうがんで作られた足場があり、恐らく直近で他の徒党が使ってたのであろう、中央には木切れの燃えカスが残っていた。


「ここだけは光苔が生えててね、それでこれだけ明るいんだ」


 野営地の設営は簡単な物で、この階にいる魔物をある程度間引いた後、バルレーンが野営地の前にある左右の分かれ道に鳴子の罠を仕掛けただけだ。

 トイレの場所は元々階ごとに冒険者間で決まっており、彼等の野営地から五メートル離れた場所にある。

 後行った事と言えば、そこら辺に転がっていた石でフライパンを置く台を作ったぐらいか。 


「あー、すっごい疲れた」

「お疲れ様、アスフォデルス」


 設営が終わると、バルレーンが赤革の籠手こての位置を直しながらそう声をかける。アスフォデルスは結局今日は一回も使わなかった魔法銃を杖にし、その場にへたり込んだ。

 戦闘はほぼほぼファングインが方を付けていた。アスフォデルスはおろか、ユーリーフもバルレーンすらも出番はなく、当の本人と言えば今は何となくやりきった顔を浮かべている。


「冒険者って、いっつもこんなキツイ事してるの?」

「それが日常だからね」

「……凄いな、冒険者って」


 そういうとアスフォデルスは肩にかけた革の水袋に手を伸ばす。

 今は中身が入っていない。しかし、彼女が古代語の彫られた金属の蓋を外すと、途端に水袋が膨れ上がる。

 そこで口を付けると、アスフォデルスは喉を鳴らして水を飲み干し始めた。


本当マジ、何でもありな解決方法だね」


 これもまたアスフォデルスが荷物の重量を軽くする為考えたマジックアイテムである。

 蓋を外すと水で満たされる水袋。原理は召喚魔法の応用だ。


 街の井戸に召喚の呪文を刻んだ石を入れる。そして同じく座標と条件を細かく指定した呪文を本体と蓋に刻み、蓋を開ける度に革袋一杯まで水が満たされる様にしたのだ。


「これといい、重さが殆どない道具といい、売ったら高く売れると思うなぁ……」


 ついでに作ってもらった自分の水袋を手に取ると感慨深くバルレーンは呟いた。


「売って評判になったら、絶対に私を捕まえに来る奴が出る。今そんな危険は冒せない」

「じゃあ、ボク達を護衛で雇うってのはどう!? お安くしとくよー?」


 したり顔で両手を揉むバルレーンの言葉に、アスフォデルスは先程までたった一人で向かってくる敵を片付けたファングインを思い浮かべる。

 右手に握った何の変哲もない剣一本で並みいる敵を尽く倒したあの強さ。ランタンに照らされる顔と銀髪。……しばらく一緒にいて麻痺していたが、傍目から見ればやはりファングインは顔が良い。


 もしも。

 もしも、自分の顔が元に戻ったら。綺麗になったら彼は隣にいてくれるだろうか? 自分に夢中になってくれるだろうか?

 ユーリーフもバルレーンも美人だ。

 ユーリーフの太ももまで届く黒い長髪に薄紫の瞳は、男はきっと強く惹かれるだろう。バルレーンはその燃える様に艶やかな赤髪と赤瑪瑙の瞳は稀有な物である。それに身体つきだって良い。

 それに比べて自分は――


「アスフォデルス、大丈夫?」


 そんな考えにふけり始めた矢先、アスフォデルスはバルレーンの声で現実に引き戻された。


 自分は一体何を考えていたのだろう。まるで力と姿を取り戻した後もこいつ等と一緒にいるのを望んでいる様では無いか。用が済めば別れる程度の仲だと言うのに。

 何故か痛む胸を押し殺した後、彼女は何でもない様に答えた。


「あ、あぁ。……そうだな、ファングインなら雇ってもいいかな?」

「って、ボクとユーは?」

「ユーリーフは私の研究の助手、お前は……知らない」

「なんだよ、ケチー。バルレーン・キュバラムを雇えるなんて凄い事なんだぞー」


 そんな事を喋りながら、穏やかに時は過ぎていく。

 彼等は早速夕食を取る事にした。倒した魔物が持っていた槍の柄や弓矢を割って作った薪と魔物除けの薬草をくべ、それでベーコンを炙る。立ち込める煙はユーリーフが風を起こす魔術を使って排煙した。


 本来洞窟や鉱道等で焚火をするのはもっての外である。というのも、立ち込める煙での窒息。また石が火で熱せられる事により、熱膨張が生じひび割れ、最悪の場合崩落する事も有りうるからだ。しかし迷宮は違う。


 構成する魔力により、迷宮は常に人間で言う所の呼吸と似た現象を起こしている為、煙で窒息する事もなければ崩落する事もないのである。

 尚、右も左も分からない新米冒険者が迷宮と天然洞窟をごっちゃにして火を起こした結果。いぶされ呼吸困難になって死んだり、崩落を起こし死ぬのは割と良くある事である。


「いざベーコンの匂いを嗅ぐと、腹が空いてくるな」

「……迷宮って降りるだけでも体力を使いますからね、一杯食べましょう」


 後はパウンドケーキとドライフルーツをそれぞれ鞄から出す。それが本日の夕食であった。

 アスフォデルスは脂ののったベーコンをフォークで刺すと、そのまま口に運ぶ。疲れ切った体に炙ったベーコンは染みる程美味かった。


 パウンドケーキは中にナッツが入っており、噛むと口いっぱいに甘味が広がる。

 ドライフルーツはレーズンと林檎と木苺であり、一口つまむとパウンドケーキとはまた違った甘酸っぱさがあった。


 迷宮での食事は必要不可欠だ。もし食事を取らなければあらゆる生き物は体内の栄養を使い切り、倦怠感や吐き気、重篤になれば意識を失う等の症状を起こす。

 これを俗にハンガーノックと呼び、冒険者が気を付けなければいけない事柄の一つである。


「……しかし、ここまで来る間。全く見なかったね、他の冒険者の跡……」


 ユーリーフがそう言うと、バルレーンがベーコンをパクつきながら応える。


「確かに、全滅したにしては十階まで綺麗過ぎる。死体の一つや二つ転がってもいいくらいだよね」


 バルレーンの言う通り、普通に全滅したのなら徒党の一人や二人の死体が転がっていておかしくはない。

 だが、ここに来るまでその跡は一切ない。

 それにバルレーンが憶えている限り、今日相手にした魔物達の装備に変化は一切無かった。


 これがどういう事かと言うと、もし魔物によって冒険者が倒された場合、魔物達はその装備を利用する習性がある。しかし、今まで出くわした魔物にはいずれもその形跡はなく、使ってる武器は迷宮に呼ばれた時のままであろうプレーンな物だった。


「……少し、おかしいよね」

「今は何とも言えないかな。『不凋花の迷宮』の十階までなら、ある程度の実力あれば突破できるし」


 もしかしたら十階以降から死体なり何なりが転がっている可能性はある。そう踏まえての返答だった。


「お前等、……食事中に死体とか言うなよ」


 些かげんなりした顔でアスフォデルスはそう言った。そこで二人ともようやくこれが食事時に話す話題でない事に気付いた。


「ごめんごめん、話題変えよっか」

「……そうだね、バルちゃん」

「それじゃあ言い出しっぺの法則で、アスフォデルス! 何か良い感じの話題を!」

「うぇ!?」


 確かに話題は変えて欲しかったが、自分に流れ矢が来るとは思ってなかった。

 が故に、パウンドケーキを頬張っていた所で彼女は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「へいへーい、まさか自分から話題を変えて欲しいのに、ネタは持ってないってのかーい?」

「あー、効率的な霊薬の作り方とか?」

「やだ」

「ゴーレムの稼働時間を劇的に伸ばす方法とか?」

「パス」

「えーと、じゃあ教会秘伝の朝食の材料で簡単に出来る、どんな魔物にでも効く聖なる武器の作り方とか?」

「それは……ちょっと気になるけどパス」


 そこで気が付く。今まで魔術の研究をしてきたのが人生の殆どで、自分には会話の引き出しが全くと言っていい程ない。

 研究の事を話せばこの時間どころか一週間でも時間は足りないが、さりとて盛り上がるかと言えば否だ。どうしようと思いを巡らせ、アスフォデルスは二人にファングインの事を尋ねてみる事にした。


「なぁ、ファングインって本当にどういう奴なんだ? こいつ明らかに強すぎるだろ」


 アスフォデルスに武術の心得はない。しかし、それでも先程までファングインが見せた剣の腕が並外れた物である事は理解出来た。それこそこの腕なら冒険者に身をやつすより、文盲だとしても他に幾らでも仕事があるだろうに。


「まぁ、実はボク達もファンの過去を知ってる訳じゃないんだよね」

「……はい、わたし達も出会ってそんなに時間が経ってないですし」


 バルレーンとユーリーフは一度互いの顔を見合わせると、疑問を投げかけたアスフォデルスにそう言った。


「そうなのか?」

「うん、ボクは前の仕事の折にこの二人と出会った。それが大体半年前かな」

「……わたしは、実家に住んでた時にひょっこりファン君が現れたんですよね。で、その一か月後にバルちゃんと出会ったんです」

「ファンと出会ってから本当短い間で吃驚する位人生変わったよね」

「……本当ね、バルちゃん」


 二人は感慨深げに頷き合う。そして我に返ったかの様に、赤髪の女盗賊はそこから言葉を繋げた。


「まぁ、そういう訳だからボク達もそこまで長い付き合いじゃないんだよ。ユーがいた街はパルトニルだったけど、それ以前はボク達ですら知らない」


 パルトニルという土地は聞き覚えがある。そこはゴーレム遣いの聖地として知られている。

 かつてはゴーレム教団という一団が街を統治していた。ゴーレム研究を一挙に担っており、運搬やら建築関係の奴等と手を組んで、莫大な利益を上げていた組織である。

 そして、ゴーレム教団の初代教主はアスフォデルスの数少ない友人でもあった。


 聞き覚えのある名前に幾らかの寂寞せきばくに駆られるも、話の流れを乱したくない為アスフォデルスはぐっと飲み込む。その代わりに自分の推測を話す

 自分の茶色い髪を一房右手で梳くと、アスフォデルスは自分の隣に座るファングインの――その深緑のローブに目を向けた。よく見ると、ローブの生地には目を凝らしてようやく解る程の細い銀糸で蔓草つるくさが刺繍されていた。


「だが、少しだけこいつの事で分かる事もある」

「え?」

「エルフっていうのは氏族社会でな。その土地によって細かな文化が違う。こいつのローブに刻まれた細い銀糸でされた蔓草の刺繍ししゅう、これ隠し刺繍って言って北のエルフの衣装に刻まれる物だ」

「そうなの?」

「あぁ、昔エルフの技術を調べる為関わった事があってな。そこで聞いたが隠し刺繍は北の地以外には殆ど無いらしい」

 

 滔々と自分なりの推測をアスフォデルスは語る。するとバルレーンは、話の内容より茶色い髪の少女の様子に興味が惹かれたらしく、こう尋ねた。


「……そんなにファンの事気になる?」

「あぁ、ファングインはまるで謎のパッチワークだ。持つ筈のないエルフの名前と服を持って、冗談みたいに強く、それでいて過去を知れる術を持たない……強く興味が惹かれる」


 そこで二百年を経た魔女は、傍らに座る緑ローブの剣士に目を向け。


「なぁ、ファングイン。お前はどこで生まれ、どう育ち、何を求め、いずこに行こうとしてるんだ?」

「うー」

「あの時、どうしてお前は私を助けてくれたんだろうな。それさえ謎なんだよな」


 アスフォデルスのその問いに対し代わりに応えるかの様に、バルレーンはにやりと笑った後。


「どうやら、アスフォデルスもいよいよファンの毒が回って来たようだね……」

「毒?」


 その赤瑪瑙あかめのうの瞳に仄かな狂気をはらませ、バルレーンが笑いながらそう言う。

 それと入れ替わりに、ユーリーフが付け加える様にこう言った。


「……わたし達もアスフォデルスさんと同じです。ファン君から生まれた沢山の何故を明らかにする為、わたし達は一緒に旅をしているんです」


 ユーリーフは一息置いて。


「……この放っておけない不思議な魅力を、バルちゃんは毒に喩えたんでしょうね」

「比喩を解説するのは中々殺生だよユー」


 そこで黒髪の彼女は一度その菫色の瞳を向ける。だが当の本人と言えば常と変わらず、半ば呆けたかの様な穏やかな顔を浮かべていた。

 舞い散る火の粉が、一度銀の髪を照らす。


「ま、ボク達に分かる事なんて、後は――ファンは意外と煌目キメ顔のバリエーションが多い事ぐらいなものさ」

「き、きめ顔?」

「お、食いついてきたね。それじゃ折角だしみてみようか、――ファン。まずは十八番の“青鋼”から」

「うー」


 赤髪の女盗賊がそういうと、ファングインはまるで訓練された犬が吠える様に応えて――


「……」

「……」

「……」

「うん、いいね。これで場も随分温まった。続いて“虎”!」


 バルレーンがまたもやそう言うと――


「……」

「……」

「……」

「お次は“跳ね馬”! そしてこれがトドメの“最高傑作”!」

「全部右から真顔で振り向いてるだけじゃないか!」


 まさしくその通りであった。バルレーンが名前を言う度、ファングインは一々首を右に向けた後から振り返ってるだけである。しかも全て同じ顔で。


「でもほら、ユーを見てみなよ」

「……なんて美しいの」


 アスフォデルスがその青い瞳を向けると、そこには両手を口元に当て、陶酔の表情を浮かべたユーリーフがいる。

 マジか、この女。アスフォデルスは率直にそう思った。


「ユー、ファンの毒回りきってるからね。でも、大丈夫。安心して、君も絶対ああいう風になる」

「え、えぇ……?」

「“青鋼”と“虎”の見分けがついたら、それが始まりだよ」


 そんなやり取りをしていると、それまで会話の端に置かれていたユーリーフは何やら思いついたらしい。両の眉根が上がる。


「……バルちゃん、バルちゃん」

「ん、どうしたのユー?」

「ファン君、“最高傑作”」

「うー」


 ユーリーフのそのかけ声で、ファングインは再度首を右から振り向ける。


「ぴゃ!?」


 急な煌目キメ顔にバルレーンは思わず素っ頓狂な声を上げ、持っていたパウンドケーキを落とす。いつもの余裕めいた空気は吹き飛び、顔は一瞬で紅潮した。


「……かのバルレーン・キュバラムも、存外ちょろいものね」

「“最高傑作”の不意打ちは卑怯だよユー……」


 毒が回りきっているのはユーリーフだけではない。バルレーン・キュバラムもまたファングインの毒が身体中を回っているのである。


「人の心も、体も、運命さえも狂わせるずるい男だよファンは……」


 ぽつり、と呟いたバルレーンの言葉はただただ実感が籠っていた。


 ――――。

 ――。


 夕食を取ってからは全員自由時間となった。ユーリーフとアスフォデルスはゴーレムに関しての授業、バルレーンは自前で持ち込んでいた本をランタンに照らされながら読んでいる。

 題は真紅の色で染め上げられた麻のブックカバーで分からないが、時々口元をほころばせる事から何らかの娯楽作品であるらしい。


 ファングインと言えば、剣の手入れを終えた後は彼女達から少し離れた所でパイプをふかしていた。


 彼のパイプは三十センチもある柄の長いものだ。色は黒。形は花の香りの白煙をくゆらせる筒先を中心に、上へめがけ六十度緩やかなカーブを描く吸い口の棒がある。ただ吸っているのは薬草と花を煎じた彼手製の煙草擬たばこもどきというべき物であり、毒気が無い代わりに味気もまた無い。

 各々がそれぞれ思い思いの事をしていると――


「うー」


 白煙を吐ききったファングインが唐突に唸る。それを聞いた瞬間、バルレーンは読んでいた本を閉じた。


「うん、時間だねファン。――皆、もう寝る時間だよ」

「え、もうそんな時間なのか?」


 アスフォデルスが驚愕の声を上げると、すかさずバルレーンが答えた。


「ファンの感覚は正確だからね。今は夜中さ」


 この大陸の時間軸は、生きる人間によって違う。

 裕福だったり高貴だったり、あるいは役所に勤める役人であるなら生活に歯車式の時計が存在する為、一日が二十四時間となる。

 しかし、これが普通の市民だったり冒険者や貧乏人であるなら、一日という時間はもっとぼやける。

 夜明け、日の出(朝)、日中(昼)、日の入り(夕方)、夜中(真夜中)と地域差もあるが常人が生きてる時間は大体これだ。


「ユー、火の番のゴーレムお願い」

「ん、バルちゃん」


 ユーリーフは懐から左手を模った六センチ程の黒い人形を取り出すと、地面に置き手早く呪文を唱える。

 すると周囲の小石や岩を集め、実寸大の左手が出来上がる。すると五指を蜘蛛の様に這わせて地面の上に立った。ユーリーフは更に古代語で命令すると、左手のゴーレムはそのまま薪や薬草の元に向かった。


「これあるからボク達火の番しなくて済むんだよね」


 バルレーンが毛布を広げながら嘯く。


「熱と煙を感知するゴーレムか」

「……はい、設定した温度や煙の量が弱くなったら薪や薬草を自動で入れます」


 たった今作ったゴーレムを冷静に分析したアスフォデルスにユーリーフは返答した。

 途端、煙の量が弱まったらしい。左手のゴーレムは即座に薬草を一枚、親指と人差し指で掴むと焚火の中に放り込んだ。これもまた通常のゴーレム使いとは一線を画す物であり、アスフォデルスは研究者の目でゴーレムの挙動を見つめている。

 すると――


「うぇ?」


 ひょい、という擬音が付けられる程簡単にアスフォデルスの細い身体がファングインによって持ち上げられる。子猫の様に持ち上げられると、そのまま彼女は彼と共に毛布の中に納まった。

 …。

 ……。

 ………。


「ちょ、ちょちょちょ! ちょっと待った!?」


 数拍遅れ、アスフォデルスが赤面しながら叫びを上げる。まるで怯えた子猫の様に。


「あー、アスフォデルス。薬草は焚いてるけど、モンスター来ちゃうかもしれないから静かにね」

「待て待て待て、どうしてお前冷静なんだ!?」

「あれ、言って無かったっけ? ファンは毎晩女の子抱かないと眠れない」

「今、私、それ初めて聞いた!」

「言ってなかったか。ごめんごめん――じゃ、今言ったからお休みー」

「ちょっと待て!」

「今度何?」


 そこにユーリーフがアスフォデルスに近づくと。


「……あ、大丈夫ですよアスフォデルスさん。ファン君、抱くって言っても抱きしめるだけで何もしませんから……」

「だ、抱く……って」

「本当びっくりする程そういうの無いよね。現にボクもユーも綺麗なままだしね」


 バルレーンは一息置いて、アスフォデルスに目線を合わせると肩を叩き。


「――大丈夫、一緒に寝るだけじゃなくて今度はファンと一緒にお風呂に入る事もあるから。まぁ、でもやっぱりそういうのは無いよ」

「おふッ……」

「ファンに性欲って物があったら、ボクとユーは今頃一児の母だよ」


 そこでとうとうアスフォデルスが言葉に詰まる。


「……まぁ、ここ曲りなりにも地底湖でそれなりに水深も深いですから、寝返り打って地底湖に沈むのを止めるギプスだと思えば」

「あ、用足しに行きたくなったらファンの袖引っ張ってね。そしたらファン寝ながら付いてきてくれるから。それじゃ、おやすみー」

「ちょ、ちょ……」


 熟した林檎の様に赤くなったアスフォデルスを残し、ユーリーフもバルレーンもとうとう自分の毛布に包まる。

 当のファングイン自体は、安らかな寝息を立て、既に深い眠りに就いているのであった。

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