8話:マジックガンナー
「アスフォデルスが『
「一通りの魔物の知識には自信があるぞ」
「残念、ボクの答えは冒険者ギルドへの登録と装備品でした」
酒場――〈見えざるピンクのユニコーン亭〉で。バルレーンはアスフォデルスにそう告げる。
「まぁ、まずは冒険者ギルドに登録しないとね。モグリの迷宮あさりは犯罪だし、見つかったら
警吏というのはイシュバーンの領主に雇われた街の治安を守る兵士の事である。イシュバーンの土地は広く、交易も盛んの為数多くの警吏が雇われており、練度や質も普通よりも高い。
「なんでモグリが迷宮入っちゃダメなんだ」
アスフォデルスがそう尋ねると、バルレーンは虚を突かれた顔をする。
「ありゃ、わかんない?」
「あぁ、何分冒険者になった事なくて。世俗にいた頃は学者一本、離れた後も一切関わる事なかったんだ」
バルレーンは彼女のその言葉に目の前にいる茶色い髪をし、子供服を着た少女が改めて人の理の埒外にいるのだと思った。
「そっか。まぁ、さくっと理由の一つを説明すると、迷宮での
特にイシュバーンは神様達が何回も戦をやった土地だから、その名残の武器や道具がすっごく多い」
「国が接収したりしないのか?」
「取引を持ち掛ける事はあるけど、そんな
迷宮で冒険者が見つけた物は冒険者の物ってのが、トルメニアの法律で決まってる。冒険者ギルドは国営だけど、一応建前上は冒険者の味方。そういう時に守ってくれるからこそ、皆冒険者ギルドに登録するんだ」
「ふむ」
「それに自分達の王様が敷いた法律を臣下が破ったら、国の面子が丸つぶれだしね」
「なるほどな」
「まぁ、だから国も目いっぱいお金を出して取引するしかない訳。冒険者はそれを断ってもいい。ただし神話時代の武器や道具を自らの物にした場合、協力義務を結ばされるけどね」
「協力義務?」
「もし神様が使ってた街一つ消せる槍が発掘されたとする。国としては強力な武器だし、めっちゃ強い化物が出てきたら使いたい。でもなんだかんだあって、見つけた冒険者個人の物になってた場合、君ならどうする?」
「あ」
「うん、その通り。そりゃそいつの所行って、槍使ってって頼むよね。その為には何処で見つけて、誰が見つけて、誰が持ってて、どこに住んでるのかが重要な訳だよ。
という訳でモグリの迷宮あさりは絶対ダメって訳。やったら問答無用で牢屋に入れられて、高い保釈金を払う事になっちゃう」
アスフォデルスは口元に右手を当て、一拍ばかり考えを巡らす。
「なぁ、それなら私の賢者の石の時も国からの取引って来たのか?」
「うん、来たよ。神代の物じゃなかったから居所把握まではされなかったけど、買取交渉は来たね。魔術師ギルドからすっごく良い額で。ね、ユー」
「……はい、とりあえずわたし達三人何不自由なく暮らせる額は提示されました……」
バルレーンに話を振られると、ユーリーフは喉までかかる程の黒い前髪から紫の眼を覗かせ答える。
「なんで換金しなかったんだ?」
「……わたし、すっごくワガママ言っちゃって。その欲しいって……」
おずおずとユーリーフは答える。
「……大魔術師アスフォデルスの賢者の石は、魔術師にとって憧れそのものですから。それに石に秘められた魔力を使えたなら、わたしの魔術も幅が広がると思って。その無理でしたが……」
「まぁ、普段おとなしいユーがこれ程主張したのは初めてだし。ボクもそこまで言うならいっかなって。ファンもそうだよね?」
「うー」
「……あの、でも。もしアレでしたら返します。これ元々はアスフォデルスさんの物ですから……」
そういうと、ユーリーフは黒衣の胸元から再び白布に包まれた賢者の石を取り出す。それを見てアスフォデルスは一瞬顔を強張らせた。
この賢者の石を換金すれば、少なくとも幾許かの財産となるだろう。無一文になった自分にそれはかなり魅力的だ。それにユーリーフとてもし本当に嫌がってるなら、最初からこんな事言わないだろう。
一度喉を鳴らし、アスフォデルスはこう答えた。
「いや、郷に入れば郷に従えという。迷宮で見つけた物は迷宮で見つけた冒険者の物だ、それはお前が持ってれば良い」
「……いいんですか?」
「魔術は失ったが魔術師としての誇りは残ってる。自分より若い魔術師の物を受け取り、金に換えたとあれば魔術師としての私は本当に死んでしまうだろう」
本当は、口惜しくてしょうがない。
何もかもを失ってしまった今、ユーリーフの申し出は女神の施しの様に思えた。けれど、それだけはどうしても出来なかった。
年上の魔術師は、年若い魔術師の邪魔をしてはいけない。むしろ、手助けをしなくてはならないのだ。
「使い方が分からないなら後で教える」
あまつさえ、彼女はユーリーフにそう言ってのける。
「……使い方まで」
「気に病む事はない、ここまで世話になったんだ。利息分くらいにはなるだろ」
本人は利息分と言っているが、ユーリーフにしてみれば大魔術師に使い方の手ほどきを受けられる等魔術師としては滅多にない機会である。
利息分どころか逆に徒党の全財産を出しても、到底受ける事など出来ない破格の好条件と言えよう。
「かっこいいとこ有るじゃん、アスフォデルス」
「若い魔術師の学ぶ機会を奪う事など、あってはならないだろ」
バルレーンは笑いながらそう言うと、アスフォデルスは必死に事も無げを取り繕いそう返した。
「じゃあ、話を戻して迷宮に潜る前の準備になるけど。装備品に関して、『不凋花の迷宮』は小型と中型の一歩手前な規模。まぁ普通なら最下層到達まで三日ぐらいかかるから、あったかいご飯とあったかい毛布と綺麗なお着換えを三日分用意しとかないと」
「それってそんなに必要か……?」
「何言ってるの! 装備は必要不可欠だよ! 特にご飯と毛布とお着換えは何に換えても! ランプやかばんはそこそこで良いけど、ご飯と毛布とお着換えは出来る限り良いのにしなくちゃ!」
「そ、そうなのか……?」
「ご飯がまずいとやる気が出ないし、毛布が薄いと疲れが取れないし、お着換えが臭いと肉の身体を持った敵に見つかりやすい。いつでも自分の実力を最大限発揮できる様にするのが冒険者として大事! ユーなんてこの前……」
「……バルちゃん!」
「ごめん、ごめんってばユー!」
顔を赤く染めたユーリーフに、バルレーンは軽く叩かれる。
「後は、まぁ細々とした物は別に……防具はフローレスの皮鎧か布鎧を故買屋で買うとして」
「故買屋って……」
「迷宮に潜って死んだ奴等の装備が安く売られてるんだ。大丈夫、教会ともずぶずぶだからちゃんとお祓い済みの物が売ってるよ」
「私、死体から剝ぎ取った鎧着るの……?」
「血糊が気になるなら自分で洗って使うがよいぞ!」
何ともあっけらかんとそう言ったバルレーンに、アスフォデルスは少し血の気が引いた。何が大丈夫なのだろうかと思う。
「……あ、大丈夫です。わたしも昔は嫌でしたけど、今はもう慣れましたから……」
ユーリーフがそう宥めるも、それは彼女の心を治める事はない。
「まぁ新品買うのも良いけど、良いのは高いからね。それなら故買屋で傷みの少ないヤツ買った方がいいよ。あんまり良いの無かったら仕方ないから新品買うけどさ」
アスフォデルスは心の中でまだ見ぬ故買屋に小人族の装備がみんな傷んで使い物にならないヤツだらけである事を祈った。
死者の念が籠ってるとか以前に、やはり死んだ人間の装備を使うのは彼女とて気が引けてならない。
「んー、後は……」
「……武器、じゃないかな……?」
ユーリーフは何時の間にやら羊皮紙と羽根ペンを取り出し、バルレーンが上げた事を書きながらそう言った。
「武器か。……ねぇ、アスフォデルス。君、剣か弓は使った事ある?」
「ない。本より重たい物、私持った事ない」
「そっか。……まぁ、極力ボク達が守るけど短剣くらいは持っといた方がいいな」
勿論バルレーンはアスフォデルスの身体に見た目以上の筋力が無い事は把握している。しかし、迷宮に入るなら最低限身を守る術は持たなくてはならない。
時に徒党から分断され、孤立する場合もある。どんな時でも自分一人生き残れる様でなければ、それは単に迷宮に生贄を捧げてるに過ぎないだろう。
それは幾ら冒険者という職業に疎いアスフォデルスにも理解出来た。
しかし、武器の威力は筋力に依存する。アスフォデルスの筋力で出せる短剣の威力はたかが知れていると言っていいだろう。
「なぁ、戦えた方がいい事は理解している。ただ私も戦いに参加した方がいいのか?」
「いや、そこはあんまり考えなくていいよ。飽くまで自分の身を守れれば、万が一が起きてもボク達も助けやすいってだけだし。……もしかして、何か良い考えあるの?」
アスフォデルスの頭にはある考えが浮かんでいた。元は古代に遺失された技術の一つだ。
「あぁ、実はな」
――その考えの構造、原理、威力、そして具体的にどうやって作るかを話すと一番最初に口火を切ったのはユーリーフである。
「……威力と作り方は分かりました。しかし、何故これが……」
「何故作られたって意味なら神から人の時代になってから、どこもかしこも戦が起きた。農民から女子供まで戦わせるぐらいにな。これはそんな時代の名残さ」
彼女は言葉を続ける。
「何故失われたかって言えば、人同士の戦いの時代が終わったのが一つ。後今の時代の人間の体質が食糧事情が改善され変わったからだな。人間が持つ魔力量が多くなり、多くの人間がたくさんの魔法を使える様になった。
女子供まで連れて争わせる戦なんてもうないし、魔術師ギルドが送り出す平民出身の魔術師なんか今は珍しくもない。それに魔術師からすれば、呪文以外で魔術を撃てる道具なんて
結果廃れ、今は失われた技術になったのさ――この魔法銃はな」
魔法銃。
それがアスフォデルスが今作ろうとしている物の名であった。
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