5話:火宅の人



 ユーリーフ達から離れた卓にて。


「で、お前一体何考えてんだ。バルレーン?」


 タダ酒の盛り上がりも少しばかり引き、バルレーンがしばし向かいの卓の様子に意識を割いていた時。ショートスピアの男が声をかける。


「いきなりなにさ、おっちゃん」


 自分に顔も向けない赤髪の少女の横にエールが注がれたジョッキを置き、彼は隣に座る。


「なぁ、俺はお前の事を買ってるんだバルレーン。お前は若いのに上手く世を渡ってる。色々器用だし、さっきだって俺がキレる前に腕を回した」

「にゃはは。そーでもあるかなー、もっと褒めていいよおっちゃん」

「実はウチの徒党、この前シーフが抜けて空きが出た。今の倍以上稼がせてやる、ウチに入れ」

「うーん、今の口説き文句はちょーっとセンスが無いかな? それじゃあここの給仕すら落とせないよ」


 陽気さを崩す事なく、バルレーンはやんわりと断った。


「なぁ、バルレーン。お前はまだ若いのに、人並み以上の腕を持ってる。若いんだ今よりもっと上を目指せ、あいつらといても五級のままだぞ?」


 冒険者には等級制度がある。一から十まであり、最高が一。最低が十。上に行くに連れ、貰える報酬が増えていく。

 大体どんな馬鹿や能無しでも真面目にやっていれば五級までスムーズに上がれるというのが、世間一般の評価だ。


「うーん、ボクの事褒めてくれるのは嬉しいけどさ。あの徒党離れるつもりはないなぁ……」

「戦闘の事を気にしてるのか?」


 戦闘が不得意なシーフというのもいる。女子供、それに人間の子供によく似通った種族であるフローレスなどだ。


 そういうのは武器こそ携えているが怪物が目と鼻の先まで近づくまで抜かなかったり、あるいはむやみやたらに大陸全土に伝われる武芸者の名前を騙ったりして極力戦闘を避けたりする。


 例えば百年前にいた高名な槍使いの名前をかたる若過ぎる人間の冒険者、パチンコをもって厳めしい弓使いの名前を名乗るフローレス、大陸全土にまことしやかに語られる暗殺者――バルレーン・キュバラムを名乗る革鎧を身に纏い、双剣を吊り下げた女冒険者とか。

 まぁ、はしかの様な物である。やってる本人は一時楽しいが、さりとて一年も経てば気恥ずかしさに身だえ悶える。


 気恥ずかしさを覚えたなら、その隙を狙って短剣の一つでも渡せば良い。そうすれば過去から目を背ける為全力で戦うのだから。


「ウチは戦闘に関してそんな気にせんでいい。自分の身は自分で守ってくれさえすれば前線には出さん。その代わり索敵や鍵開けやら罠解除、後状況によっちゃ陽動はしっかりやってもらうがな」


「別に戦闘の事は気にしてないよ。前の仕事でもちょいちょいやってたし」


 あっけらかんとバルレーンはそう言う。


「なら、なにをそんなにこだわってるんだ? あそこにいてもお前が食い潰されるだけだ。見ろよ、あのエルフかぶれの剣。いつまで経っても綺麗なまま、使った跡があるか?」


 エルフかぶれ、というのはファングインの事である。人間の癖にエルフ族の名前を持つ男を端的に表した仇名だ。


「確かにそうだね。……本当どうなってるんだろ?」

「言葉も喋れなければ、出来て荷物持ちぐらいの男なんて関わる価値ないだろ」

「そんな事ないよ、ファンは薬草に関しても詳しい。薬草採取の仕事でもボクより凄いし。ユーがこの前お腹壊した時、ファンが煎じた薬がよく効いたんだ」


 余談ではあるが、この後お腹を壊した事を口にしたとユーリーフに言ったらバルレーンはちょっと怒られた。


「薬草に詳しくて何になる! ……顔が良いだけの男なら、そこら辺に幾らでもいる。まさか、お前あれと付き合ってるのか?」

「もーやめてよ、おっちゃん!」


 そう言ってバルレーンは笑いながら男の背中を叩く。すると男は軽くせき込んだ。

 ――ファングインの冒険者間での評価は大体こうだ。皆素面ではあまり口にはしないものの、一度酒を入れればこうも簡単に口を滑らせる。


 エルフの名を持つ、言葉もロクに喋れない、格好つけだけで剣を持ち、図体だけ大きい男。


 冒険者になりたての新人から、彼の様に経験と齢を重ねた熟練まで大体は腹の底ではそう思っている。


「それにあの黒髪だって、あの年で冒険者なりたてって普通じゃないぞ。大方何かやらかして放逐ほうちくされた学者崩れだろ。あぁ言うのは、頭はいいが咄嗟とっさの機転が利かない。手間がかかるだけで、割に合わんぞ」


 魔術師が歩く道は二つ。学者とそれ以外の仕事に就く者だ。

 ユーリーフの様に成人してから何年も経った魔術師が冒険者を目指すのは、それこそ彼が口にした様に何か問題を起して放逐された学者が糊口ここうを凌ぐ為就くのが殆どだ。


「おっちゃん、それ偏見だよ?」

「だが、偏見は身を守るぞ?」


 彼がそう言うとバルレーンは笑みを絶やさず二の句を告げる。


「まぁユー、冒険者になる前いたトコ潰れちゃったらしいし、慣れてないのはしょうがないよ。でもユーは良いヤツだし、ファンだって言葉は喋れないけど味のある性格をしてる」


 その時だ。

 ――たとえるならそれは風。自らの首を狙う感覚の一突きを、バルレーンは同じく感覚の中で間一髪避けた。

 現実では何も起きていない。ファングインが斬撃のイメージをぶつけて来たのだ。

 

……恐らくはユーリーフとアスフォデルスの話し合いに内心退屈になり、その暇つぶしが理由だろう。

 まるで、勉強に退屈した子供が教師に内緒で隣の子にちょっかいをかける様に。


 再び彼女が目を向けると、銀髪の男は無邪気な笑みを浮かべていた。


「ずっるいの、ファン」

「なんだ、どうかしたか?」

「なんでもなーい」


 ファングインのみに向け、んべーと小さく舌を出す。これが彼女がこの徒党にいる理由の一つだ。


「それにお前、今度はあんな子供を連れ込んでどうするつもりだ?」


 傍から見れば底辺徒党が、みすぼらしい子供を拾って何かをしようとしている。彼が意図を聞くのも無理からぬ話である。


「まぁ、ちょっとね」

「ちょっとって何だよ?」 


 バルレーンは考え込む素振りを見せた。


「ねぇ、おっちゃん。例えば実はボク達、一か月前に『不凋花ふちょうかの迷宮』に潜ってその中でアスフォデルスが作った賢者の石を見つけ、調べる為にボクの伝手を頼って隣町の歴史家のおじいさんとこ行って、その帰りに偶然飛竜に襲われてる本人を見つけて拾った。それであわよくば仲間になってもらい、最奥の開かずの扉を開けてもらって魔法具マジックアイテムや大金を手に入れようとしてる……って言ったら信じる?」

「……なんで、飛竜に襲われかけてたんだ?」

「知らないけど、なんか魔法使えなくなってるっぽい。まぁ、身体が結構弱ってるのは確実だね」

「そうか。信じない」

「じゃあ、この話はそれで終わり。そろそろ戻るよ」


 バルレーンはそう言うと卓を離れる。


「待て、エールぐらい飲んでけよ」

「遠慮しとく。悪いけど、おっちゃんと飲む酒ちょっと美味しくなさそうだしね」


 その言葉には、彼女のなりの仕返しが込められたのは言うまでも無いだろう……。

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