第2話 ちょっとした違和感
グラスに水滴がつき始めたアイスコーヒーに、
紙ストローでゆっくり混ぜれば、トロリとした液体はゆらゆらと
この
俺は、ふぅと一息つくと重たい口を開いた。
「聞いて欲しいことがあるんだ」
「ああ、聞こう」
俺が言い終わる前に、天神は被せるように
心の平静はすぐに乱された。
なんなんだ、この返答の早さは。口と脳が直列なのか。彼の思考回路に、抵抗やコンデンサーと言ったものは存在しないのか。
いくつもの疑問が頭を過ぎる。本当に、彼が噂の神なのだろうか。
俺は
こちらが口調と表情を変えても、天神は動揺も怒りも見せなければ、へつらって
俺は、なんとも言えない気持ちで手元のアイスコーヒーをぐるぐると回した。小さな竜巻のように渦巻く
小さな竜巻に意識が吸い込まれそうになる頃、ゾクっとする視線を前から感じた。
話さないのかい?
思考が強引に絡め取られる。天神の口元は孤を描き、妖しく微笑んでいた。
もうどうにでもなれと、俺は高いアイスコーヒーをズズッと飲み干す。潤い滑らかになった喉を自分の意志で開き、出来るだけ簡潔に話し始めた。
*
それは昨日の夕刻のことだった。
バイト先のコンビニで品出しをしていた俺が、手に持っていたおにぎりの
自分の腰くらいの背丈しかない小さな女の子と目が合った。よく祖母と思わしき老婦人の常連と、一緒に店に来る子だった。少女は、胸元でぴたりと指先だけをくっつけ、手のひらはまるで花の
ちょっとした違和感を覚える、妙な光景だった。どうしたのだろうか。一人で来たのだろうか。
そう思って辺りを見回しても、いつも一緒にいる老婦人は見当たらない。不思議に思ったが、俺はその質問を投げるつもりはなかった。
小さい子は苦手だ。彼らは感情を丸出しにするだけで、会話が通じない。だから無視をして、そのまま作業を進めようと手を動かしたかけたときだった。
思いがけず、少女から声を掛けられた。
「ねえねえ」
一体何なのか。
声を掛けられたのに、無視をするのは店員としては許されない。そうだ、呼ばれたのは自分ではないかもしれない。
一抹の希望をかけて、声がした方向を振り向くと、彼女は俺の顔を見て尋ねていた。
やむを得ない。
俺は店員としての最低限の笑顔を貼り付ける。
「どうかしましたか?」
「しろいこな、うっていますか?」
張り付けた
一つ一つ案内するも、少女はことごとく首を振る。
そして、最後には悲しそうに、「ありがとうございました」と小さく言った。
終始変わらず、彼女はまるで何か大切な物でも入っているかのように、手を蕾の形にしたままで。ガックリと肩を落として、一人で店内を去って行った。
口に出せば、たったこれだけのこと。けれども、まるで喉に小骨が刺さったように、妙に気になる出来事だった。
*
「しろいこな!」
天神が面白そうに口に出す。
こちらとしては、面白くも何ともない。あんな小さな子供が麻薬と関係があるのか。とか、何か反社会的なものに関わってしまったのか。とか、ヒヤヒヤしたというのに。
彼の余裕そうに楽しむ態度が、無性に腹立たしかった。
「参考として知りたい。貴殿が、常識の範囲内として提示した物は、なんだったんだい?」
「砂糖、塩、小麦粉」
「素晴らしい。なんて一般的かつ凡庸で模範的な回答。さすがは、数奇な人だ」
男は目を見開き、拍手でもしかねない勢いで褒め称える。馬鹿にされているのだろうか。俺は少しばかりムッとした。
しかし、確かに上記に挙げたものではなかったのも事実だ。凡庸と言われても仕方がない。俺は感情を押し殺して、努めて冷静に尋ねる。
「天神くんなら、『しろいこな』の答えが分かるのかな?」
「どうだろう、正解かどうかは分からない。けれど、一つの仮説を証明することなら出来るね」
「仮説?」
はっきりとした口調の割には
「それはともかく。貴殿は、その少女が住んでいる場所は知っているのかい?」
「住んでいる場所? いや、俺は知らないよ。ああ、でも店長なら知っているかもしれない」
「ふむ」
天神は
「では、行こうか」
長い腕がバッと差し出される。ここがステージ上だったら。あるいは俺がコンサートの観客ならば、その手を取るのが正解なのかもしれない。
だが
俺は、「どこへ?」と聞くことはしない。代わりに、俺は向けられているその紙をグシャリと掴んだ。客が俺達しか居ないとは言え、これ以上はマスターの視線に耐えられなかった。
俺は席を立ち、帆布のベージュが薄汚れたリュックを背負う。ダークグリーンに何かの模様が描かれたカーペットは、普段であれば踏むことを
隅でシルバーを磨いていたはずの店主は、いつの間にか会計の前で陣取っていた。アンティークな雰囲気を醸し出す、重厚なレジカウンター。そこに不似合いな、軽薄な色味のレジスターが目に付く。なんとなく、自分がそれに重なった。この店からすれば、俺たちも異質そのものだっただろう。
「お会計ですね」
店主の柔らかな顔に、年季とプロフェッショナル性を感じた。たとえ、どんな嫌な客であっても、彼がこの表情と穏やかな声色を崩すことはないのだろう。
「ご一緒ですか? それとも別々にされますか?」
「ご一緒で」
「別々でお願いします!」
やはり、この男は俺に支払いをさせようとしていたらしい。キョトンとした顔をする天神を
「また、どうぞ」という声は、カランコロンと鐘を響かせて閉まる扉の奥から聞こえた。きっと分け
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