第7話


「フン、ついに本性を表し──!?」


 晴空の周辺が瞬く間に溶けだし、少女のランスも溶け落ちた。危険を察した少女は体の前に銀の様な金属を盾にして固めるが、固まる前に溶けてしまう。

 凄まじい高熱と熱風。この熱風は晴空の周辺から発していた。そう、晴空の力によって発していたのだ。

 しかし晴空もまたその高熱に抗うことは出来なかった。

 暑い。熱い。全身が燃えるように熱い。今にも体が溶けてなくなりそうだ。

 が、不思議なことに服や体が溶けることは無かった。血は沸騰せず、汗すらかいていない。


(つまりこれが霊獣ファントムって事か…やっぱり人間じゃなくなったんだ…僕…)


 晴空は先程から少女に言われていた『化け物』の意味がわかった気がした。その凄まじい力を身をもって感じる。


(今更何言ってんだ。そんな様子じゃあの子に会うに会えねぇぞ。出たいんだったら、さっさとここを出ようぜ)


(出るってどうやって──!?)


 晴空が徐々に立ち上がる。しかしこれは晴空の意志では無い。

 突如、腰ら辺に力を感じたかと思えば、刀のような刃の羽根を持った翼が腰から一対生えてきた。

 幾つもの刀身が瑠璃色に輝き、陽炎の中それぞれユラユラと揺れている。


(あ、貴方は一体…)


 晴空の声をしたもう1人は、明らかに晴空とは別の意思を持っている。解離性障害にでもなったのだろうか。

 しかもこの力を使いこなしている。只者では無いはずだ。


(俺か?知らん。俺は俺の意志に従って動いてるだけだ)


 まさかの「知らん」と来た。その後も回答にすらないっていない。

 晴空は未知の存在と話していることに気が付き、鳥肌が立ちそうになった。今は高熱のせいでで悪寒すら感じないが。

 すると生えてきた翼が何回か羽ばたいた後、晴空の前に勢いよく交差させた。

 交差させた場所がまるで切られたかのように空間が裂けていく。裂け目の向こうは何も見えず、ただ漆黒の虚無が広がっている。


「…!まさか!待ちなさい!」


 何かを察した少女は溶け続ける盾を固めながら、必死に晴空へ歩き出す。

しかし、吹き荒れる熱風により思うように進めない。少しでも盾を固めるのを遅めたり、盾の角度が揺らいだりすれば、金属をも溶かす熱風を直接浴びることになるだろう。


(この裂け目って…)


(外に繋がってる。こっから見れば真っ暗だが、入ればこの世界から出られることは確かだぜ。どうする?)


 ここで体の主導権が晴空に戻る。

 この声を信じてこの裂け目に入るか、それともこのまま少女に抵抗するか。選択は晴空に委ねられた。

 恐らく、晴空の信頼を得るための選択権なのだろうが、晴空にとってそんなことはどうでもいい。


(そんなの決まってる…行くよ…)


 『元の場所へ帰れる』その望みがあるだけで充分だった。

 晴空は裂け目に1歩踏み出す。その先何があるか見えないにも関わらず。

 それでも晴空はもう一歩前に出る。裂け目の虚無が視界を覆い尽くした。腕を少し振ればもう手が裂け目に入ってしまいそうだ。

 最後の一歩。が、半歩進んだところで急に視界が白くなった。

 視界の変化だけでは無い。そこに人の気配を感じたため、晴空は思わず後ろへ下がる。そのせいか熱風も収まってしまった。

 裂け目を見るとそこには、ピエロの化粧をした不気味な顔の白ウサギの仮面がはみ出ていた。急に視界が白くなったのは、どうやらウサギの仮面の額が映っていたからのようだ。

 するとウサギの仮面を被っている本体がぬるりと裂け目から姿を現す。ピエロの格好をした紫髪の人で、身長は晴空より少し高く、ガタイから推測するに恐らく男性だろう。

 男性は体を前に傾けてじっと晴空を見つめ始めた。


「…!詩紀!?あんたどっから出てきてんのよ!早くこいつを──」


「──素晴らしい!何たる力だ!ハハハハハハ!!」


 詩紀と呼ばれた男性は、少女の声を遮るようにその仮面で隠れた口を開いた。

 声は鳥のように甲高く、同時に腕を広げて自らの感情を全身で表現した。なんともピエロらしいオーバーリアクションだ。

 その間、開いていた裂け目がゆっくりと閉じられる。維持できなくなったのだろうか?


舞冬まふゆサン。アナタはこの力を邪悪なモノとでも思ってるのですか?」


 詩紀は舞冬と呼ばれた少女へ、大袈裟にぐるりと体を向ける。


「ったり前よ!こいつには『ユミルの血』が──」


「──『ユミルの血』?はてさてその様なモノどこにあると言うのでしょう?」


 突然、詩紀の甲高い声が暗くなり、激しかった動きもピタリと止まった。不穏な空気が流れる。


「はぁ?何言ってるのよ!あんたの『干渉力かんしょうりょく』ならとっくに…待って、まさかホントに?」


「ハイ!少なくともこの方の体には存在していません。この方はアナタが思っているような存在ではありませんよ」


 詩紀の声色が戻り、体の動きもまた激しくなった。緩急が激しく見ていて疲れそうだ。

 それにしても全く話が見えてこない。2人は何を話しているのだろうか。


「だったらなんで…ちょっと!あんたも何とか言いなさいよ!元はと言えばずうっと黙ってるアンタが悪いでしょ!」


 舞冬が晴空に詰め寄る。その足取りは力強い。弱々しく後退する晴空とは正反対だ。

 確かに痛いところを突かれた。最初から逃げるのではなく話し合う事も出来た。


「あっ…ええと…」


 しかし晴空は話し合いなど無駄だと諦めてしまった。ランスを持つ少女が怖かったから、逃げる方が楽だと考えたのだ。

 それは今も変わらない。何か言わなければならない事はわかっているが、言葉が出てこない。

 そもそも状況がややこしい。何から弁解すべきだろうか。

「それはさておき!ワタシは決めました!青山晴空!『天穹駆ける虚空』!アナタを英霊級エインヘリヤルへ招待します!しっかり案内するのですよ舞冬サン?」


 詩紀はそう言い終えると一瞬でこの場から飛び出し、廊下の外へと消えていった。


「はぁ!?待ちなさい詩紀!あんたはいつも…はあ…」


 舞冬も追いかけようとしたが、一瞬で消えた相手に流石の舞冬も追いつけないらしい。


「……」


「……」


 舞冬が案内してくれるらしいので、晴空は舞冬の反応を待っているのだが、一向にこちらを向いてくれない。

 すると、気が乗らないと言うようなため息の後、舞冬が晴空の方へ体を向ける。


「さ、さっきはごめんなさい。私は…私は『白銀しろがね舞冬まふゆ』。よろしく…」

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