第8話
「……」
「…?」
先程まで騒がしかった空間に、突如として沈黙が二人の間に流れる。
1人は気恥ずかしそうにそっぽを向き、もう1人は困惑し相手を見つめている。
(えぇ…いきなり自己紹介?他に言うことないの…謝罪とか)
(お前もビビってその考えを相手に伝えられねぇくせに何言ってんだよ)
(ビビってないよ…気にしなければいいと思っただけ)
又もその『声』を現した謎の存在に、晴空は一時困惑したが既に慣れつつあった。否、慣れるしかなかった。
何せ他にも理解出来ていない事が多すぎる。ここは素直に相手に応じるのが吉であろう。
「ぼ、僕は『青山晴空』…です。よろしくお願イシマス…」
語尾が小声になってしまったが、何とか言い切ることが出来た。
自分に自信のない者にとって、自己紹介は苦痛でしかない。自分の名前を言うだけで精一杯だろう。
「あら、意外と素直なのね。やっと喋ってくれた」
あれほど不服そうにそっぽ向いていた舞冬がこちらを向いた。先程まで晴空を殺そうとしていた者とは思えない程嬉しそうな表情をしている。
しかし恥ずかしくなったのか、わざとらしく咳払いをしてすぐにまたそっぽを向いてしまった。
「…その、ごめんなさい…さっきは…私が勘違いをしたばかりにあんたを危ない目に遭わせて」
舞冬は目を合わせてくれなかったが、謝罪の意は口調から感じ取れる。
「そ──」
『そんな事ないですよ』と口に出そうとしたが、伝えたい事と何かが違うと感じた晴空は最後までその言葉を発することが出来なかった。
その替わり、『気にする必要ははい』という本来伝えたかった意を込めて精一杯首を横に振った。当の相手はそっぽを向いているにも関わらず。
(いや、ちゃんと最後まで喋れよ)
(嫌だ、なんて返すのが正解かわかんない!)
(そうだよなお前、虐められることはあっても喧嘩はした事ないもんな)
確かに温厚な晴空にとって喧嘩は無縁だった。
いじめならば一方的な謝罪を受ければいいだけ。しかし相手に悪気がない、もしくは自分も悪かった場合の会話を晴空はしたことが無いのだ。
一応アニメで似たような場面は何度も見ているが、それを参考にしてこの場で実践しろと言われても、少なくとも晴空には無理な話だ。
幸い、舞冬はそこまで顔を背けている訳ではなく、寧ろ横目で晴空の反応を伺っていた。
舞冬は胸を撫で下ろしたような表情をし、晴空へと向き直る。どうやら言いたい事は伝わっているようだ。
「本当に素直なのねあんた。なんか安心したわ。そうよね、それほど私はあんたに悪い事をしたもの。」
(…どうやら伝わってねぇみてぇだぞ?『許さない』って意味で首を振ったと勘違いしてやがる…この女、わざと勘違いしてる訳じゃねぇよな?)
これが1度目なら晴空の伝え方が悪かっただけと言えるのだが、既に1度勘違いをされている上、直前に謝ったばかりである。
「それじゃあ、私の汚名を返上するためにもしっかり案内するから着いてきなさい!」
舞冬は軽く手招きをすると、晴空の力によって溶解された廊下の先、外へと向かった。
こうなったら弁解するのも億劫であると感じた晴空は、とりあえず流れに身を任せる事にした。
舞冬に着いて行き外へ出ると、一気に景色が変わった。
視界を覆い尽くすほどの太い幹、見上げれば首が疲れそうなほどの高さに数多に分かれた枝、空を覆い尽くすような無数の葉。信じられないような大きさの樹が目の前にあった。
これには晴空も空いた口が塞がらない。
「
(…まだよく分かってないけど、確かにこの樹からは圧迫感がある気がする…まるで…)
まるで晴空を縛り付け、二度と離さないような…そんな気がしたのだった。
何故だ。何故このような考えに至ったのだ。力の源と呼ばれた物に縛られる訳が無いだろう。
晴空は無性に怖くなり、それ以上考えるのをやめた。
「さて、本来ならここは後で見せに行く場所で、最初は
確かに先程、詞紀という謎の男に何かへ招待されていたようだが──
(こんな大きな樹の裏側に…?中々距離がありそう…)
「このまま歩いてもいいのだけれど…やっぱり――」
突如、舞冬は晴空の方へと振り向き手をかざす。すると晴空の身体に銀の液体が絡みつき、凝結して縛り付けた。恐らくあの銀の槍と同じ物質だろう。
しかし、今回は殺意を感じられなかったからか、晴空はとっさに反応することが出来なかった。もしくは天淵樹の圧迫感のせいで力が弱まっているのだろうか。
そして身動きの取れなくなった晴空は、舞冬にされるがまま片手でヒョイっと担がれ──
「──『しょーとかっと』したいよねっ!!」
ドゴォッ!!
地面が轟き、砂埃が舞った。舞冬の鋭い一蹴りで2人は山なりに跳躍したのだ。アニメでしか見たことがない助走なしのダイナミックな跳躍である。
跳躍は綺麗な円弧を描く。その目指す先は巨樹の幹であり、まさに今衝突しようとしていた。
しかし晴空が慌てる間もなく、舞冬は足元からあの銀色の液体を勢いよく噴出し、衝突の衝撃を防いだ。
それだけではなく、その液体は舞冬の足元に纏わり付き、2人共々巨樹の幹を伝うように横へ高速移動し始めたのだ。
物凄いスピードだ。舞冬の下半身が固定されているこの状態、人間であれば加速度によって上半身が吹き飛んでいただろう。
「乱暴な運び方でごめんなさい!でもこれが一番早いと思ったから!」
(それならせめて事前に忠告くらい欲しかったなぁ…)
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