第6話
一瞬の出来事だった。
少女が顰め面をしたかと思えば、一瞬で階段の中腹にいる晴空の目の前まで移動してきたのだ。
それだけでは無い。いつの間に取り出したのか、歪な形をした銀色のランスで今にも晴空を貫かんとしていた。
晴空はその一瞬を、まるで見切っていたかのように素早く横に避けた。
ガコン!
ランスが階段を砕き、突き刺さる。これを食らっていれば一溜りもなかっただろう。
(…!?えっ…今、僕何を…)
しかし晴空は見切った訳ではなく、反射の如く無意識に避けたのだ。だが当然、これは以前の晴空の反射神経では出来なかった。
体がふわりと軽く動く。まるでもう1人が体を操っているかのように晴空は感じていた。
「ちっ、舐めるんじゃないわよ!」
少女の攻撃は止まらない。階段に突き刺さったランスを勢いよく抜き取った。
その細身の身体からは信じられないほどの怪力により、無数の階段の破片が晴空の方へと飛び散る。
しかしそれもまた晴空にひとつも当たることなく、すぐに危険を察して階段から素早く飛び降りた。
そして、階段の中腹でランスを構える少女へすぐに向き直る。
(…!?また体が勝手に…でもこれはチャンス、どこかに逃げないと!)
逃げ込む場所が後ろの玉座の間しか無かった先程とは違い、今は出口がすぐ後ろにあるはず。
しかしその出口の扉は大きく重そうだった。後ろを見れないため確認できないが、鍵が掛けられている可能性もある。
どうにかして逃げる場所を確保するため、晴空は少女を視界から外さない程度に精一杯辺りを見渡す。
しかし一通り見渡しても使えそうな脱出口は窓しかない。それもとびきり高い位置にある。
例え大ジャンプ出来たとしても正確な位置に飛び込める自信が晴空には無かった。
「なにキョロキョロしてるのよ…?まさか、ほんとに戦わないつもり…?私は眼中には無いってわけ!?」
少女は訳が分からないという顔をするが、一番訳が分からないと思っているのは晴空の方である。
それでも拍子抜けどころか、少女の怒りは表情から消えていなかった。本当に怒りたいのはいきなり襲われた晴空だろう。
しかし晴空は怒ることはなく、なぜ少女は怒っているのかという疑問を抱いていた。
いじめられる立場である晴空にとって、どうしていじめるのか納得のいく理由が欲しくなるものである。そうしていじめる人の気持ちを考えるうちに、自ずと人の気持ちを探ることが癖になっていった。
もちろん晴空が結論付けたいじめる理由に同情の余地は無いし、納得出来ないものばかりだった。それでも理由を知るだけで少し楽になれた。
(でも考えたところで、知る前に死んだら意味が無い…)
そう、既に1度訳も分からず殺されている。2度も同じ死に方をすれば、
そしてあの旭光が頭をチラつく。ここで死ぬ訳には行かない。
晴空はグッと拳を握り、再び辺りを確認する。すると階段側の左右両端に廊下のような道が続いていることに気が付いた。
(一か八か…扉を壊して弁償してくれなんて言われるよりは…可能性にかけるか)
その廊下の先が行き止まりか、外につながっているのか、外に出たら何をすべきか、今は迷っている場合では無い。
晴空は駆け出した。あの望み薄な道へ向かって。左右も直感で左へと決めた。
もう後戻りはできない。今は警戒しているあの少女も、晴空が走り出せば追ってくるだろう。
「ちょっと!待ちなさい!」
階段から飛び降りる音が後ろから聴こえる。やはり追ってきたようだ。
晴空は道のある部屋の端までたどり着くと、一瞬でその道の正体を掴んだ。
その道は玉座の間側、つまり右側へと緩く曲がっていた。さらにその奥から風のようなものを感じる。
ビンゴだ。間違いなく外へと続く廊下である。
そうと分かればもう迷うことは無い。疑念が確信に変わったのだ。晴空は廊下を勢いよく駆ける。
ザシュッ!
しかし、それは相手も同じだった。否、それ以上だ。
少女は猛スピードで走る晴空に直ぐさま追いつき、後ろから晴空のど真ん中にランスを思い切り突き出したのだ。
正確で素早い攻撃。だがまたもや晴空はそれを間一髪で避ける。まるで後ろに目が付いているかのように。
しかしこの猛スピードの中重心が傾けば、足を床に取られ着地などほぼ不可能だ。
晴空はそのまま体を崩し床を転がる。目は増えても足までは増えていなかったようだ。
急いで受け身を取り体を起こすが、時すでに遅し。既に少女に回り込まれランスを突きつけられていた。
銀色の槍先が目の前にある。少しでも動けば貫かれてしまうだろう。
晴空はそのランスを辿り少女を見る。その後ろからは後光が刺し、少女の表情は見えない。
そう、少しで外に出られたのに止められた。とはいえ外に出られたとしてもいずれ少女に捕まっていただろう。
「これ以上は行かせないわよ化け物」
また『化け物』だ。彼女は晴空の何を見て『化け物』と言っているのだろうか。
(もう人間の見た目をしてないの…?…いや、さっき転がった時に手足は普通だったし顔に違和感もなかった…
(そんなことはどうでもいいだろ?殺せよ。そいつ)
突然、頭に声が響く。
「誰?」という疑問は浮かんでこない。口調は荒いが、これは紛れもなく晴空の声だ。
(殺す…殺せるの…?僕に)
晴空は自問自答のように自然と会話を続ける。
(殺せるさ。お前が殺せないのは殺す気が無いだけだ)
(それはそうだよ…人殺しなんて御免だよ…)
(じゃあなぜ話し合わない?なぜ一言も喋らない?)
(…)
(それはお前が面倒臭がりだからだ。お前はいつもそうだ。いじめられても抵抗しない。役割を擦り付けられても弁解は求めない。娯楽も適当だ。全部お前の『怠惰』が選んだ)
(……)
(初恋だってそうだよなぁ?結局は顔だった。先のことは考えずにただ適当に突っ走った。お前には本気という物が感じられない)
(……違う)
(自分の意思なんてありゃしない。ただ適当に生きて、ただ適当に死んでいくだけ。お前は無価値なんだ)
(…違う)
(お前は今ここでそいつに殺されて、皆に忘れ去られてく運命なんだよ!)
(…!!!)
何かが切れたような感覚がした。同時に胸が煮えたぎるように熱くなる。全身が震え、何かが喉から飛び出しそうだ。
「…僕にだって…僕にだって!まだやりたい事が残ってるんだ!」
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