霹靂を呼ぶ獣

第5話

『暗闇』


 晴空にとってそれは夢で見慣れた光景だった。ただし今回は遠い先の光が無く、ひたすら漆黒が続くだけ。

 そういえば今夜の夢は光が急に近付く夢だった。やはりあの光は死期を暗示していたのだろうか。


(…僕は…やっぱり死んだの?)


 しかしそうでは無いと晴空はすぐに気付いた。意識ははっきりしているし、全身の感覚がしっかりしていた。痛みはどこにもない。どうやら硬い床で目を瞑り横になっているだけのようだ。

 だがやはり違和感がある。あの時何が起こったのか定かではないが、確かに晴空はあの大きな獣に襲われ、宙を舞った。あの何かが弾け飛ぶ音からして、少なくともどこか痛みを感じているはずだ。

もしかしたら先程の出来事は全て夢で、ベッドから落ちて目覚めただけなのかもしれない。でないと説明がつかない現象が多すぎる。激しい重力や腹痛と疲労感、見慣れない廊下、大きな獣。

 とにかく、周りを確認するしかない。晴空はゆっくりと目を開ける。すると、見た事のない場所が眼前に広がっていた。


「お目覚めかい?少年」


 声を辿って見るとそこには、梟の仮面を被り、ローブを纏った、紺色の髪の男性がいた。

 玉座に座り、ホログラムモニターのような物を時折弄っている。若そうな声をしているが、見るからに偉そうだ。

 その横にも人影があった。メガネをかけ、白衣を羽織り、朱色をした短髪の女性が目を閉じて立っていた。

 余りにも見慣れない光景すぎて、周りを見渡し今いる場所を確認する余裕すらない。晴空は呆然と梟の仮面の男を見つめるしかなかった。


(…これも夢…なのかな?)


「おや?まだ混乱しているようだね。では、まず順を追って自己紹介するとしよう」


 梟の仮面の男はホログラムモニターから手を離し玉座から立ち上がると、その手を胸に当て会釈をした。


「私はこの『天淵てんえん』の主。全『霊獣ファントム』の管理者。『あらがね政時まさとき』だ。」


 一瞬礼儀正しい人かと思ったら、固有名詞でぶん殴ってきた。ただでさえ目の前の情報量についていけていないと言うのに、処理すべき情報がまた増えた。


(てんえん?ふぁんとむ?一体何が何だか…)


 晴空はふとして周りを見渡した。全体的に中世ヨーロッパを感じさせる造りをしており、内装の豪華な広間だった。玉座があるということは、ここはどうやら玉座の間のようだ。

 ただ、ホログラムの近未来感と対照的に造りの年代に少々の違和感を覚える。


「少年。君を襲ったのは私の管轄外の霊獣ファントムなんだ。どうか許して欲しい。彼女は今落ち着いている。もう君を襲ったりしないから安心したまえ。確かに君は死んだが、幸い君を霊獣ファントムにする事ができた。私はできる限り、何かお詫びをさせて欲しいと思っている」


 今度は許しを請われたが、相手から謝罪の意が全く感じ取れない。

 しかも明らかに説明不足だ。

 霊獣ファントムとは何なのか、霊獣ファントムにするとはどういう事なのか。


(少なくとも僕は死んだ…それでも生きてる…生きてる…んだよね?)


 晴空は生き返りなど魂の存在を認めるような事は信じていなかった。だが政時の話が本当ならば、実際に自分の身に起きている以上信じるしかないだろう。


「さて、これを君に」


 政時はどこからともなく謎の物体を手の上に出現させ、それを晴空に向かって放り投げた。その物体は晴空が掴もうとする前に減速し、目の前で浮遊した。

 大きさは丁度手のひらサイズで、涙型をしており、一言で言えば大きな種だ。しかし表面は無機質で、奇妙な模様が青白く光っている。


「それは『天淵干渉端末てんえんかんしょうたんまつ』。通称『Pデバイス』と言う。それを持ってみるといい」


 少し怪しみながらも、晴空は何も言わずに目の前の『Pデバイス』を手に取った。

 すると政時の前にあるホログラムモニターと同じようなものが目の前いっぱいに広がった。ディスプレイには『霊獣ファントムガイド』と表示されている。


「口で説明するには内容が多くてね。そのPデバイスを渡すと共に、説明すべきことをその中に資料としてまとめてある。詳しい事は後で見てみるといい。後の誘導は…彼女に任せよう」


 『彼女』と言われて晴空は、政時の隣にいる先程から何も喋らず目を瞑ったままの女性を見た。しかし政時は晴空の後ろの方を向いている。

 視線と辿ると、部屋の奥にある大きな扉の柱に寄りかかる人影があった。偶然にも先程見渡した時には視線が行かなかった場所で、もう1人いることに気が付いていなかった。

 するとその人影はこちらに歩いてきて、遠すぎて見えなかったその姿がはっきりと写った。

 見た目は晴空と同じくらいの年齢の少女で、綺麗に揃えられた銀色の長髪、キャップを被り、ロングTシャツにジーパンというかなりラフな格好をしていた。

 ピアスなどのアクセサリーを付けているところを見るからに、晴空とは相容れないキラキラした印象を受ける。


「はいはい待ってたわよ。付いて来なさい」


 気の強そうな少女は近くまで来てそう一言放つと、すぐに踵を返して大きな扉の方へと戻って行く。しかし晴空はまだ戸惑った様子で、その場に座り込んだまま少女の背中を見つめていた。

 少女が大きな扉まで着くと、なんと取っ手を握る動作は一切せずに扉が外へ開いた。外にドアマンか何かがいるのだろうか。それともホログラムがあるくらい文明が進んでいるなら、外開き型の自動ドアなのだろうか。


「ほら、行くわよ」


 少女は晴空に急ぐよう合図した。目の前の政時はこれ以上喋る気は無いと言わんばかりに、再び玉座に座りホログラムモニターを弄り始めた。

 仕方なく晴空は立ち上がり、少女の方へと小走りした。


(なんなの…どいつもこいつも冷たいなぁ…今何がどうなってるのかさっばりわからないってのに…って体軽っ!?)


 小走りのつもりが、いつもの全速力と変わらないほど速かった。半重力のような外的な要因とは違い、内側から力を感じる。間違いなく晴空の走力は上がっていた。これは政時が先程言っていた『霊獣ファントム』と関係があるのだろう。今は気にしても仕方が無い。

 少女の待つ扉の向こうへと潜ると、そこにドアマンの姿はおろか、少女以外誰もいなかった。でも確かに扉は少女が触れる事なく開いた。これはやはり外開き型の自動ドアなのだろうか。

 そしてその疑問を再認識させるかの如く、また扉が勝手に閉まった。

 少女の方を向くと扉に手をかざしていた。どうやらこの少女が扉を動かしていたようだ。物体を触れずに動かすなど、にわかには信じ難い力だ。

 少女は手を下ろすと、扉の反対方向へと歩き出した。その先は幅の広い階段になっていて、下には広間がある。どうやらここはエントランスホールのようだ。

 周りには扉がいくつもあり、壁には豪華な照明や装飾が使われている。海外どころか、まさに別世界と言った雰囲気を漂わせていた。

 少女は階段を降り終わると立ち止まった。


「…あんた、いつまでそうしてるつもり?」


(…?僕何か変?)


 ずっと黙っていることだろうか?しかしそれならばこんな言い方はしないはず。

 沈黙が続く。空気が重苦しい。

 それでも何を言うのが正解なのか分からず、晴空の口は動かない。

 すると少女は、まだ階段を降り終えていない晴空の方へくるりと体を向けた。


「…いい加減本性を表しなさい化け物が」

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