第40話 迷宮探索
迷宮探索、当日。
魔術学院の第二学年及び最高学年の生徒達は、地下遺跡の入口前に集合していた。
ペアを組む相手に良いところを見せようと息巻く者、意中の相手とペアになれて笑顔の者、ひたすら緊張している者――各人の表情は様々だが、誰もがやる気に満ちていた。
「危険は無いという事ですのに……皆さん、気合が入っておりますわね」
周りを見渡しながら呟くエーデルに、オルフェリオスが言った。
「命に関わる危険は無いが、学んだ魔術を試す場ではあるからな。遺跡の中は暗闇だし、『迷宮』という名に違わず中は入り組んでいる。魔術を駆使しなければ、これでなかなか踏破は難しいという訳だ」
セレンも言葉を続ける。
「それに、目当ての貴族との縁を繋ぎたい者にとっては、自らをアピールする絶好のチャンスだ。ここでの縁から将来の職が決まる者もいる。皆、気合も入るというものだ」
「なるほど。単なる学院の行事というだけでなく、皆さん、将来を見据えておられるんですね」
感心したように、サーシャはふむふむと頷いた。
学院側から行事の説明があり、その後、全員にそれぞれ一枚の袋が手渡される。
「これは……?」
「魔力を通さない素材で編まれた袋だ。中には、転移の魔術を刻んだ魔符が入っている。探索完了後、帰還に使う」
エーデルが首を傾げていると、またオルフェリオスから説明があった。
「何せこの人数だ。進む者と戻る者がいちいち鉢合わせていたら探索がスムーズに進まないし、危険でもある。だから探索を終えた者は、この魔符を使って迷宮の入口まで戻るのだ」
「よく考えられているのですね」
袋をまじまじと見つめながら、エーデルは相槌を打つ。
遺跡の地下五階、その最奥にある水晶の欠片を持ち帰るのが、探索の目的だった。
名前を呼ばれた者が、迷宮の入口まで進み出る。早速、探索が始まるらしい。
一組目が迷宮に入ってから三十分程で、エーデル達の番が回ってきた。
「……では、行きましょうか」
エーデルとセレンは連れ立って、暗い遺跡の中へと入っていく。
手筈通り、遺跡へ足を踏み入れた所で二人が待機していると、程無くオルフェリオスとサーシャが姿を見せた。
「私が先頭に立とう。セレンは殿を頼む」
「承知致しました。サーシャ様とエーデルは灯りをお願い致します」
オルフェリオスとセレンが陣形を組み、エーデルとサーシャは炎の魔術で手に火球を生み出した。松明代わりにする程度なら、魔力量の低いエーデルでも何とかなる。
もしもサーシャを狙う者がいれば、きっとどこかで襲ってくるだろう――四人は辺りに目を凝らしながら、一歩ずつ確実にに迷宮の中を進み始めた。
「……びっくりするぐらい、何も起きませんでしたわ……」
迷宮探索を始めてから一時間程で、エーデル達四人は地下五階の最奥まで辿り着いていた。眼前には、炎の灯りを受けて輝く巨大な水晶がそびえている。
「まあ、アンドリアナの件が失敗に終わった事で、向こうも慎重になったのかもしれん」
オルフェリオスは剣を抜くと、水晶に刃を下ろした。きぃん、と音を立て、欠片が地面に散らばる。
「何にせよ、全員が無事でいられるなら、それに越した事は無いな」
水晶の欠片をサーシャに手渡しつつ、オルフェリオスはそう微笑んだ。
「確かに、それはそうなのですけれど……」
釈然としない様子で、エーデルは手にした水晶に目を落とす。
この迷宮探索中に、必ず何か仕掛けてくると思っていた。だからこそ、アンドリアナに催眠の魔術をかけるなんて強引な手段まで使ったのだと。
「さて。これで探索は完了だ、帰還するとしよう。全員、魔符は落としていないだろうな?」
オルフェリオスの声に、各々は懐から袋を取り出す。
「袋から出して、魔力を札に込めれば、魔術が作動する」
「便利なものですわね……」
袋の中から札を取り出し、魔力を込め――ようとして、エーデルの動きが止まった。
この魔符は、迷宮の入口に戻る為の物だとオルフェリオスは言った。
ならば何故、この手にある札とサーシャの持っている札で、刻まれた紋様がわずかに違うのか――
「サーシャっ!」
サーシャの魔符は、既に光を放ち始めている。
まずい――!
エーデルは自らの魔符を放り出すと、彼女に抱きついた。
「えっ……エーデル!?」
突然の事に驚くサーシャ。そこで帰還の魔術が作動し、サーシャとエーデルの姿は迷宮内から消えた。
オルフェリオスとセレンは顔を見合わせると、自分達も魔符を使い、帰還の魔術を作動させた。
浮遊感と軽い眩暈のような感覚を覚えた瞬間、彼等は迷宮の入口に戻っていた。何事も無く、魔符は正常に動作していた。
「……セレン。サーシャとエーデルは、いるか?」
入口付近は、探索を終えた者と順番を待っている者でごった返している。しかしどれだけ辺りを捜しても、二人の姿は見当たらなかった。
セレンの頬に、冷たい汗が落ちる。
「サーシャ様……エーデル……!」
不吉な予感に心をかきむしられながら、セレンは虚空を見上げた。
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