第36話 共同墓地にて

 いつものように、エーデルとサーシャは一つのベッドに並んで横になった。


 もう、エーデルは泣いていなかった。随分と泣き腫らしたせいで目はまだ赤みを帯びていたが、その表情は穏やかだった。


「明日、授業が終わったら、行きたいところがあるんです。一緒にいかがですか?」


 ふと、サーシャが口を開く。


「あら。何処ですの?」


「ふふ。それは着いてからのお楽しみですよ」


「気を持たせますのね。いいですわ。是非、ご一緒させて頂きましょう」


 それから二人は、どちらからともなく、アイリスの思い出話をした。


 エーデルは、サンドライト家の侍女としての彼女の話。


 サーシャは、母としての彼女の話。


 お互い、相手の話は初めて聞くものばかりだった。


 二人は互いの話に相槌を打ち、笑い合い、そして少し、泣いた。




「――ここが、そうですの?」


 翌日の放課後。エーデルとサーシャは、共同墓地にやってきていた。


「……ええ。ここに、母が眠っています」


 サーシャの指し示す墓標に、名は彫られていない。ただ、『清らかなる魂、ここに眠る』とだけ刻まれていた。


 途中の花屋で買った花束を墓前に置くと、エーデルとサーシャは目を閉じて祈りを捧げた。


「――――」


 風がそよぎ、さあ、と髪を撫でて通り過ぎていく。


 安らかな場所だ、とエーデルは思った。


 目を開けてサーシャを見ると、彼女もまた、こちらに目を向けていた。


「……サーシャは、お母様に何か伝えたのかしら?」


「ええ。『ひさしぶり』と『ありがとう』を。エーデルも、何か伝えましたか?」


 問い返されて、エーデルは苦笑した。


「謝罪しようと思っていましたが、止めましたわ。わたくしも、伝えるべきは感謝だと思いまして」


 アイリスへの負い目は、きっとこれからも消えはしないだろう。それでも、その感情に髪を引かれて生きていく事を、アイリスは良しとしないはず――勝手だが、そう考えた。


「ねえ、サーシャ」


 ふと、エーデルが微笑む。


「わたくしが死んだら、ここに埋めて頂けるかしら」


 やりたい事リストに追加したかったが、さすがに自分が死んだ後ではどうしようもない。だから、一番信頼できる人に、託す事にした。


 サーシャは一瞬だけ驚いた顔を見せ、そして頷いた。


「……はい。じゃあ私も、死んだらここに」


「あら。それは無理ですわよ」


「え?」


 呆けた声を上げるサーシャに、エーデルはにやにやと笑う。


「貴女は王族になるのですもの。眠る場所は王墓に決まっておりますわ。ああ残念……貴女のお母様の隣は、わたくしが独り占めですわね」


「ええ!? 私もエーデルと同じ、ここがいいですっ!」


 王墓に埋葬されるなど、全国民にとって憧れのはずなのだが、この少女達には、そんな価値観など存在しなかった。


「……じゃあそれこそ、『革命』でも起こして、この国を根底から変えなければなりませんわね」


 冗談めかして、エーデルが言う。


「……そうですね」


 サーシャも、おかしそうに笑った。


 エーデルは改めて、アイリスの墓標を見つめる。


 大好きだった人。


 彼女を喪って、エーデルは変わった。


 自らの心を守る為、大切な人の記憶を心の奥にしまい込み、代わりに抱いたのは平民への憧れ。そして、貴族という身分への嫌悪。


 その感情は今や、国を変えるという分不相応な意志にまで膨れ上がった。


 後悔は無い。この道を諦めるつもりも無い。


 ただ、今の自分を見て、アイリスが果たして喜ぶのか――それは、エーデルには分からなかった。

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