第33話 父との再会

 それから程無くして、セレンは迷宮探索でエーデルとペアを組む事を発表した。彼女を狙っていた多くの貴族達が悲鳴を上げたのは、言うまでも無い。


 面と向かって罵倒されはしなかったものの、


「……辛いですわ」


 自分を見る生徒達の視線には、明らかなエーデルへの嫉妬や憎しみが込められていた。


 これまでも他生徒から嘲笑や侮蔑を向けられる事はあったが、それは『平民』という、エーデル自身が望んだ立場が原因であった。だから、彼女は気にせずにいられた。


 しかし今回、セレンとのペアは別にエーデルが望んだものではない。彼女からすれば謂れなき理由で刺々しい態度を向けられるのは、さすがに堪えるものがあった。


「ごめんなさい、私のせいで……」


 サーシャが頭を下げる。理由が理由だけに、彼女もセレンとエーデルがペアを組む事に反対出来ない。それ故エーデルが、他の生徒から敵愾心を向けられているのに、サーシャも心を痛めていた。


「いえ、貴女は命を狙われている、れっきとした被害者なのですから。謝る必要はありませんわ」


 かぶりを振ってみせるエーデル。


 授業が終わり、二人は連れ立って校舎を出て、正門へと歩いていく。


「それに今回悪いのは、あの鈍感極まりないゴリラですもの。皆様の行為をきちんと認識して対応しないから、わたくしがこんな目に遭うのですわ」


 エーデルは言いながら、背後を睨み付けた。視界には入らないが、サーシャの護衛の為、セレンは今日も今日とて二人を追っているはずだった。


「……分かりました」


 頬を膨らませるエーデルの横で、彼女の言いようにサーシャは苦笑した。エーデルの事だ、話に裏は無く、割り切っているのだろう――サーシャに関しては。


「なら、元気を出してください、エーデル。今夜はいーっぱいお話しましょう」


 であれば自分に出来るのは、エーデルを励まし、元気付ける事。そう考え、サーシャはエーデルに、にっこりと笑いかけた。


 サーシャの笑顔に、エーデルもようやく、口に笑みを浮かべ頷く。


 と、


「エーデル!」


 いきなり声を掛けられ、振り向いた先にはセレンの姿。何故こんな所でと、エーデルが首を傾げるより先に、セレンが険しい顔で目配せをしてくる。


 無言のまま、セレンは視線をエーデルの後ろへ投げかけた。セレンの視線を追ったエーデルは、


「げっ」


 心の底から、嫌そうな声を上げた。


 門からこちらに歩いてくるのは、年の頃60程の男性だった。その身なりから、上級貴族である事は明白だった。


「……お父様」


 エーデルの呟きに、サーシャは目を丸くする。


「え? あの方が……エーデルの?」


 クラウディオ・サンドライト。サンドライト家13代目当主にして、エーデルワイス・サンドライトの実の父親だった。


 クラウディオはこちらに気付くと、手を振って近寄って来る。


 エーデルは、ぎゅっと手を握り締めた。


「やあ、セレン。久し振りだね」


「……はい。ご無沙汰しております、サンドライト卿。今日はどうして学院に?」


 セレンに問われて、クラウディオはやれやれと肩をすくめる。


「ここの学長と、チェスを打つ約束をしているんだが、ずっと向こうに反故にされっぱなしでね。文句を言ったら、『忙しいから学園でやろう』などと言い出したのだよ。何を馬鹿なと思ったが……こちらから催促した以上、断れん」


 そして、ははは、と軽く笑う。


「しかし、学園に通う年で既に騎士団の副団長とは。さすがは武門の誉れ高きフェルナジール家の秘蔵っ子だ。フェルナジール卿も、さぞ鼻が高い事だろう」


「いえ。自分はまだ修行中の身。称賛を受ける立場ではございません」


「ふむ。これからも精進したまえ。それと、君は――」


 次にクラウディオは、サーシャに目を向けた。


「お、お初にお目にかかります。サーシャ・イスールと申します」


 ぎくしゃくした動作で、サーシャは頭を下げた。


「ああ。オルフェリオス殿下に見初められたというのは君か」


 びくりと、サーシャの身体に震えが走る。クラウディオからしてみれば、サーシャは自分の娘から王子の婚約者、ひいては将来の王妃の座を奪った存在だ。さぞや恨まれているだろう――そう思って、ちらりとクラウディオに視線を向ける。


「――噂は耳にしているよ。学院でも稀有な魔術の才能を持っているとか。王族になれば苦労も多いだろうが、どうか殿下を支えてあげて欲しい」


 クラウディオは、にこりと微笑んで、そんな優しい言葉をサーシャにかけた。


 サーシャは驚き、そして安堵した。とても良い人だと思った。


「あ、ありがとうございます……」


 だから、


「ご令嬢のエーデルさんとも、いつも仲良くさせて頂いております」


 そう、自然と口にしていた。だがその瞬間、クラウディオの瞳から色が消えた。


 一瞬後、またにこやかな表情に戻った彼は、先程と同じ優し気な声で、サーシャに告げた。


「――覚えておきたまえ。私に娘などいないよ」


「……え?」


 絶句するサーシャ。


 クラウディオは再びセレンに目を向けると、思い出したように口を開く。


「そうそう。今度、養子を取る事になってね。是非、一度会ってみて欲しい。中級貴族の子息だが、なかなか見どころのある良い子だよ」


「は、はい。機会があれば、是非……」


 実の娘の前で、新たな養子の話をするとは――セレンは心のざわつきが表情に出ないよう、必死に取り繕った。


 クラウディオは「うん」と頷くと、


「聞くところによると、魔術の才にも恵まれているそうだ。……どこぞの、出来損ないとは違ってね」


 エーデルに一瞥もくれないまま、そう言った。


「サンドライト卿、それはあまりに――」


 看過できない発言に、セレンが抗議の声を上げようとしたところで、


「おっと、そろそろ約束の時間なので、このあたりで失礼させて貰うよ。では、ごきげんよう」


 クラウディオはそれだけ言うと、学舎に向けて去っていってしまった。


 セレンとサーシャは、うつむいたままのエーデルを見やる。


 彼女は唇を嚙み締めたまま、頭を下げた。


「……ごめんなさい、二人とも」


 苦しげな声を絞り出すエーデルに、サーシャは力強く首を振った。


「エーデルは悪くありません! さあ、さあ! 早く帰りましょう!」


 そして、エーデルの腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。


「ちょ、ちょっとサーシャ。痛いですわ……!」


「急ぎますから!」


 その様子に、セレンも足を速めた。


「先に行って、私の馬車を門の前まで回しておきます」


「な、何ですの二人とも……別にわたくしは、大丈夫ですから――」


「大丈夫なはずありませんっ!」


 サーシャは、エーデルの声を遮って叫んだ。


「……さあ、帰りましょう。私達の家に」


 そして再び、エーデルの手を握り直した。

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