第29話 夜更けのガールズトーク

 サーシャの部屋に集まった三人は、ベッドの上で車座に座っていた。脇のテーブルには、湯気を立てる紅茶とクッキーまで準備されている。


「……で、何の話をするのだ?」


 早速クッキーに手を伸ばしつつ、疑問を口にするセレン。エーデルは「ふ」と笑うと、


「こういう場での話題と言えばただ一つ――すなわち、恋愛談義ですわっ!」


 両手を大きく広げ、高らかに叫んだ。


「れ、恋愛だと……馬鹿馬鹿しい! サーシャ様もそんなもの――」


 しかし視線を向けたサーシャは、期待に目を輝かせていた。


「ええ、やりましょう!」


「! い、いや……もっとこう、他に面白い話があるのでは!?」


 全くの門外漢、そして興味の無い話題をどうにか変えようと、セレンが慌てて声を上げる。だが、


「セレンにとって面白い話なんて、どうせ剣術とか騎士の逸話とかでしょう? サーシャ、そんな話をしたいですか?」


「いいえ、恋愛のお話がいいです!」


「そんな……」


 エーデルはともかく、いつに無く押しの強い態度でサーシャにまで突っぱねられ、セレンはがくりとうなだれた。


「さあ、ではサーシャ! 甘酸っぱい話を聞かせてくださいませ!」


「へっ!? わ、私からですか!?」


 いきなり言われて、サーシャは顔を赤く染めた。


「こういうのはまず、言い出しっぺからなのでは……」


「いいじゃないですの。貴女と殿下が婚約しているのは皆が知っているのですから、今更恥ずかしい事も無いでしょう? それで、殿下の何処を好きになったのです?」


「いや、十分恥ずかしいですよ……!」


 赤くなった顔を抑えるサーシャを眺めて、エーデルは胸中で幸福を噛み締めた。


 ああ、この甘酸っぱい雰囲気――!


 いつもの『やりたい事リスト』No.485、『友人とのガールズトーク』に、完了の印が押された。


 かたや視線をあちこちにさまよわせつつ、サーシャがぽつりぽつりと話を始める。


「え、ええと……優しいところ、です……。初めてお会いした時も、平民の私を見下したりせず、親身に接して頂いて……」


「なるほど、あの時からもう意識していた、と」


 にやにやと笑いながら相槌を打つエーデルに、サーシャはぶんぶん手を振ってみせた。


「ちちち違います! その、殿下は私を気にかけて下さっていて、あの後も何度かお話を――」


 うっかり口を滑らせたサーシャが、しまったと顔をこわばらせる。


「なるほど、婚約者のわたくし抜きで逢瀬を重ねていたわけですわね、さすが殿下ですわ」


 何が『さすが』なのかは分からないが、エーデルは訳知り顔で追及を続けた。


「で、告白はどちらから?」


「も、もう許してください……」


 耳まで真っ赤にして、サーシャがかぶりを振った。


 しかし、エーデルの追撃は止まらない。


「殿下からですの? それともまさか、サーシャから?」


「……で、殿下からです……」


 消え入りそうな声で、サーシャが答えた。


「殿下からですか。では、プロポーズの言葉は――」


「わっ、私の話はおしまいです! 次! 次の人が話してくださいっ!」


 もはや泣きそうなほど眉を下げるサーシャに、やり過ぎたかとエーデルは慌てて言葉を止める。そして、


「――では次。セレン、どうぞ」


 彼女はすぐさま、次なるターゲットへ水を向けた。


「はっ!? い、いや自分は……そういうのは全く……」


 矛先が変わったのを見て、サーシャも攻勢に回る。


「セレン様はお綺麗ですし、男性から告白される事もあるのでは?」


「こっ、告白!? す、すみませんサーシャ様……本当に、そういった経験は一度も無いのです……」


「……本当ですか?」


「ほっ、本当です! 騎士の名誉にかけて!」


 そこに、エーデルが横槍を入れた。


「本当に本当ですの? 貴女の事ですから、告白だと気付かなかっただけではありませんか?」


 疑いの眼差しを向ける彼女を、セレンは不服そうに睨む。


「……だから、無いものは無い。そもそも、好意を寄せられる機会が無いだろう」


「まったく。鈍感にも程がありますわね……まあ、貴女に好意を寄せているのは、大半が女性でしょうけど」


 ついこの間、図書館でアンドリアナと交わした話を思い返しながら、エーデルがたしなめるように言葉を返す。


「男性ではなく女性が、私に好意を? 何故だ?」


 どうやら本当に気付いていないらしい。エーデルはやれやれと嘆息してみせた。


「セレン、貴女は結構、女性から人気があるんですのよ? 眉目秀麗、剣技では王国最強、長身、外面が良い――」


「外面とは何だ! 私は誰に対しても礼節を持って接しているだけだ!」


「ま、まあまあ。けど、私も聞いたことありますよ。セレン様は『王子様』なんですって。ファンクラブもあるとか……」


 取りなそうとするサーシャにも、セレンは寝耳に水、と言った表情を向ける。


「王子? 王子はオルフェリオス殿下だけではないですか。一体何故……もしや影武者だと思われて……!?」


「王子と行動を共にする影武者がどこにいますの!?」


 思わず突っ込みを入れるエーデル。


「本物の王子の話ではなくてですね、つまり皆さんは――」


 そして、サーシャから懸命に『王子様』の概念を説明されたセレンは、微妙な顔をしつつも頷いた。


「そうですか……すみません、まさかそんな想いを向けられていたとは、全く気付きませんでした」


「まあ、セレンらしいと言えばそうですが……」


 エーデルは肩をすくめる。


 そこに、サーシャがにやりと笑って口を挟んだ。


「では、最後はエーデルの番ですね」


 しかし、エーデルは胸を張ると、


「実はわたくしも――恋愛経験はゼロですわ!」


 大威張りで、そう言ってのけた。


「……エーデル。嘘でしょう?」


「だってわたくし、幼い頃から殿下の婚約者でしたので、誰かを恋焦がれる事も――あ、わたくしが殿下の許嫁と知りながら、サンドライト家と繋がりを持ちたいが為に求婚してきたクソ野郎ならおりましたが、その話で良ければ……」


「それ絶対、恋愛話じゃありませんね!?」


「では仕方ありませんわね。残念ですが、恋愛談義はここまでという事にして――」


 笑いながら話すエーデルの声が、ぴたりと止まる。


 サーシャから漂う、ただならぬ気配を感じたからだった。


「……恋愛話を振っておきながら、自分は話さないとか、許されませんよね?」


「あ、あの……それは……恋愛談義というものをやってみたかっただけで、本当にわたくし、何も話す事が……」


「許されないですよね?」


 その『圧』に、エーデルは震え上がった。


「……お二人とも、ご自身の恋愛に疎いのは分かりました。では私が質問しますので、正直に答えてください。いいですね?」


「サーシャ様、自分もですか……?」


「もちろんです! 全員、恥ずかしい思いをするまで終わりませんよ!」


 セレンは、恨みがましい視線をエーデルに送る。エーデルは口元を引きつらせながら顔を背けた。


「では、セレン様」


「しかも自分から!?」


「好きな男性のタイプを、挙げてください」


「いっ……!」


 それは、セレンがこれまでの人生で一度も考えた事のない命題だった。しかし根が真面目な彼女は、サーシャの問いに真摯に向き合う。


「思い付くものでいいですよ。顔立ちとか、性格とか、趣味や特技とか、何でも」


 悩み続けるセレンに、サーシャが助け舟を出す。セレンは首を捻りに捻り、やがて、ぽん、と手を叩いた。


「――自分より強い男性には、好ましさを感じます」


 エーデルとサーシャは、共に目が点になった。


 剣技無双と称えられる王国騎士団副団長よりも、強い男性――


「……ゴリラと婚約すればよろしいのではなくて?」


 エーデルの呟きに、サーシャは「ぶふぉ!」と噴き出した。


「……サーシャ様?」


「違うんです……違うんです……」


 サーシャは顔を両手で覆いながら、いやいやとかぶりを振る。


「あと、やはり礼節を重んじる、紳士的な方がいいですね」


「森の紳士ですわね」


 サーシャの肩が、小刻みに震え始めた。


「それに、ええと……恥ずかしながら自分、大食ですので……同じぐらい、健啖な方であればと」


「バナナいっぱい食べますわね」


「ぶぶふぉ!」


 サーシャは、もう無理だった。


「エーデル! どうして全部ゴリラに繋げようとする!?」


 エーデルの胸倉を掴み、セレンは激昂した。


「貴女より強くて、紳士的で、大食らいの人類なんて存在するはずないでしょう!? 大人しくゴリラと結婚なさいませ!」


 また喧嘩を始める二人。


「も、もう、二人とも止めてくださいっ! 次はエーデルの番です!」


 サーシャの声に、二人は不承不承ながら、言い争いを止めた。


「エーデルは、どんな男性が好きですか?」


 問われたエーデルは、ぴっ、と人差し指を立て、つらつらと話し出す。


「そうですわね……安定した職を持っていて、家族に関心を持ち、お酒や博打は嗜む程度。子供は三人ぐらいを望む――そんな男性に憧れますわ」


「……それは、憧れると言っていいのか?」


 セレンの言葉に、サーシャも頷く。


「エーデルのは、もう『恋愛』では無いです……」


 しかし、エーデルは心外とばかりに口を尖らせた。


「だって、お付き合いするという事はつまり、ゆくゆくは結婚する訳でしょう? ならば初めから結婚観が一致している方であれば――」


「――エーデル」


 エーデルの発言を遮ると、サーシャは彼女の鼻先を指差して、言った。


「貴女の発言……『甘酸っぱい』と思いますか?」


 エーデルの脳内に、衝撃が走る。


「……確かに、わたくしが想像していたガールズトークとは似ても似つかないですわ……!」


 サーシャは嘆息した。そして、改めて二人に問う。


「……ちなみに、お二人の初恋の相手はどなたですか?」


「初恋、ですか……初恋……?」


 考え込むセレンに、エーデルが横から口を挟んだ。


「セレンの初恋なら分かりますわ。アキレス様ですわよね?」


 しかし、エーデルの言葉にセレンは首を傾げる。


「アキレス様? ……記憶に無いが、どういった方だ?」


「アラザン動物公園の名物ボスゴリラですわ」


「だからいちいちゴリラに繋げようとするなっ!」


 再三の口喧嘩を開始する二人を見て、サーシャは一人、肩を落とした。


 どうやら、この二人に色気付いた話を期待するのは無理らしい――

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