第28話 ウリ科の野菜を割る遊び

「……何だ、これは」


 砂浜に置かれた巨大な瓜に、オルフェリオスは眉根を寄せる。


 エーデルは木の棒と白布を手に、にこにこと笑った。


「海に行くと聞いて持参してきましたの。市場で安売りしていて良かったですわ」


「……これで、何をするのだ?」


 疑問を呈するセレン。エーデルは得意気に答えた。


「『視覚を奪われた状態でウリ科の野菜を割る遊び』ですわ! 平民は夏に海へ来ると、必ずこれをするのですって! そうでしょう、サーシャ?」


 しかし、サーシャは困惑しながら言葉を返す。


「ええと……すみません、聞いた事が無いです……どこか他の地方の風習ではないかと……」


「嘘でしょう!? 夏の風物詩と、本には書いてありましたのよ!?」


「どんな本を読んだのだ、お前は……」


 呆れるオルフェリオス。しかしエーデルはめげずに、


「……ま、まあ折角用意したのですから、やりましょう。ではセレン。これを持って」


 セレンに木の棒を渡し、布を顔に巻き付けていく。


「ちょっと布が長過ぎますわね。……まあ、とにかく絶対に見えないよう、念入りに――」


「お、おいエーデル、やめ――」


 念入りに巻いた結果、顔面を完全に布で隠した、鈍器を持つ潜水服の女が誕生した。


「ふふほほ、ふほほんほん!」


 布で覆われた口からは、聞き取れない呻きのような声が漏れている。


「うわ……こいつがサーシャの命を狙う犯人でも驚きませんわ……」


「ふほん!」


 怒りに棒を振り上げる怪人物――もといセレン。


「ちょっ、わたくしではなくあの瓜を狙ってくださいませ! ほらお二人とも、セレンに指示を! 周りの指示で、瓜の場所に見当を付けるそうですわ!」


 エーデルに促され、サーシャもオルフェリオスもぎこちなく声を上げる。


「え、ええと……とりあえず真っ直ぐです、セレン様!」


「そう、そのまま行って、少し右だ」


 二人の指示に従い、セレンも仕方なく、じりじりと瓜への距離を詰めていく。


「ちなみに、割れた野菜は皆で食べるそうですわ」


「瓜をそのまま食べて、美味いとは思えんが……」


「そこはまあ、雰囲気を味わうのですわ。きっと」


「エーデル、本当にどんな本を読んだんですか……」


 外野が話し込んでいる間に、セレンは遂に瓜をその棒の射程に収めた。


「あ、セレン、そこですわ!」


「ふほおっ!」


 エーデルの声に、セレンは棒を振りかぶると、そのまま一直線に打ち下ろした。


 しかし、あと数センチのところで、棒はあえなく砂浜を叩くのみだった。


「ああ……」


 誰ともなく落胆の声が上がる。


 しかし。


 セレンは砂に埋まった棒を、再び振り上げた。と同時に、棒の先で跳ね上げられた瓜がまるで羽根のように空高く舞う。


 更には、突如としてセレンの持つ棒が光を放った。オルフェリオスが驚きと共に声を上げる。


「……あれは、武器強化の魔術――!」


「……は?」


 エーデルが呆気に取られていると、セレンは自らも飛び上がり、魔術によって強化された棒で、寸分違わず瓜の中心を打ち抜いた。


 その瞬間、轟音を立てて瓜は粉々に弾け飛んだ。


 地面に降り立ったセレンは、顔を覆う白布を脱ぐと、こちらに振り返って笑った。


「……どうだ?」


「『どうだ?』じゃねーですわよこのお馬鹿っ!」


「なっ……!」


 鬼のようなエーデルの形相に、セレンはたじろぐ。


「『割る』って申し上げたでしょう! どうして『粉砕』になるんですの!?」


「し、しかし……! 戦場においては、己の全能力を用いて相手を屠らなければ――」


「戦場じゃありませんし! 瓜と命のやり取りしないでくださいませ!」


「武器を持って対峙した時点で戦場だ!」


「遊びなんですのよこれは! やっぱり騎士様は脳味噌まで筋肉なのかしら!?」


「はぁ? 貴様こそ、その口の悪さと性根を矯正してから物を言え!」


 互いに言い争うエーデルとセレンを眺めながら、オルフェリオスが呟く。


「……先に戻っていようか」


「……そうですね」


 サーシャも首肯して、二人は言い争いを続ける少女達に背を向け、歩き出した。




 日が落ちて、時は夕食。


 供されたのは、高級レストランと見紛うばかりの華麗な料理の数々だった。


「美味しいですわぁ! さすが王族専用の別荘。サンドライト家の料理人も腕利き揃いでしたが、一味違いますわね!」


 舌鼓を打つエーデルに、オルフェリオスは頷いた。


「王宮から、使用人を何人か連れてきているからな。明日のメニューに希望があったら言っておくといい。可能な限り、希望に応えてくれるそうだ」


「まあ! サーシャ、明日は何にしましょうか!」


「ふふ。悩んじゃいますね。セレン様は――」


 セレンの方を振り向いたサーシャが目にしたのは、うず高く積まれた皿の山だった。


「……セレン。少しは遠慮なさいと、何回申し上げれば分かるんですの?」


 しかしセレンは皿の間から顔を覗かせると、


「出された物は、残さず平らげるのが礼儀だろう」


 前にも聞いたような事を、悪びれもせずに言い放った。


「全く、貴女はいつもいつも……」


 そんな二人に、オルフェリオスは肩をすくめた。


「……二人とも、もう少し仲良くできんのか? お前達にはサーシャの護衛を任せているのだ。その仲が険悪では、いつか任務に支障をきたすやもしれんぞ」


 しかしエーデルとセレンは、その言葉に揃って目を丸くした。


「わたくし達、別に険悪な仲ではありませんわよ? 仲良しでもありませんが」


「ええ、殿下。自分とエーデルは、昔からずっとこうですが、特に仲が悪いという訳では」


「そうなのですか?」


 二人の返答に、サーシャも驚いた。


 エーデルもセレンも、お互いにだけ当たりがきつい気がしたので、てっきり仲が悪いのだと思い込んでいたが。


 しかしサーシャの疑問は、エーデルの声にかき消された。


「ねえねえ。折角ですし、寝る前に皆でお話でもしませんこと?」


「作戦会議か? サーシャ様が狙われた際の連携については、自分も伝えておきたい事がいくつか――」


「違いますわ! 息抜きに来ているのですから、不穏な話題を出さないでくださいませ!」


「私は是非、お話してみたいです。これまでセレン様とは、あまりそんな機会もありませんでしたし。殿下はいかがですか?」


 サーシャに水を向けられたオルフェリオスは、しかし首を横に振った。


「残念だが、目を通さなければならない書類を持ってきているので、私は遠慮しておこう。それに――どうせなら、そういう話は女性同士の方がいいのではないか?」


 そこに、エーデルが力強く拳を握り締めて言う。


「さすが殿下、よくお分かりですわね! じゃあ今夜は、我々だけで甘酸っぱいお話をいたしましょう!」


「甘酸っぱい……果物の話か?」


 首を傾げるセレンを、エーデルは半眼で睨み付けた。

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