第8話 少女の見た夢

 ベッドの上には、使い古された寝巻が置かれていた。これも多分、サーシャの使っていた物だろう。


 寝巻に着替えると、エーデルはいそいそとベッドに潜り込んだ。監獄の薄汚い藁床からすれば、天国のような寝心地だ。


 余程の疲労が溜まっていたらしく、目を閉じたエーデルは、時を待たずにすうすうと寝息を立て始めた。




 その晩、夢を見た。


 幼い頃の自分がいて、隣には一人のメイド。ただ、どうしてもそのメイドの顔が見えなかった。こちらを向いて笑っているのに、顔の辺りにだけ、もやがかかっているかのようだった。


 二人は楽しそうに料理をしている。作っているのはスープだった。


 細かく切った野菜を鍋に放り込み、じっくりと煮込んでいく。


「お上手ですよ、お嬢様」


 メイドに褒められて、幼い自分は満開の笑顔になる。


 野菜が煮崩れたら、次は味付けだ。メイドに言われた通り、少しぎこちない手つきで調味料を入れていく。


 塩を入れて、胡椒を入れて――


「――最後に、タイムをほんの少々。これで、味がぐっと良くなります」


「たったこれだけでいいの?」


「ええ、これだけでいいんです。これだけで、嘘みたいに味が変わるんですよ」


 とても暖かく、幸せな光景だった。もう二度と戻れない、あの頃の記憶。


 永遠に失ってしまった、大切な人――




 目覚めた時、エーデルは自分の目に涙が溜まっているのに気付いた。


「……初めての場所で、少し興奮していたのかしら」


 涙を拭いながら、体を起こす。


 ふと、何か夢を見た気がした。どんな夢だったかは思い出せない。でも、とても良い夢だった事だけは、何となく覚えていた。

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