第39話 A.H

この世界にタイムスリップしてきて、まずやったのはこの時代とこれまでの歴史を学ぶこと。


この世界の価値観にならないと何も見えてこない。つまり何もできない。


この世界で私ができること。私の役割。私がタイムスリップした意味。それらを一刻も早く知る必要があった。


そしてこの世界を知った時、私は絶望した。


マジで何もやることねーなと。


あと『この世界』ってめちゃくちゃ言ったなと。

絶望しながらも仕事はした。金を稼がなくてはいけないから。最初は日雇い。その後戸籍を偽造。ある程度金が溜まったところでFXを始めた。私にとって世界情勢を読み、為替を予想するのは簡単なことだったからだ。


更に大きな金が貯まれば次は投資。


そして働かなくても金に困らなくなる状況を作り上げた。


だが金があっても使い道なんてない。もう世界は救世主を必要としていなかった。いや、たった一人で何かができる時代ではなかった。


ゆっくりと徐々に数百年単位ででしか変えていけない世界。


喜ぶべきなんだろう。あの頃よりも豊かな世界だ。それなりの理不尽はまだ蔓延っている。だが第二次世界大戦を起こした時のようなどうしようもないほどの理不尽ではない。


個人個人が戦えるレベルのものだ。


じゃあもう私がすべきことはない。


死を覚悟した瞬間に突然送り込まれたこの世界。自分になにか使命があるのかと思ったが別にそんなこともないようだ。


意味などなくただただ偶然タイムスリップしただけだった。


だからもう使命などと考えることはやめた。


ならばこれからは余生としてゆっくりと暮らそう。


そんな風に思って、色々なことをやってみた。


金稼ぎ、スポーツ、科学、化学、etc.


色々やってみたが胸躍るような事は見つからなかった。というかどの分野ももう行き詰まりといった感じだった。人類はある種の到達点まで進化してしまったのかもしれない。


最後にやってみたのはネットゲーム。


それなりに楽しかったが、剣とか魔法のファンタジー世界はどうも私の性に合わないようだ。どこかで冷めてしまう。


そんな時に出会った。あの燃え滾る時代、あの戦争を思い出させてくれるゲーム。


『信長の覇道Online』


世界ではなく日本を支配するためのゲーム。まあ規模的には大分見劣りする。


だがこのゲームの中には第二次世界大戦のときのヨーロッパよりも手強い大名たちが溢れていた。


狭いからこそより燃えた。


そして私はハマった。


大名の座を奪うなど楽なもの。そんなものとっくの昔にやって来た。


このゲームでは武力を重要視している者が多いが、権力を手に入れるのに必要なのは武力ではなく政治力だ。


人心を掌握する。


それこそが支配へと至る道だ。


最も影響力を持ちそうな大名に仕え、手柄を上げる。地位を高めつつ、外堀をゆっくりと埋めていく。気付かれないように。違和感なく自然に。


そしてあっさりとその座を奪う。本人は何が起こったのかわからなかっただろう。自分への支持が増えていると思っていたはずだから。だが実はその支持は私に向けられていたものだった。


きっと首が地に落ちるその瞬間まで、自分の身に何が起こっているのか理解できなかったはずだ。


意味も分からず首を切られるのは気の毒だったと思うが、まあそんなことは割とどうでもいい。


とにかくこれで私も『信長の覇道』の本筋である天下争奪戦にエントリーしたということだ。


織田信長の持っていた全てを手に入れた、このA.H、いやこのアドルフ・ヒトラーが。

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