第27話 上杉謙信という名の女
私の名は新垣あい。弁護士を目指している女子大生だ。しかし家は貧乏で学費と家賃、生活費をなんとかしなくてはいけない。ということわけでバイトを探していた。そして見つけたのが『信長の覇道Online』だ。
面接に受かり、私に任されたのは『上杉謙信』。
ただゲームをプレイするだけでその辺の正社員張りの給料がもらえる。
こんな割りの良いバイトはない。
今日もログインして、ログアウトしていた間に起こった出来事を確認する。
いつもは大した事柄はないのだが、今日は違った。
〝北からノブナガ軍(プレイヤー)が越後に向けて出陣中〟
最上、伊達を倒して東北を倒して北部を治めたプレイヤーだ。
まさか攻めてくるとはね。
北部を支配して国力も上げてるらしいから、ここからは今の地位を保っていくのかと思っていた。
だってこれだけ国を大きくしたんだったら、このまま領土を順調に治めていく方が得だ。
このゲームでは領地を持っているプレイヤーならお金も稼げる。今のノブナガなら一般的なサラリーマンの3倍ぐらいは稼げているはず。
というかこのゲームは領地を持つと現実で結構なお金が稼げてしまい、大名役もそれなりにお金が稼げるので、リスクのある戦いをする大名は少ない。
せいぜい小競り合い程度。
だからノブナガのように短期間でこんなに戦をしているプレイヤーは珍しい。
戦国時代と言いながら、実際のところ他国との交渉や自国の発展に力を注いでいる人たちの方が多いのだ。
当たり前だ。負ければ収入源を完全に失ってしまうんだから。
だからまさかその全てを失うリスクを冒してまで他国に攻め込むとは思っていなかった。しかもこの上杉に。
伊達を倒して北部を手に入れたとしてもまだ上杉に勝てるほどではない。
だから同盟を申し込んできていたし、マメに調度品などを送ってきていた。デアゴスティーニかってぐらいに。
だからすっかり安心していた。そこまでの野望はないんだと。
でも攻めて来た。
うーん、ノブナガというプレイヤーは一体何を考えているんだろう?お金持ちの道楽なのかな。まあ天下を目指すことが主旨のこのゲームとしては正しい行動なんだろうけど。
天下取りには向かない北部を制圧したから、そういうことには興味ないのだと勝手に思っていた。
でも私の考えは間違っていたみたいね。
ならばいくら戦力的に優勢でも油断はできない。
私の印象ではノブナガは頭のいいプレイヤーだ。そのノブナガが堂々とこの上杉を攻めるということは何かしらの勝算があるんだろう。
とにかく作戦をたてるにしても情報が足りない。
特に大大名同士の戦いとなれば、互いにどういう上位職なのかが重要になってくる。
おそらく戦力差をひっくり返せるような何かがある職業なんだろう。
まずはそれを明らかにしなくては。
それにプレイヤーとの合戦は私たちNPC大名にとって必ずしも悪いことばかりではない。
勝てば臨時ボーナスがもらえる。もちろん現金で。
そんなわけでプレイヤーとの合戦はAIではなく私たちが担当する事になっている。
そのために合戦を行える時期は各大名によって決まっている。それこそすなわち私たちのシフト表なのだ。
この合戦できる時期が決まっているという仕様は、ユーザーたちからも不満の声が上がっているがずっと変わらない。
AIにやらせてもいいんじゃない?とも思うけど、まあ運営の考えなんて私にはわからない。わかっているのは勝てばボーナス、負ければクビ。
これはバイトを始めるときに会社から説明されている。
だからこそ負けるわけにはいかない。そして勝った暁には自分へのご褒美として安眠枕を買うのだ。
覚悟を決めた私はゲームの中にダイブし、早速斥候たちにノブナガの情報を集めてくるように指示を出した。
ノブナガ自身についてと最上、伊達との合戦の情報を集めなくては。
私は斥候たちからの報告を待った。だが放った斥候たちはいくら待っても帰ってこなかった。一人もだ。
「どうなってる!」
「それが我々も頭を抱えている状態でして。あれだけ送り込んだ斥候たちが一人も帰ってこない。しかもなんの連絡もなく消えてしまいました」
殺されたと考えるのが自然だろう。裏切りはない。配下たちとは契約を結んでいる。戦国では裏切りなんて日常茶飯事。だから裏切りにだけは特に注意を払ってきた。
だが殺されたとして、なぜ斥候に気付ける?
ウチの斥候たちはレベルの高い忍者たち。忍びの里を作り、教育した一流のプレイヤーたちだ。
こっちの情報が漏れている?
すでにこちら側にスパイが入り込んでいるってこと?
確かに戦力で劣る相手に攻めようとしてるんだ。それなりの準備はしていると思った方がいい。
くそっ!ずっと後手に回ってしまっている。これ結構ヤバいわね。
「『軒猿(のきざる)』の頭、『ぷにぷに大将軍』を呼べ」
「はっ!!」
ぷにぷに大将軍はプレイヤーだ。忍者としてウチに仕官してきて、あっという間にトップまで上り詰めた上杉最強の忍者。
ぷにぷに大将軍はすぐにやって来た。
「どうしたんだよ、兼ちゃん。直接俺を呼び出すなんて珍しーじゃん」
「わかっているだろう」
「はいはい、ノブナガ軍ね」
「ノブナガのことを探りに向かわせたお前の部下たちがことごとく姿を消している。これをどう思う?」
「まあ全員殺されたんだろうな」
この男は部下がやられたというのにあっけらかんと答えてくる。
「何とも思わないのか!」
「安心しろよ。こっちの情報は吐かずに死んでいったはずだ。そういう呪いをかけている」
「そういうことじゃなくてだな!」
「何を感情的になってるんだ?忍者ってのは死ぬのも仕事だ。敵の情報を持ち帰れなかったのは残念だが、こちらの情報が漏れていないなら失敗ではない。牽制にはなっているはずだ」
「だが!」
「わかってるよ。ノブナガの上位職がわからないと勝機は見えてこねーもんな。言われなくても俺が行ってくるよ」
「頼むぞ、ぷにぷに大将軍」
「うん、こういう緊迫した状況だとキャラネームをふざけたこと後悔するわ」
ぷにぷに大将軍はノブナガ陣営へと向かって行った。
彼は贔屓目なしに戦国最強の忍者だと私は思っている。
ぷにぷに大将軍
レベル 322
職業 影(中位職)
でも緊迫した状況だとこの名前やっぱりイラっとするな。
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