第10話 ノブナガと血の契約

私たちはとりあえずジジイと一緒に山頂を目指していた。霊峰カムイ・ミンタラでは強力な妖怪がひっきりなしに出てくる。プリカンダカムイ、ㇾタルカムイ、ラプスカムイ。カムイがひつこい。ちなみに熊、白熊、デカい鳥である。


「トリ!お願い!」


『えぇー、寒いんだけど』


「サッサとやれ」


『うっす!』


ノブナガにバフをかけてもらいながらトリに妖怪たちを焼いてもらっていく。ただ予想外だったのは―


―氷結斬―


ジジイがめっちゃ強いということ。今も斧を一振りしてその辺のいろんなカムイを氷漬けにしてる。


うん、ジジイ強えぇ。


「ジジイ強いな」


「うん、なんかそんなところもイラっとするね」


「斧なのに氷属性って言うのも絶妙にあってなくてイラつく」


「それな。氷属性はタイトな武器使っててほしかったよ」


「ジジイキモいの!」


「だがあのジジイ俺よりも強いぞ」


「え!?マジ!?」


「え!?マジなの!?」


「さすがはノブ坊じゃ。ようわかっとる」


「あ、その呼び方はやめてくんない?ウザいから」


「ノブ坊。儂は70年の間、蝦夷最強と言われておる」


「なぁじいさん、耳って聞こえてる?」


「儂はあのクソ狼から氷の力を与えられている」


「あ、聞こえてないね」


「でもノブナガ、あのジジイヤバくない?」


「ジジイ、キモ強いの!」

「だから言ったろ」




NPCネーム タライ


レベル 287


職業 重戦士


スキル 大口真神との契り 氷結の加護 




ちゃんと確認してなかったけど、このジジイレベル高っ!


しかもジジイの癖に重戦士って!


なんかいろいろギャップがエグイ!


「儂はもう一度マカに会いたいだけじゃ」


「お前はその大口真神を恨んでるのか?それとも愛してるのか?」


「・・・どちらもだ」


「はぁ、そうかよ。じゃあ行こう。どうせこの山は攻略するつもりだ」


ジジイが愛を語るのも結構キメー!





「はぁはぁはぁ。マジで山頂までどれぐらいあるの?」


この山めっちゃ高い。そしてめっちゃ寒い。


「寒すぎて震えるの!」


「こんなもん慣れじゃ慣れ!そのうち慣れるわい」


「ジジイは楽しそうだな。イラっとする」


同感。慣れ慣れうるさくてイラっとする。


「お前らが儂にイラっとしてる間にほれ、見えてきたぞ山頂が」


あ、イラっとしてるのバレてた。


ジジイにイラついているうちに私たちはいつの間にか山頂に辿り着いていたようだ。そしてそこにあったのは氷漬けにされている真っ白い狼。


「マカ・・・」


ジジイがその狼の前まで駆け寄る。そして氷ごと抱き締める。


・・・で、この後どうすんの?


「今回は大口真神を倒すんじゃなくて起こすっていう流れらしいな」


「でもどうやって起こすのさ!めっちゃ凍てるんだけど」


「溶かせられる奴がいるだろ」


「・・・あ、そっか!トリ!」


『旦那!トリ、ただ今参上しました!』


あ、もうこいつ私への挨拶も省略しだした。


「あの狼を凍らせている氷を溶かせ。ただし中にいる狼まで燃やしたら殺す」


『へ、へへへ。そんなことするわけないじゃないっすか。勘弁してくださいよ。、、、マジ殺さないでください』


「さっさとやれ」


『うっす!』


私の式神の癖に私をのけ者にしてトリは氷を溶かし始めた。すんごく丁寧に。マジなんなのこの式神。てか本当に私の式神なの?どう考えてもノブナガの式神なんだけど。


「大丈夫だ。トリはお前の式神だ」


なんか私の心を察したノブナガが慰めてくれる。


「だよね!だよね!!」


「ああ、俺がいる限りな」


・・・それってやっぱ私の式神じゃなくね?


「ノブナガお兄ちゃんの式神はすごいの!」


「ちょっと聞き捨てならないよ、ウヌちゃん。あれは私の式神!」


「ふっ、そうだったの!ごめんなさいなの!」


ん?うちの娘が一瞬私を鼻で笑った気がしたんだけど。


・・・ははは、幻聴だよね。うちの可愛い娘が母である私を鼻で笑うわけないよね。うんうん、そうだよ。そうそう。


「ウヌちゃん、トリは私の忠実なる僕(しもべ)なんだよ?それはそれは忠実な。要するに私の忠実なる僕(しもべ)、そしてノブナガはご主人である私の旦那様、だからノブナガの命令も聞く。つまり私の命令ならめちゃめちゃ聞くってことなの!」


「ふっ、そうなんだ」


あれ?気付かないうちに『なの』が入れ替わってるんだけど。


「いいから行くぞ。狼が溶けた。ジジイはもう行った。なんなら逝った」


ウヌちゃんと話してる間にトリは氷柱の中に囚われていた狼を解凍し、ジジイはその狼を抱き締めていた。


「た、タライ?」


「やっと目覚めたか。マカ」


「ふふふ、もうすっかりおじいちゃんね」


「お前が起きないからじゃ」


ジジイは狼を抱きしめながら泣いていた。どういう状況?


「ジジイが狼を抱きしめながら泣いてるぞ。過去最高にキモいな」


「うん、私もそう思ってたとこ」


「やっぱジジイキモいの!」


「なんか嫁ってかペットな感じが悲しいよね。ペットを嫁って呼んでるみたいな」


「そう言ってやるなよ。別に何も言うことはないけど、そう言ってやるなよ」


「ジジイくそキモいの!」


でもジジイは本気で泣いていた。それはもう笑えないほどに。


すると白い狼が人間の姿へと変わっていく。それはそれはもう美しい女の人に。そして信じられないことにジジイも若い姿に変わっていく。


「ずっと会いたかったわ、タライ」


「俺の方が会いたかったさ、マカ」






遠い昔の話。



この霊峰カムイ・ミンタラの麓には小さな里があった。ここのアイヌたちは霊峰の山頂に住むと言われている大口真神を信仰していた。


そしてその里には天才と呼ばれる狩人がいた。


彼は麓の獣を狩り尽くし、更なる獲物を求めてカムイ・ミンタラを登った。カムイ・ミンタラに登ることは里の法で禁止されていたが、彼は法などどうでもよかった。


彼は退屈していたのだ。だから出会ってみたかった。命のやり取りをできるような相手に。


彼は山を登る途中で襲ってくる獣たちを倒しながら山頂を目指した。


それでも彼はつまらなかった。麓の獣より山の獣は強力だと里の年寄りから聞いていたが、彼にとってはさほど変わらなかったからだ。


ああ、この山に登っても俺はやっぱりつまらないのか。


彼が失望しかけた時、つまり山頂に辿り着いた時。彼は運命の出会いを果たす。


『お前は何だ?』


目の前には絶世の美女がいた。


だがそれだけではなかった。足がすくみそうなほどのオーラ。


瞬時に理解した。今まで狩って来たものとは違う。今自分は狩られる側になったのだと。


だがその女の反応は違った。


『お前は何だ?人間か?人間だな。人間だろ!麓はどうなってる。というかこの島はどうなっている!』


何かグイグイ来たのだ。


「お前こそ何なんだ?」


『私か?私は大口真神だ』


「お前が!?」


『不服か?』


「いや、、、とっても綺麗だ」


『え!?』


この出会いで、こんな出会いから、二人は恋に落ちた。





「何かいきなりジジイの回想シーン入ってウザかったな」


「うん、スキップボタン必死に探したよ」


「うん、やっぱジジイキモいの!」


うん、キモい。ジジイが若返るとなんかイケメンなのも逆にキモい。すごくキモい。なにやらマカミちゃんがジジイを縛ってた時間を返却したらしい。マジかよ、そんなことできるのかよ。大口真神すげーな。


「めちゃめちゃ抱き合ってるけど大丈夫か?このままおっぱじまっちまいそうな雰囲気だけど」


「このままじゃ教育によくないね。トリ、焼いちゃって」


私は無駄に盛り上がっている老カップルを焼いた。それはそれは焼いた。


親の仇とばかりに焼いてやった。うん、それぐらいイラっとしたのだ。


「いきなり焼くことねーだろ、、、」


黒こげになった若返りジジイが言う。


「ちょっと非常識にもほどがある、、、っていうかあんたカグヅチじゃない!」


『マカミひさしぶりー』


「なんであんたが蝦夷にいるのよ!」


『あ、今オレ式神やってんだ―』


「え!?あんたが式神?嘘でしょ!?」


『いや、マジマジ。ちなみにお前もこのあとノブナガの旦那に仕えることになるんだぜ!』


ん?


「いや、トリ。仕えるのは私でしょ。でしょでしょ?」


『、、、そう言えばそうだった。、、、マカミ、お前これに仕えるんだってよ』


「これって何さ!何さ何さ!てか主を指さすんじゃないよ!」


『やれやれだぜ!』


「え、その返事は何?どう捉えたらいいの?」


こいつ日に日にかわいくなくなっていく。まあ別に最初っから可愛くはなかったけど。


「私がタライ以外の誰かに仕えることはない!」


かなりガチな感じだよ!ノブナガどうするの!?そう思ってノブナガの方を向いたがノブナガはなんてことはないという感じで笑みを浮かべていた。


「じゃあ元ジジイ、お前が俺に仕えろ」


「俺がお前に仕える?」


「そうだ。文句でもあるのか?あるならお前の女を殺すぞ?」


「はぁ、お前と火之迦具土神ならそれができるし、俺にはそれを止める力はもうない。つまり逆らうのは不可能だな」


ジジイは70年の時間を返してもらったことにより、その70年間で上げたレベルも失っていた。



NPCネーム タライ


レベル 82


職業 重戦士


スキル 大口真神との契り 氷結の加護 



「じゃあ決まりだな。契約を結べ」


ノブナガは契約術式を発動する。これを行うにはかなり高価なアイテムが数点必要となる。契約に同意して契約を結んだものは契約を破ろうとした時にはそれが主に伝わる。


それだけ?といったような契約だが裏切りが日常的に行われるこの戦国時代ではこれが大きな意味を持つ。


ノブナガ曰く「ああ、光秀に付けとけばよかったー。というか全員に。松永のおっさんにも」


契約術式のコストのわりに大した制約もないから、めんどくさくて省くプレイヤーも多くいる。だがノブナガはこの契約術式を重要なものとしてとらえていた。


だからノブナガはこの契約術式で必要になる3つのアイテムの収集にも精を出していたのだ。



血の契約


必要アイテム 血の涙 血の結晶 契約の血



「ノブナガ、こんな契約を結ばなくても俺はお前を裏切ったりしないぞ?」


契約を結んだタライが言った。


「そういうのはもう聞き飽きてるんだよ、俺は」


「しかし俺はお前を―


「たとえ信頼していても、好意を抱いていても、家族であっても、恩人であっても、裏切るときは裏切る」


「そんなことは―


「ある。もっと大切なことがあった場合だ。光秀だって俺を恨んで裏切ったんじゃない。もっと大切なもののために俺を裏切った。なぜなら『行けー!』と号令を出した時、アイツは泣いていた」


「え?」


「つまりこの契約の良いところは『裏切ってもいいよ』というところなんだ。これなら光秀は泣かなくてもよかったかもしれない。まあもう遅いがな。だからお前は俺に従え、だがいつでも裏切れ。そういうことだ」


「ふん!変な奴だな」


「お前ほどじゃねぇよ、元ジジイ」


こうして若返ったジジイと氷の女王が仲間になった。ん?私が来た意味とは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る