第31話 自滅のシナリオ

「ジュンイチさん、メールが届いています」と、ブーモの声がした。

「なんだろ、いきなり……」 もぞもぞと、純一はメタリック・ピンクのスマホを取り出した。

「純一さん。それ、返して……」と、舞衣。

「あ、ごめん。今、ブーモの通信機になっちゃってるんだ。しばらく貸しといて……」

「むぅ……」

 返す気などサラサラなさそうな純一だった。まるで自分のスマホのように画面をタップして、彼はメールの文書を呼び出した。

佳奈かなちゃんからだ」

「佳奈ちゃん?」

「うん」 彼はほかの仲間たちにも分かるように言った。「めいっ子。オレ宛てにメールをくれた……」

「地球からか?」と、ピーボが訊いた。

「途切れてたんだけど、復旧したみたい……」 彼は文面に目を走らせていたが、ふいに首を傾げて言った。「あれ、なんだ? ……ちょっと、佳奈ちゃんっぽくない……。もしかしてこれ、大事なことかも知れないから、みんな聞いて……」


 彼は咳払いをして、怪訝な顔の仲間たちに読み聞かせた。

「えーと、『おじちゃんへ。お元気ですか? 今地球では、あさってころ大きな津波が来ると言われていて、みんな高い場所へ避難をしているところです。そうしたら今度は、大きな船が一隻、地球に向かっていて、このままだと明日にも地球に衝突することがわかりました。佳奈はとっても怖いです。今おじちゃんはどこにいるのですか? どうなっているのですか? おおおじいちゃんが言うのですが、本当に回避かいひ不能なようだと、窮鼠きゅうそ猫をむになってしまう。そんなことになるのはとても怖いです。返事、待ってま~す。佳奈』」


「たいへん……」 舞衣が声を震わせた。

「避難が始まっているのか……」と、マーロがつぶやいた。

 それにしては、不思議そうな顔の純一だった。

「なんだかへん……。一文節が長い……。『大おじいちゃん』って誰? これ、ほんとに佳奈ちゃんが書いたものかな?」

「どういうことだ?」と、ピーボ。

「いやね、佳奈ちゃんはもっと短い文で書くし、『回避不能』とか『窮鼠猫を噛む』とか、こういう言葉、そのまま使ったっけ?って思うんだけど……」


「キュウソネコヲカム?」とハーロが訊いた。

「うん。追い詰められた弱い者が、自分を追い詰めた強い者に決死の逆襲をすることがある……みたいな意味だったような……」

「その言葉だが、船団側で翻訳理解できるのか?」と、マーロが訊いた。

 てっきりブーモが答えると、皆の視線が純一の首元に集まった。だが、ブーモは沈黙したままだった。

「ブーモ、『窮鼠猫を噛む』って、今の船団で翻訳できる?」

「は……。暗号強度の極めて高いメッセージが埋め込まれて…… 少々お待ちを……。ハッなんですか?」

「なんですかじゃないよ。だから……」

「あぁ、『窮鼠猫を噛む』ですね。今検索しますので少々お待ちを……。はい、最新の日本語セットには収録済みですが、地球調査団の中間報告に添付の初期バージョンでは翻訳不能です。最新版ですが、第51戦闘群とベイアム号までは届いているはずです。前衛軍内では…… ただ今言語ライブラリを確認しています…… こちらは、まだ登録されてないようです……」 珍しくあたふたしたブーモだった。


「知恵者がいるな」と、ピーボが言った。「万が一傍受ぼうじゅされてもわかりづらい、ジュンイチとマイにだけ理解できる言葉を選んだのだろう……」

 マーロが訊いた。

「船が衝突するとなると、今度は地球側が船団に逆襲する……つまり、何らかの反撃を試みるということになるか?」

 純一と舞衣は、顔を見合わせてから頷いた。

「でも、反撃? どうやって?」と、ローラ。

「通常兵器では歯が立たない」と、ピーボ。「ほかに、宇宙船を破壊するほどの高エネルギー兵器も持たない、となると……」

「核?」


「それしかあるまい。つまり、ミサイルなどロケット運搬装置で核弾頭を運び、突入しようという船を破壊する。そういう意味ではないか?」

「どこの国だろう…… やっぱり?……」

「これ自体、かなりのハード・インテリジェンスだ。同盟国以外にあるまい」

「アメリカ?」

「それをジュンイチに知らせたいという誰かに頼まれたのだろう……」

「それが、『大おじいちゃん』……」と、舞衣。

「民間人じゃ、なさそうね」と、ローラはつぶやいた。


「で、でも、突入してる船って、この船じゃん。この船に向かって来るわけ? そのミサイルかなにか……」

「あくまで仮説だが……」と言って、ピーボは椅子の背もたれに身を沈めた。

「でも、そんなことできるの?」と、舞衣が訊いた。「確か、地球のミサイルを支配して、他の所に向かわせることができたはず。ネルソン号が地球に降りたとき、ロシアや中国で攻撃されたけど、でもミサイルはみんな逸れていったわ……。ねえ、ブーモ」

「エネミー・コントローラです」と、使用経験豊富なブーモは言った。「誘導式機動体を介入支配します。ミサイル、無人機ドローン、宇宙ロケット……」


「アメリカもそのことは知っているはずだ」と、ピーボが言った。「……となると、無線封止ふうしで割り込み支配を防げると考えたかもしれん」

「無線封止で? 本当か?」と、マーロ。

「いや、よくある誤解だ。あれは、回路さえあれば支配する。回路そのものがアンテナだと考えれば話が早い」

「地球の技術だと、割り込み支配を防げないわけか?」と、ハーロが訊いた。

「あぁ、電磁波防護は役に立たない。防ぎたいなら逆干渉式のジャマーを付けるしかない、つまり、同じ理屈でやり返すわけだ。あるいは制御系を、途中で故意に故障させる方法も考えられるが、それではミサイルの用をなさないな」


「ミサイルを他の所へ向かわせるって、どこに向かわせるの?」と純一。

「打ち上げ基地か、あとは……」

「あとは?」

「司令部のあるところ。いや、核となると、もしかして首都かもしれん」

「ワシントン? マジかよ……」

「ジュンイチさん、少々お待ちを……」と、遮るようにブーモが言った。「ワシントンではなさそうです」

「じゃぁ、どこ?」

「転移先攻撃目標・北緯55度45分、東経37度37分。……モスクワ。ロシア共和国の首都・モスクワです――。警戒中の現地軍、前衛軍のコマンド・ラインをオクタバードが傍受。中に極めて暗号強度の高い指令があったため、バイナリ・コードとして埋め込み、メッセージとともに送ってきました。たった今、解読に成功しました。エネミー・コントローラのコントロール・コードで間違いありません。誘導目標、『ロシア共和国の首都・モスクワ』……」


「現地軍って、第51?……」と、ローラ。

「グレイ大佐か……」と、ピーボがつぶやいた。

「あいつ……」

「え、どういうこと?」と、純一。

「想像通りだったということさ」と、ピーボが言った。「だが、核を積んだロケットの向かう先が、ワシントンではなく、モスクワだったわけだが……」

 思わず身を乗り出して舞衣が訊いた。

「アメリカの核ミサイルが、モスクワに?」

「そ、そんな…… 住んでる人、どうなるんだよ……」と、にわかには想像もつかない純一だった。

「人口はおよそ1,600万人。多くの人が死亡、もしくは被爆ひばくするでしょう」と、ブーモは言った。

「だ、ダメよ、絶対にそんな……」

「もしかして、ロシアが仕返しに、アメリカと戦争始めるんじゃないの?」

「核戦争?……」 舞衣は言葉を失った。

「ロシアは大量の核弾頭を、前衛軍の工兵師団に収去されています」と、ブリーフィングを仕切るエンジニアのようにブーモは言った。「……しかし、その多くは低出力核、戦術核と呼ばれるサイズのものだったようです。元々六千発に迫る保有数です。戦略核がその十分の一でも手元に残っていれば、地球を何度も滅ぼすことも出来るでしょうね」


「忙しくなってきたな」と、ピーボは言った。「明日突っ込むということだが、明日がゲームの終わりなら、船首引き起しの限界はもっと早い。明日になって鼻面はなづら引っ張り上げていたのでは間に合わないからな。ブーモ、それがいつか、わかるか?」

「進路・速度・重力・大気密度・船体強度などから、大雑把ですが、現時点で衝突までのおよそ四分の一と見積もられます」と、ブーモは答えた。「内空間型遠心重力船は、自転の遠心力により張力を強度に換えていますが、元々横Gに弱く、スラスターの能力も脆弱ぜいじゃくです。あと四時間くらいで引き起こしをかけられないと、そのまま頭から突っ込むか、無理な引き起こしで、船体が折れてバーストすることになるでしょう」

「四時間? そんな……」


「いつミサイルを飛ばす算段かわからないが……」と、ピーボ。「とっとと進路を変えて、さっさと知らせてやるのが親切というものだ」

「ブーモ、プルアップ・リミットまでの正確な時間、出せる?」と、ローラが訊いた。

「やってみます」と、ブーモは答えた。

 やおらピーボはハッパをかけた。

「さぁ動くぞ。モタモタしていると、全面核戦争の真っ只中に突入する羽目になるからな」

「ピーボ、なんか張り切ってない?」と、頼もしくも疑わしげにつぶやく純一だった。

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