スターシップ・ドランカーズ(第三巻)戦闘編
笹野 高行
第十一章 生への帰還
第30話 マナ畑の攻防
議事堂船居住区画 前部・畑作地帯――
「……それで、どこから入ればいいの?」と、振り向いて純一は訊いた。彼ら操舵室攻略隊の乗る最高評議会議長専用車・ビーストは、船首側の巨大な圧力隔壁に向かって幹線街道をまっすぐに走っていた。
「そんなことも知らないで、操舵室に行くなどと騒いでいたのか?」と、ソースは元軍人の賢者だと称するピーボが、可笑しそうに言った。
「とりあえず行くだけ行って、あとは道を聞くしかないじゃん」と、純一はむくれて反論した。ピーボに代わってマーロが答えた。
「船首ブロックなら、
「断片情報をつなぎ合わせたものですが」と、マーロのサポ・レノが言った。「交通状況の最新版です……」
ビーストには、前後向かい合わせの評議員用座席に挟まれて、横長の大画面ディスプレイが埋め込まれた背の低いコンソールがあった。そこに映し出されたのは船首部分の立体図だったが、彼らの向かう先の隔壁周辺は、全て赤の表示で埋め尽くされていた。
「これは、耐圧ロックだな」と、ハーロが言った。「道路、リニアレール、ビークルのチューブ……。どれも完全に封鎖されている」
彼の言うとおり、平時には閉じられたことのない気密式のハッチが全て閉まっていた。
「アナウンスのとおりだ。これでは船首に入れない……」と、マーロ。
「窓から入れないかしら」と、舞衣が言った。「来たばかりの頃、コンドミニアムに閉じ込められていたんだけど、あそこの窓ならなんとか上れるかも。ねぇ、カール……」
おずおずと、カールは答えた。
「残念ですが、あの宿泊施設は隔壁のこちら側にへばり着いているようなものです。隔壁はその向こう側ですので……」
車の前方、遙か遠くに見える隔壁を指さして、ピーボが言った。
「あれは巨大な壁みたいなものだが、人や物が行き来する穴が無数に空いている。そこにいちいち、耐圧ロックという頑丈なエアロックがあるのだが、つまるところ、そこがすべて敵の管理下にあるということだ。ほかのどこかに穴でもあれば、向こう側に行けないこともないが……」
「穴が?……」とつぶやいて、純一は隔壁周辺の立体映像をやぶ睨みした。
ここでいう
ちなみに
「そういえば……」と、思い出したようにローラが言った。「アメフラシに水を供給するラインがあるよね」
「アメフラシ?」
「あれって、船外から給水するときのラインも兼ねてるから、隔壁の向こう側に突き抜けてる。その配管を交換する時の予備トンネルがあったはず。対ゲリコマ訓練で通ったことがあるわ。エアロックじゃなくてただのキャップだから、気づかれずに開けて通れるかも……」
「そうか」と、ピーボが手を打った。「だが、簡単には開かないぞ」
「あの時は爆破でブチ開けて軍法会議だったけど」と涼しい顔のローラ。リアウインドウの外を指さして、「力持ちなら、いるでしょ?」と言った。
「うおぅ……」
「爆破かよ……」
思わずのけぞるピーボたち。いかなるスケールであれ、船の中で〈爆破〉は
何をやろうとしているのか、マーロたちも皆、これだけの会話でだいたい理解できたようだった。だが、純一だけがただひとり、「はぁ?」と言ってぽかんとした。
ちなみにアメフラシとは、内空間型遠心重力船の大空間に降雨をもたらす装置のことである。船の自転軸線上の無重力部分に浮かんでいて、直径100メートル、長さ150メートルにもなる円筒形の中に、およそ120万トンの水が蓄えられる。そしてだいたい三日に一度、船の軸線部を前後往復しながら散水する。その時は自転しながら、缶詰にも似た本体の外壁部ノズルから、大量の雨水を吐出する。遠心力と高圧による噴射力によって外側にまき散らされた水が、やがて内殻部デッキ(地面)に振り注ぎ、横殴りの雨となる。
この雨の元となる水は、〈ウォータージャケット層〉と呼ばれる、陸部の下に広がる貯水槽から供給されていた。その水は湖水部から、ろ過処理を経て流れ込んでいるものだが、湖水部の水はといえば、下水や雨水、船内空調の結露水や表土下に溜まる地下水など、これらの水を完全処理した再生水からなる。こうした水循環は、船内での用水確保の他に、宇宙線を遮る目的もあって、そのためわざわざ陸部の下に、薄く広い形のウォータージャケット層が設けられていたのだった。
だが、そこから自転軸部のアメフラシにまで水を送るには、給水のためのパイプラインが必要である。しかもそのパイプは、遠心重力に逆らって大量の水を汲み上げるための高い水圧に耐えなければならない。そのため配管にかかる負荷は大きく消耗もあるため、ある程度の耐用年数をおいての交換が必要となる。ところが、水の移動は三つある陸部それぞれのウオータージャケットから均等にしなければならず、どれかひとつを修理のために止めるということが出来ない。なぜなら、三系統のラインのどれかを停止したまま汲み上げをすれば、ジャケットに残る水量の偏りによって自転する船体に
このように水は三系統から均等に汲み上げなければならず、また降雨を長期にわたって止めるわけにもいかないので、配管網はどれも全て二重化を前提に設計されていた。つまり、交換時期が迫ってきたら後継の配管網を新たに作り、古い方から新しい方へと即座に切り替えるわけである。
「それで、その予備トンネルに行くには、どこから入って行けばいいわけ?」と、純一が訊いた。
「どこだっけ?……」と、道を忘れたローラだった。
ダッシュボードから浮かび上がって、カールが言った。
「畑を管理するための農業共同溝があります。船内マップによれば、農業用水やヒーター用配電システムを格納したトンネル状施設とのことですが、アメフラシ用の配管もここを通っています。その先にトンネルもあるはずです」
「『あるはず』って?」
「配管用の穴まで、マップには記載されていません……。入り口となるポッド、マンホールは環状道路上にありますが、今走っている道の上にもあります。間もなく……」
「ビースト、ポッドの所で止って。見てみたい」と、純一は言った。
「はい、かしこまりました」と、車は答えた。と、その時、チャイムの音がした。舞衣のスマートフォンからだった。
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